Interview #292 アガ・デルラク Aga Derlak
interview & text by Kazune Hayata 早田和音
photo by Michał Karwowski
バークリー音楽大学とカルロ・シマノフスキ音楽院で研鑽を重ねた後に音楽活動を開始し、2013年にアルバム・デビュー。ポーランド最高権威の音楽賞であるFRYDERYK賞を3回受賞(2024年:年間最優秀ジャズ・アーティスト賞、年間最優秀ジャズ・アルバム賞、2016年:年間最優秀ジャズ・デビュー賞)。2025年発表作品『Neurodivergent』まで4枚のアルバムを発表しているポーランド・ジャズのトップ・ピアニスト、アガ・デルラクが、2025年9月4日~13日に大阪と東京の2都市で開催された歴史的音楽イベント、“Jazz from Poland in Japan”のために来日。来日中の彼女にインタヴューを行なうことができた。彼女の音楽的バックグラウンドや、最新作『Neurodivergent』のコンセプトなどについて詳しく話を聞いた。
――どのようにして音楽に出会われたのですか?
両親とも音楽が好きだったので、幼い頃から音楽に接していました。私が生まれ育ったヘウムという町はそれほど大きくありませんでしたし、子供の頃は、今ほど簡単にレコードを買うことができない時代だったのですが、家には、父がワルシャワに出掛けては買い揃えていったレコードがたくさんありました。それをふんだんに聴くことができたのがとても大きいと思います。後に自分も買うようになっていったのですが、ずいぶん苦労した覚えがありますので、両親にはとても感謝しています。
――その頃に聴いていた音楽で印象に残っているアーティストというと?
たくさんいますが、マイルス・デイヴィス(tp)はずいぶん聴いていました。『カインド・オブ・ブルー』は特に印象に残っています。ピアニストでいうと、その頃に家でよく流れていたのはオスカー・ピーターソン(p)やマッコイ・タイナー(p)。『ザ・リアル・マッコイ』が大好きでした。そのほかに、ポーランドのレジェンドであるクシシュトフ・コメダ(p)、それから数年前に亡くなってしまいましたが、サックス奏者のズビグニェフ・ナミスウォフスキの音楽もよく聴いていました。
――ピアノとの出会いは?
7歳から音楽学校で学ぶようになりました。ポーランドの音楽教育は、第1部と第2部に分かれていて、第1部が6年間、第2部が4~6年。私は第1部と第2部の合計で12年間、音楽を学びました。第1部でピアノ、第2部でフルートを選択しましたが、心の中ではずっとピアニストになりたいと願っていました。
――その頃から、ジャズ教育を受けられていたのですか?
いいえ。ポーランドの音楽教育はクラシック音楽のためのもの。ですから、私は12年間クラシック音楽を学んでいたことになります。ですが、その頃にはジャズが大好きになっていましたし、即興演奏にも関心が強くなっていたので、放課後の練習室を使って、自分で研究や練習を重ねるようになっていきました。ジャズのコードやⅡ-Ⅴ-Ⅰ進行のようなことを教えてくれる人は周りには誰もいなかったので、すべて手探りで進めていきました。
――どのようにして進めたのですか?
コードに関して言えば、父が持っていたジャズ・スタンダードのリアルブックを見ながら音を探っていくという手順。楽譜にはD♭7やGsus4などの記号は書かれていますが、その構成音までは記載されていません。それをレコードから出てくる音と聴き比べながら構成音を探り出すやり方でした。それはスタンダードだけに限らず、たとえばショパンの曲を分析しながら、“あっ、この曲のこの個所のコードはD13で、とてもジャズ的なサウンドがする!”と驚くこともありました。そうやって分析を重ねた後に即興演奏の練習をするようになりました。16~17歳の頃は、よくショパンの曲で即興演奏していました。いま思えば、当時の私はジャズの知識はほとんどなかったので、それほど美しい演奏にはなってなかったと思うのですが、自分の想像力をフルに発揮しながら、自分の音を探し出し、表現の枠を広げていくのはとてもエキサイティングな体験でした。その後、20歳でワルシャワのジャズ・スクールのジャズ科に入学し、素晴らしい先生方に恵まれ、23歳から演奏活動に入りました。
――ご自身の演奏スタイルを確立していく中で大きな影響を受けたピアニストというと?
先ほど、子供の頃に聴いていたピアニストとして、マッコイ・タイナーとオスカー・ピーターソンの名前を挙げましたが、その後、興味が新たなピアニストへと向かっていきました。影響を受けたという観点から言えば、ビル・エヴァンス(p)とキース・ジャレット(p)のふたりになると思います。
――それはどのような点で?
一番大きいのは、このふたりによって新たなピアノ・トリオの在り方が作りあげられたと思えた点。そこに強い影響を受けました。エヴァンス以前のピアノ・トリオというと、オスカー・ピーターソン・トリオに代表されるように、スポットライトがソリストであるピアニストに向けられ、それをいかに展開させていくかに力点が置かれていました。ですが、エヴァンスは、トリオ全体をひとつの有機体と捉えるような演奏に変化させました。もちろんこれはエヴァンスだけの功績ではなく、スコット・ラファロ(b)や、後任のエディ・ゴメス(b)、そしてポール・モチアン(ds)のような優れたミュージシャンがトリオにいたからできたこと。彼らとのインタープレイによって、トリオ全体の演奏を変化させていくことができたのです。そしてそのスタイルをさらに推進したのがキース・ジャレット・トリオ。こちらも、独特のサウンドとメロディックなアプローチを有するゲイリー・ピーコック(b)、そしてピアノのサウンドを巧みに浮かび上がらせることのできるジャック・ディジョネット(ds)のふたりがいたからこそ生み出せた音楽。そのようなトリオの在り方において、この2組のトリオからは大きな影響を受けました。エヴァンスとジャレット、それから最初に挙げた、誰にも真似することのできない独自のスタイルを生み出したマッコイ・タイナー。この3人のピアニストから大きな影響を受けていると思います。
――あなたの最新作『Neurodivergent』を聴きましたが、今お話しされたふたりのスタイルからさらに大きく進んだ演奏に驚きました。このアルバムで大切にされたことをお話しいただけますか?
