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Reflection of Music 横井一江InterviewsNo. 328

Reflection of Music Vol. 104 吉田 野乃子


吉田野乃子 @JAZZ ART せんがわ 2024 & メールス・フェスティヴァル 2024
Nonoko Yoshida @JAZZ ART Sengawa, January 14, 2024 & Moers Festival, Germany, May 20, 2024
photo & text by Kazue Yokoi 横井一江


吉田野乃子が自身のバンド「Cubic Zero 立方体・零」の3作目『Cubic Zero / Creeping Melibe』(Nonoya Records Nonoya015) をリリースした。2006年音楽を学ぶためにニューヨークに渡ったが、2015年12月に帰国。以降北海道、岩見沢を拠点として活動している彼女をフォーカスしたい。

Nonoko Yoshida の名前に目が止まったのは、2010年のメールス・フェスティヴァルのプログラムを眺めていた時だ。この年、吉田は「スーパー・シーウィード・セックス・スキャンダル Super Seaweed Sex Scandal 」というバンドで出演。ちなみに同じ年に大島祐子が Eve Risser とのデュオ「ドンキー・モンキー」と名付けたデュオで出ており、図らずもアメリカ、フランスで活動する2人の女性ミュージシャンの存在を知ることとなった。それから15年、音楽の方向性は異なるがそれぞれ活躍している。

幼少期に山下洋輔トリオを聴く

吉田は、10歳の頃にサックスを始める。そのきっかけは転校先の小学校に管楽器も入れた編成のスクールバンドがあったことだ。小学校で管楽器が入ったバンドは珍しく、見学に行った時に先生からどの楽器をやりたいか問われてサックスと答えたことが、サックスを吹くきっかけとなる。その後、北海道教育大学の生徒に教えてもらったりしたという。高校生の頃から社会人ビッグバンドにも参加するようになる。そして、札幌を拠点にNMA名義で世界の前衛的な音楽を中心としたコンサートを主催してきた沼山良明に小樽在住のサックス奏者奥野義典を紹介されて師事する。沼山には「ののちゃんは元々変わった音楽が好きだから、普通のビバップを教える先生に習うよりも、この先生のほうがいい」と言われたそうだ。

自身の演奏をノイズサックスという吉田だが、どのような経緯でこのような方向に進むことになったのだろう。聞くと、音楽ファンだった両親から小さい頃から山下洋輔トリオを聴かされ、例えば《キアズマ》の「ここのドラムソロから テーマに戻るところがかっこいい」といったことを言われたようで、知らず知らずのうちに影響を受けていたことが窺い知れる。奥野の紹介で林栄一を見て感化され、俗に言う中央線ジャズにハマり、サックス奏者では林はもちろん、坂田明、梅津和時に憧れるようになったのも自然の成り行きだろう。

ところで、高校卒業後にニューヨークに向かったのはなぜか。「本当に演るんだったら、その音楽が発生した国、どういうところから生まれてきたのかというところまで知らないといけない」という気持ちがあった。それは、周囲から常々「林栄一はビバップを演っても上手い」「あなたもちゃんと勉強しろ、それが出来るようになってからフリージャズをやれ」と言われたことに対する応答でもあったのだろう。だが、ニューヨークに行って約1ヶ月後に、沼山を介してジョン・ゾーンと知り合ったことが大きな転換点となる。

ジョン・ゾーンとの出会いとストーン大学

当たり前であるが、ジョン・ゾーンは最初に彼女に会った時になぜニューヨークに来たのか問う。「フリージャズとか、あなた(ジョン・ゾーン)のやってる音楽がすごく好きだけれども、皆にまずジャズを勉強してからだと言われ、ジャズを勉強しに来た」と彼女は答えた。それに対してジョン・ゾーンは「 もうやりたいことがわかってるんだったら、ジャズをやらなくていい」と言い放った。それが大きな衝撃だったことは想像に難くない。自分たちが演っているのは「ビバップを経由した上でのフリージャズとか、そういうのではないし、俺たちはそもそもジャズじゃないし」という言葉も返ってきた。ニューヨークの彼らにとって、ジャズというと伝統を重んじる保守的な演奏スタイルのそれを指すからなのかもしれない。ジョン・ゾーンが吉田に言ったことは「俺の店(The Stone、以下ストーン)をいつでもタダで入れるようにしてやるから、毎日通って、そこを大学だと思え」ということ。そして「まずなるべく近くで見て、どのようにミュージシャン同士が音楽を作ってるかを見ろ、そして気になるミュージシャンがいたら、話しかけてどのような楽譜なのか、どう書いているのか、何を考えて演っているのか、聞きに行け」ということだった。

そしてストーン大学に通う日々が始まる。ビバップの美味しいフレーズを12音階でというようなことは止めて、自身が興味があるノイズ系サックス奏者を沢山聴き、どのように演奏しているのか観て、作曲について話を聞くことを始める。サックスについては、ジョン・ゾーンは個人レッスンはしていなかったので、ネッド・ローゼンバーグのCDマスタリングの場に彼女を連れて行き、紹介する。それがきっかけとなり、ネッド・ローゼンバーグからサックスの個人レッスンを受けることになった。

