#94 (アーカイヴ)野瀬栄進 pianist/composer
野瀬栄進 pianist/composer
1971年、小樽市生まれ。1992年カリフォルニア州へ、1994年にNYへ移住。2009年、<S&R Washington Award>を受賞。アルバムに『バーニング・ブルー』(2006)、『ザ・ゲイト』(2010)など。
関連リンク:
http://www.jazztokyo.com/newdisc/336/nose.html
http://www.jazztokyo.com/five/five761.html
Interview via e-mails, 2011年3月
Interviewed by Kenny Inaoka
♪ S&R Washington Awardを受賞した
JT:遅ればせながら、<S&R Washington Award>の受賞おめでとうございます。この賞は日本のジャズ・ファンには馴染みが薄いのですが、どのような賞なのですか。
野瀬:S&R FoundationとはDr.Sachiko UenoとDr.Ryuji Kuno (上野製薬会社上野名誉会長) の二人の科学者・発明家が2000年に立ち上げた団体で、ファインアート、音楽、 ドラマ、ダンス、映像に関わる芸術家そして科学者の支援をしています。この賞は音楽家だけではなく、アーティストやダンサーなどを含めた全ての芸術家が対象で、日本とアメリカの架け橋になるような新進気鋭の芸術家に与えられるものです。ジャズ・ミュージシャンとしては、初めての受賞でした。
JT:これまでの受賞者にはどういう方がおられますか。
野瀬: 過去の受賞ミュージシャンとしては川久保賜紀さん(vl)、庄司紗矢香さん(vl)、小菅優さん(p), 森麻季さん(sop)などがいらっしゃいます。
JT:野瀬さんのどういう業績に対して送られたのでしょうか。
野瀬:創作活動/演奏活動に対して贈られたのだと思います。
JT:授賞式の様子は? 演奏等も披露したのでしょうか。
野瀬:2010年5月にワシントンD.Cにて表彰式とパフォーマンスが行われました。授賞式には日本大使なども参加されました。
JT:たとえば、名誉の他に奨学金なども?
野瀬:5000ドル頂きました。
♪ NY にはリズムに独特のうねりがある
JT:野瀬さんが渡米してどれくらいになりますか。
野瀬:19年です。
JT:まず、カリフォルニアのFoothill Collegeに入学されますが、渡米の直接のきっかけとここでの専攻は?
野瀬:アメリカには中学くらいの頃から行きたいと思っていました。バスケットを学生の頃やっていたのですが、アメリカのカレッジ・バスケをテレビで観てそのスケールの大きさに感銘を受け、いつかアメリカに行ってみたい、と考えていました。19歳の時に友達がジャズ・アルバムをプレゼントしてくれて、それがきっかけで自分もジャズを演奏してみたい、どうせなら本場のアメリカで始めよう、と次の年に渡米しました。
コミュニティー・カレッジだったので一般教養全般ですが、ジャズ科というのもあり、一応専攻はジャズでした。
JT:それ以前にアメリカに出掛けたことは。
野瀬: ありません。
JT:当地のジャズ・シーンは。
野瀬:カリフォルニアはのんびりした感じでしたが、カレッジでのビックバンドやボーカル・グループなどが盛んで、沢山のジャズフェスがありました。
JT:それからNYへ移住されますね。これはやはり本場でジャズを学びたいということですか。
野瀬: はい。
JT:マネスとニュー・スクールという2つの学校で学んだ理由は?
野瀬:マネスで一学期終了間際に両校が合併したので。
JT:どういう先生につきましたか。
野瀬:ジャッキー・バイヤード、リッチー・バイラーク、フィル・マルコウィッツ、バリー・ハリスです。
JT:西海岸とは大きく違っていたと思いますが、一番の大きな違いは?
野瀬:NYではビバップがベースにある、多くのスタンダードを知っている、そしてリズムのうねりのようなものが違うような気がします。
JT:クラブでの演奏も始めましたか。
野瀬:最初はレストランでの演奏が多かったですね。
♪ ジャズを始めてピアノを本格的に学んだ
JT:北海道の生まれですが、音楽的環境に恵まれた家庭でしたか。
野瀬: 全く。
JT:幼少の頃からピアノの練習を始められましたね。
野瀬:4歳で始めましたが9歳くらいですでに止めていました。そしてまた中学、高校で少しだけ習ったり、という感じです。
JT:日本では音楽の専門学校には?
