#295 サインホ・ナムチュラク
Interview and photos by Akira Saito 齊藤聡
2026年2月5日 東京にて
2026年2月、即興前衛ヴォイシングの世界的パイオニアであるサインホ・ナムチュラク(Sainkho Namtchylak)が久しぶりの来日公演を果たした。これを機に、彼女の表現について短いインタビューを行った。
齊藤聡(以下AS) あなたはトゥバ(*1)の南部にある人里離れた村で生まれました。トゥバの民族音楽やシャーマニズムに馴染みがありましたか。
サインホ・ナムチュラク(以下SN) 両親は音楽を演奏するのが好きでした。母はマンドリン、父は7弦ギターを弾き、ふたりとも歌うことも好きでした。父はステージで自分の曲やお気に入りの曲を歌っていたんですよ。
AS トゥバの伝統的な喉歌のホーメイ(*2)を習得したのはいつですか。
SN ホーメイに深く興味を持つようになったのは学生時代ですが、それは主に学位取得の素材としてのものでした。その後、プロの歌手を目指していた頃にホーメイに挑みはじめたのです。
AS あなたの喉歌の方法論はトゥバの伝統的なものとは異なるのでしょうか。アルバム『It’s Probably Windy in OVYUR…』(Long Arms Records、1997年)(*3)に収録されている曲は、あなたのものとかなり違うように思えます。そして、評論家の副島輝人さんは、あなたがソ連で失われた古い民謡や宗教歌をひそかに学び、その後西洋音楽を学び始め、モスクワで即興演奏家たちと演奏するようになったと書いています(*4)。
SN 副島輝人さんは、私の人生のなかで、日本のオーディエンスに対するブッキング・エージェント兼マネージャーとして動いてくれた唯一の人です。かれが亡くなってからはコンタクトを失い、ずっと日本で演奏しないでいました。私は、長いことさまざまなジャンルの音楽にかかわってきて、祖国の古来のルーツやシベリアの民族的な伝統を即興音楽と結びつけようとしてきました。とくにシャーマニズムの音楽は、私にとって、つねに音楽の創作にあたり大きなインスピレーション源となってきました。そのとき師匠として本当に特別な役割を担ってくれたのが、副島輝人さんだったのですよ。かれが私に日本の伝統音楽や即興音楽を紹介してくれたからです。私の偉大な師匠でした。
AS ホーメイの特定の要素、例えばスグット(高音)やカルグラー(低音)など(*5)、何かに重点を置いているでしょうか。
SN いいえ、とくにありません。すべては作曲のアイデアやプロジェクトの他のメンバー次第ですよ。
AS トゥバの伝統のように、擬音語(自然音)を意識していますか。
SN もちろんです。すべてのシャーマニズム音楽は自然音に基づいたものです。
AS 伝統を守り、テクノロジーを駆使したアヴァンギャルドな方法で未来への架け橋を築くことの重要性について、1999年の日本のテレビ番組(*6)で言及なさっています。大友良英さんの「DJ」との共演についての発言でした。26年経ったいま、どう思いますか。
SN 長年、シャーマニズム音楽や古い物語の伝統に基づいた現代的な即興音楽のアルバムについて考え、レコーディングしてきました。たとえば、『In Trance』(Leo Records、2007年)、『Cyberia』(Ponderosa Music & Art、2011年)、『Lost Rivers II』(Guangzhou Cuckoo Music、2023年)といった作品です。この考えに直接関連したものです。
AS 他の伝統、例えば『Like a Bird or Spirit, not a Face』(Ponderosa Music & Art、2015年)におけるトゥアレグ族のミュージシャンたち、『LIVE』(Free Improvisation Network Record、1993年)における姜泰煥(サックス)、あるいは東トルキスタンにルーツを持つサーデット・テュルキョズ(ヴォーカル)といったアーティストとの交流についてはどうお考えでしょうか。
SN こういったプロジェクトには大きな関心があります。ですが、いまは現実的なところ予算と時間が問題です。プロジェクトを実現するにはお金とスキルが必要ですから。
AS あなたのソロヴォーカルは、非常に鋭い表現(『Lost Rivers』など」)から、成熟した寛容なもの(『Cyberia』など)へと変わってきたように感じています。ご自身の変化について何かコメントはありますか。
SN ははは!それだけではありませんよ!歳を重ね、経験も積んできましたが、謙虚に、自分の性格にも配慮しようと思っています。
AS 大友良英、巻上公一、内橋和久、豊住芳三郎といった音楽家と共演なさっていますが、日本のフリージャズや即興音楽はご存知でしょうか。また、欧米のフリー・インプロヴィゼーションとの違いについてはいかがでしょうか。
SN きちんと答えるにはこの問題に特化した本を書く必要があるでしょう。今のところ、英語で新しい歌詞集を完成させることはできそうです。
AS 今後の作品についてのヴィジョンはいかがでしょうか。
SN 子供たちのために音楽童話『Arzaana』を上演するという夢があります。それから、いい友達に会えたらいいなと思っています。
(2026/2/5、bar issheeにおけるソロ・パフォーマンス)
(*1)ロシア連邦を構成する共和国のひとつ。サインホ・ナムチュラクが生まれた時代はソビエト連邦の自治共和国だった。なお日本語表記としては「トゥヴァ」も広く使われているが、田中克彦はメンヒェン=ヘルフェン『トゥバ紀行』を日本語訳するにあたり、トゥバ語に「ヴァ」がフォネーム(音素)として存在しないことなどを理由に「トゥバ」を採用している。
(*2)基音と倍音を同時に発声する歌唱法のひとつ。モンゴルではホーミー、ロシア・ハカス共和国ではハイなど地域によって呼称が異なる。
(*3)トゥバの伝統音楽を集めたアルバムであり、サインホもプロデューサーのひとり。
(*4)副島輝人『現代ジャズの潮流』(丸善ブックス、1994年)
(*5)舌の先端を上の歯の裏側につけ舌の真ん中を持ち上げていき、高い倍音に移動しつつ、フォルマント(声道の共鳴音)と同調させる喉歌のスタイルを、スグット(口笛)と呼ぶ。一方声道全体にわたり声帯以外のたくさんの器官を使ってきわめて低いピッチの音を出す喉歌を、カルグラーと呼ぶ。(T. C. レビン、M. E. エドガートン「トゥバの喉歌フーメイ」、日経サイエンス編集部『アートする科学』、2016年、日経サイエンス社)
(*6)NHK教育テレビジョン『ロシア語会話』(1999年)における「ロシア芸術館」のコーナーで紹介。サインホのインタビューに加え、大友良英との新宿ピットインでの共演(1998年)が挿入されている。
(文中敬称略)
サインホ・ナムチュラク