しばらくして、同世代のニュースクールに通ってるミュージシャンが、インターンシップでストーンで働くようになる。そして、結成したのが「スーパー・シードウィード・セックス・スキャンダル」、「ペットボトル人間」だった。「ペットボトル人間」では帰国ツアーを行なっている。

吉田が学籍を置いていたのはニューヨーク市立大学で、ジャズコースではなく音楽コースで卒業しているが、実際の学びの場はストーンだったのだ。大学卒業後、アーティストビザを取得できたことからニューヨークに滞在し、活動を続ける。ニューヨーク滞在最後の年、2015年5月から12月に完全帰国するまで、ニューヨークでの音楽生活を本誌に綴ってくれた(→よしだののこのNY日誌)。

帰国、岩見沢を拠点に

帰国したは母の病気がひとつの理由だった。その後、飼い犬の介護と続く。そんな状況下でも音楽を続けようと地元のミュージシャン仲間とバンドを始めたり、空知総合振興局管内の24市町を全て行くソロ・ツアーなどを企画したという。ソロ・ツアーのほうはまだ10市町残っているらしいが。彼女が帰国した十年前、既にニューヨークの物価は高騰していて、レストランでの演奏やBGMの選曲などもしないと生活出来ない状況で、家賃の安いところに引っ越さねばならなかった。とはいえ、引っ越した先で共に音楽を活動とする仲間も出来たという。愛犬の介護を終えてもニューヨークに戻らなかったのは、インターネットで情報がどんどん入ってくる時代になりつつあり、単発で渡米しても仲間はいるし、あえてそこに住む必然性を強く感じなかったこともあった。

地元でも活動も面白くなり、また板橋文夫の仕事で東京に呼ばれ、その縁から東京やまた九州にも友達が出来たことから、活動範囲は広がっていった。呼ばれるだけではなく、各地で知り合った人を岩見沢に呼ぶことも行ない、今年7月にはヒカシューの公演を行ったばかりだ。吉田のネットワークは徐々に広がりつつある。

Cubic Zero 立方体・零

『Cubic Zero / Creeping Melibe』(Nonoya Records Nonoya015)

7月に3作目をリリースした「Cubic Zero 立方体・零」はエレクトリックジャズノイズバンドを標榜しているが、どのようなバンドなのか。キーボードの本山禎朗は、吉田が高校時代から参加していたビッグバンドの繋がりから高校卒業後に渡米するまでの間に北大のジャズ研に出入りしていた頃の同期、ベースの大久保太郎 とドラムスの渋谷徹は2歳上の先輩だという。年上のギタリスト佐々木伸彦はノイズが格好いいとの評判だったことからメンバーに。

北海道ならではの面白さにドラムスの渋谷がジンギスカン鍋を用いていることがある。私も北海道出身なので、CDのクレジットのそこに目が止まった。ジンギスカン鍋を楽器として使用するに至った経緯はこうだ。岩見沢で前衛的な音楽が好きな仲間がいて、吉田は彼らと組んで岩見沢ノイズサミットというユニット(富川健太 (b, effectors)、Kim Yooi (ts, per, electronics)、吉田野乃子)を作った。岩見沢のある空知地方はかつては炭鉱で有名だった地域だったことから、そらち炭鉱の記憶マネジメントセンターがある。そこのイベントスペースとして使われている石蔵の会場となったスペースを真っ暗にして、灯りはヘルメットにつけたヘッドライトだけの状態で、蒸気機関車やドリルを使って採掘する音などをサンプリングしてエレクトロニクスの人に出してもらい、ベーシストが電気ドリルでベースをギーガリガリガリガリとやり、炭鉱と関連づけたノイズの演奏会を行った。そうしたら、すごく受けて、新聞もすごい企画だと取り上げてくれたという。続く第二弾はメンバーにサウナ好きがいたことから、サウナ施設が綺麗なログホテル メープルロッジのロビーでアンビエントな演奏をして、それをサウナ内でも聞こえるイベントをやった。その時はサウナ好きはサウナの中で聞きたいと中に入ってしまったのでロビーは閑散としてしまったらしい。

第三弾がジンギスカン鍋をコレクションしている人の私設博物館、ジン鍋博物館での演奏。そこには、様々な素材、形状のジンギスカン鍋がコレクションされている。地元ならではの人の繋がりで、ジンギスカン鍋を叩くイベントをやる運びとなった。ノイズサミットの3人はいずれもパーカッションのスペシャリストではなかったので、Cubic Zeroの渋谷が加わり、そのドラムセットにジンギスカン鍋を取り付けて、シンバルスタンドにも穴の空いたジンギスカン鍋をセット。山奥で自給自足に近い生活をしているアフリカン・パーカッションを演奏する岡林利樹にも来てもらって、ノイズサミット・スペシャル企画、ジン鍋ライヴを行った。その時、渋谷はジンギスカン鍋ドラマーとしてNHKにも取材されたという。そのような経緯からCubic Zeroの2作目『Floating Rabka 』(Nonoya Records Nonoya008) から渋谷の楽器クレジットにジンギスカン鍋も加わった。