野瀬:行ってません。
JT:まず、クラシックで基礎を学び、それからジャズに移行されたのですか。
野瀬: クラシック・ピアノは黄バイエルくらいで終りました。クラリネットをオーケストラで10年吹いていました。ジャズを始めてピアノの弾き方の基礎を学びました。
JT:2005年に「ラプソディー・イン・ブルー」を演奏されていますが、このいきさつは?
野瀬:自分が幼少のころから渡米するまでの10年間所属していたオケの20周年ということで招聘されました。
JT:カデンツァはインプロでしたか?
野瀬: 楽譜通りです。
JT:クラシックを演奏する場合にジャズでの経験が影響していますか。
野瀬:ピアノではストレートにクラシックを演奏できないようです。逆に、クラリネットはストレートにしか演奏できない。
JT:今後もジャズとクラシックを並行して演奏していく考えですか。
野瀬:クラシックは家では弾きますが、お金を取ってコンサートを開くというのは今のところ考えてませんし、そういうレベルではないと思います。
♪ NYではクリエイティヴでいられる
JT:NYでの生活に戻りますが、毎日どのような生活を送られてますか。
野瀬:NYではなるべくクリエイティブな生活でありたいと思っております。演奏、作曲、練習、アルバム制作、その他セッションをしたりライブに行ったり。
JT:現在のグループは。
野瀬: 武石聡さんとパーカッションとのデゥオ、Dave Ambrosio (b) 武石聡 (ds) またはEliot Zigmund (ds) のトリオ、James Cammack (b) 、Duan Cook (ds) のトリオなどがあり、それぞれアルバムを出しています。
JT:デビュー・アルバムの1曲がヨーロッパのTV番組のテーマに使われましたね。
野瀬: NYのフジテレビで編集のアルバイトをしていて、そのご縁で使って頂きました。 全米とヨーロッパのフジテレビです。
JT:NYから日本のジャズ・シーンがどのように見えていますか。
野瀬:演奏場所がたくさんあっていいなあと思います。ミュージシャンが分散されていて一つの所に固まっていないので、セッションしてアイディアを交換する環境を作るのは大変かと。
JT:NYではCDのメガ・ストアが消えてしまいましたが、その辺の様子を目の当たりにしてどう感じられますか。
野瀬:あまりなんとも感じてませんが、時代の流れにそって僕らもある程度変化していかなくてはと思います。
JT:ジャズも配信に移行していくと思われますか?
野瀬:すでに移行しているとは思いますが、ジャズに限ってはCDもしくはレコード好きなファンが残ると思います。
JT:ミュージシャンや音楽学校の生徒も配信の利用者が多いですか?
野瀬:ミュージシャンはあまりダウンロードはしないような気がします。すでにたくさん持っている方も多いし、ミュージシャン同士で音源を交換しあったりする事が多いと思います。
野瀬:昔はもっとたくさんギグがありました。音楽的にはあまり変わってないような気がします。
JT:もし生存していたら、ナマで聴いてみたいミュージシャンは?ジャズとクラシックで。
野瀬:マイルス・デイヴィス。モンク。エラ・フィッツジェラルド。グレン・グールド。クラディオ・アラウ。モーツァルト。
JT:もし生存していたら、共演してみたいミュージシャンは?
野瀬: マイルス・デイヴィス。
JT:最後に、夢を教えて下さい。
野瀬:まずピアノ演奏/即興演奏/作曲をもっと極めたいです。
日本やアメリカだけではなく ヨーロッパや南米などにも演奏活動を広げていきたい。
今後も曲を書き、アルバムを創り、ツアーをする、という事を続けていく上で実際演奏する事はもちろんの事、曲だけでも世界に広がっていくといいです。
あとは素晴らしいミュージシャンのバンドに参加したり、ジャズだけにとらわれずに色々な方とコラボをしたり、例えば映画音楽など。
日本ではニューヨークからミュージシャンを呼んでツアーをしたい。
できればニューヨーク・スタインウェイのある場所で演奏がしたい。
と書けば色々ありますが、音楽的な事、キャリア的な事をふまえた上でバイブの高い人間になりたいと思っております。
初出:2011年4月5日 JazzTokyo #156
野瀬栄進, 武石聡, ラプソディー・イン・ブルー, S&R Washington Award