音楽の自由さを表現するということです。“neurodivergent”というのは精神医学の専門用語。一般的に、ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠陥多動性障害)、LD(学習障害)と呼ばれる発達障害を、神経や脳の違いによって生まれる個性だとする言葉です。つまり人格の多様性を示している考え方と言っていいと思いますが、それをジャズで表現しようと思ったのです。実は、私自身もそれらの中に属しており、子供の頃から衝動的な行動を取りがちで、自分の考え方が他の人とは違っているということを意識していました。ですから、“自分もみんなに合わせ、同じようにならなければいけない”…時には、“自分が自分でないふりをして、自分を抑えなければいけない、それが社会のルールだ”…そんなふうに考えていました。ですが、ジャズにはまったく異なるルールが存在していました。自分を抑制する必要などまったくないんだと気付いたのです。このアルバムを作ろうと思った時、自分の中にある混沌としたものを制御したり、喜びの感情をコントロールすることなく、むしろそれを強みとしてカラフルに表現しよう、ありのままの自分を伝えるアルバムにしようと考えたのです。
――そうした思いは、アルバム冒頭の「is it」から強く感じ取ることができます。
「is it」は、リズムが変化していく構造の中で2つのコードが変化していき、そしてその上にメロディを載せる形で作った曲。拍子やリズムの枠を飛び出してみよう、そして敢えて曖昧模糊にしたものにしてみようと。分かりやすい選択肢はあまり好きではないので(笑)。そうして出来あがった楽曲をさまざまに変化させています。聴いた皆さんが、“これは7/8拍子?それとも5/4拍子?どうなっているの?”という気持ちになってしまう…つまり“is it”という感覚になってもらいたいということで付けたタイトルです。
――まさにそういう気分になりました(笑)。でもすごく楽しい演奏になっています。
ありがとうございます。この曲の根底にあるのは、私たち演奏者とリスナーの方々との間で音楽を押したり引いたりしながら演奏する感覚。聴いている方にそのプロセスを共有していただきたいと思っています。
――かなりトリッキーな構造になっていますね。
そうですね。たしかに、この曲はトリッキーな構成になっているんですが、実はそれを選んだ理由はふたつあって。ひとつは、今お話ししたように、リスナーとのコミュニケーションを楽しみたいという考え。そしてもうひとつは、自分たちのインスピレーションを高めるため。曲の中に変拍子がいくつもあって、それがたびたび変化するというのは、自分たちに緊張感を強いる面もあります。ですが、その緊張感は私たちにとって新たなインスピレーションの源。それによって演奏をさらに楽しいものにできるんです。それをリスナーやオーディエンスの皆さんに感じ取っていただけたらとても嬉しいです。

――「is it」に聴かれる躍動感にも驚きましたが、「Fala」という曲から溢れる神秘的な美しさにも心惹かれました。
「Fala」という曲は、私が敬愛するカルロ・シマノフスキの音楽を反映させて作りあげた曲です。
――それはどのような点で?
シマノフスキは、時代ごとに作風を変化させていますが、音楽史の面では印象派と神秘主義の中間に属する作曲家。この時代にはドビュッシーやシェーンベルクらが新たなアイディアを導入して音楽を前進させましたが、その中でシマノフスキは、ポーランドの民族音楽から派生する、長調と短調という二元論で分けることのできない美しいハーモニーの世界を築きあげました。「Fala」という曲は、彼の音楽から受けたインスピレーションをもとに書きあげた曲です。具体的に言えば、彼の「マズルカ第3番(作品番号Op.50-3)」に現れるフラグメンツをモチーフとして用い、そこからシマノフスキの「Songs of The Fairy Tale Princess op. 31 nr 5 Song of the Wave (Fala)」の4小節へと繋げ、さらに新たなエッセンスを加えて完成させています。
――どのようなエッセンスを付け加えられたのですか?
付け加えたかったのは、波のイメージです。実は、“Fala”という単語は“波”を意味しています。ですからそれを表現するために、緊張と解放を内包するコード進行や、私のピアノのアルペジオからミウォシュ・ベルジクのドラムへとソロを繋げていくことによって、波の動き、そしてそこから派生する夢のような感覚を生み出そうとしています。そうした風景を思い浮かべながら聴いていただけると嬉しいです。

『Aga Derlak / Neurodivergent』
Polish Radio Music Agency RCD 2476
Track list: 1.is it 2.motyw 3.neurodivergent 4.mazur 1v2 5.number 4 6.after number 4 7.fala 8.waveform
Members: Aga Derlak(p) Maciej Szczyciński(b) Miłosz Berdzik(ds) GUEST: Kacper Malisz(vln on 2,3,4,8)
Recorded at Polish Radio Studio