Cubic Zeroのメンバーはギターの佐々木伸彦を除いて、北大ジャズ研出身者だが、ジャス研出身者が集合したバンドのような感じがしないのはジャズという枠組みに捉われない個々の嗜好が上手く出ているからなのだろう。最初は吉田の曲を中心に演奏していたCubic Zeroだったが、メンバーも影響されたのか曲を書いて来るようになり、それらも多く演奏するようなって今日に至る。最新作に収録されているのは17曲、数が多いようだが《XXX Loverman》というタイトルのインタールードが5曲入ったユニークな構成になっている。アルバムには収録されていないが、昨年のJazzARTせんがわで、アンコールにエレクトリック・マサダの曲《Metal Tov》を演奏していたことは記憶に新しい。Cubic Zero ではアンコールで度々その曲を取り上げてきた。吉田は帰国後まもなくエレクトリック・マサダをカバーするバンドを結成して活動していたが、メンバーが多忙なため活動を止めざる得なかったとのこと。Cubic Zeroというバンドの原点もそこにあるのだろう。今後も吉田野乃子によるエレクトリック・バンドの進化系を期待したい。


Cubic Zero 立方体・零 @JAZZ ART Sengawa, January 14, 2024
吉田野乃子 Nonoko Yoshida (sax)  本山禎朗 Tomoaki Motoyama (keyboard)  佐々木伸彦 Nobuhiko Sasaki (guitar)  大久保太郎 Taro Okubo (bass)  渋谷徹 Toru Shibuya (drums)

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固犬、そして…

『固犬 / Drect Ctech』(Hyotan Records HT-002)

吉田野乃子が参加しているプロジェクトは他にもある。ギタリスト/作曲家ヨシガキルイのとのデュオ「固犬」もそうで、2024年のメールス・フェスティヴァルに出演した。ヨシガキ自身のプロジェクトによるCD『What a strange world』(Hyoutan Records) を聴くと、彼のギター同様、一枚のアルバムの中で様々のジャンル、多彩なアプローチが構成されてひとつのアルバムが出来上がっているのが分かる。そこにはヨシガキルイという現代の音楽家の感性、その姿が表象されていた。吉田は前述のアルバムにも参加しているが、デュオだと互いが引き出したものがよく表れている。作曲と即興演奏、ノイズあり、メロディアスな曲あり、練り上げられたサウンドだけではなく、それらが交錯する構成もまた面白い。ヨシガキの奇才ぶりはアルバムジャケットを自ら手がけていることからも窺える。固犬のCD『Direct Cyech』(Hyotan Records) のアルバムジャケットのTシャツをメールスの物販に出したところ完売、早速そのTシャツを着て歩いている人も数名見かけたそうだ。ちなみに「固犬」という不思議なユニット名はどこから来たのだろうと思って尋ねたら、お笑いコンピのラーメンズの作品名からだという。ラーメンズは爆笑オンエアバトルを何気に観ていた時に知ったが、それ以降はほとんど知らず。お笑いにさほど興味がない私でも覚えていたのだから、それなりの個性と面白さはある筈である。何か通じるものもあるのかもしれない。

ところで、吉田の興味は今どこにあるのか。彼女は「2人以上の人間が時間をかけて、相談やら実験しながら創り上げた音楽に興味がある」という。「ひとりでやると本当にこだわって出来るから、すごい緻密な作品とかも作れる。でも、2人以上集まると妥協があるかもしれないけれども、ひとりでは出来なかった面白いこともあるし、みたいな」と。出会い頭に即興演奏をやるよりも、曲があってリハーサルを繰り返す過程を経ることで、即興部分も含めた作品を練り上げて創造することに主眼を置いている。9月にはヨシガキルイのNu-Boycottでチェコのフェスティヴァル・ミクロフFestival Mikulove を始めとしてツアーをするとのこと。今後のさらなる活動を注視したい。


固犬 kata-inu @Moers Festival, May 20, 2024
吉田野乃子 Nonoko Yoshida (sax) & ヨシガキルイ Loui Yoshigaki (g, effects, ds, etc)]

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野乃屋レコーズ
吉田野乃子関連作品は他のCDショップや通販サイトでも購入できるが、『Cubic Zero / Creeping Melibe』を野乃屋レコーズから購入すると作曲者による曲解説がついてきます。
https://nonoyarecords.themedia.jp/

よしだののこのNY日誌
https://jazztokyo.org/category/jazz-right-now/nonoko/

ヨシガキルイ
https://loui-yo.localinfo.jp/

横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記念本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 https://kazueyokoi.jimdofree.com

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