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Interviews~No. 201

#35 辛島文雄

♪ 最高のアルバムができた!

稲岡(以下, Q):アルバム・デビュー30周年、記念アルバムの発表、「南里文雄賞」受賞など、いろいろおめでとうございます。それにしても素晴しいアルバムができましたね。
辛島:ありがとうございます。井上陽介(b)と奥平真吾(ds)とのトリオで作った『イッツ・ジャスト・ビギニング』も気に入っていて日本人のトリオではベストだと思っていましたが、それを上回るものができて、やはり上には上がいるものだなと。珍しく自信を持って皆に「聴いてよ!」って薦めています。僕の主治医にまで買ってもらいましたよ。「かなりハードだけど、癒された」と言ってもらえましたが。

Q:楽曲は書き下ろしですか?
辛島:書き下ろしは半分ですが、残りの曲もジャック・ディジョネットのドラムに合せて編曲しました。3月にジャックの共演が決まって、彼のドラミングに照準を合せて書き出しました。

Q:演奏は初見ですか?
辛島:いや、僕の演奏と譜面を事前に送りました。スタジオでは3人のヴァイブレーションが完全に合ってましたね。しかも最高のレヴェルで。挨拶もそこそこに音を出し始めて初日に5曲が上がってしまいました。すべてワン・テイクですよ。ライヴをやってる感じでした。

Q:ベースのドリュー・グレスは初めて聴きましたが素晴しい才能ですね。ふたりのヴェテランに堂々と伍して、やはりアメリカは層が厚いなと感心しました。
辛島:ベースはデイヴ・ホランドを予定していたのですが、どうしてもスケジュールが合わず、代案としてロン・カーター、バスター・ウィリアムスとドリューの3人が来たんですね。曲をジャックに合せて書いていたんで、ロンとバスターでは無理だから、ジャックが推薦するドリューに賭けたんですね。聴いたことはなかったんだけど、これが大成功でしたね。音楽も良く分っていてセンスも抜群。本当に気持ち良く演奏できました。ロンやバスターだったらあの世界は実現してませんでしたね。今回の成功は3人の目線が高いレヴェルでぴったり合ったことだと思います。そして、ジャックのプロジェクトに対する真剣さ、ドラマーの域を超えてひとりの偉大な音楽家として存在しているという点では、エルヴィン・ジョーンズやトニー・ウィリアムスに共通していましたね。

Q:僕もジャックとは何度か仕事をしているので良く分かりますが、受けたプロジェクトを成功させるために最大限の努力を惜しまない人ですね。キャリアの早い時点で彼と知り合えたことが大きな財産になっています。
辛島:ジャックから唯一注文があったのはチック・コリアの<ストレイト・アップ・アンド・ダウン>で、テンポを落として会話をしようとリクエストがありました。

Q:ずっとスキのない完璧な演奏が続いてきてそろそろアウトに行って欲しいな、と思う頃にチックのあの曲が来て、構成も素晴しかったですね。
辛島:成功のもうひとつの理由は、年代的なものかも知れませんね。エルヴィンやトニーの場合はどうしても僕が彼らを見上げるような立場にいましたからね。リズムも僕が彼らに合せて調整する必要がありましたが、ジャックの場合は同じ時代を呼吸して彼らの音楽を同時代的に聴いて来たということがあると思います。お世辞ではなく、来年もう1枚作ろうといわれました。アルバムを通してわれわれの共通したヴァイブレーションとスピリットを感じ取ってもらえたらと思います。

♪ ドラムにこだわる

Q:辛島さんはよくドラマーにこだわる、といわれていますが、これは昔のボスのジョージ(大塚)さんの影響ですか?
辛島:いや、そうではなくて、僕がドラマー志望だったから、ドラムのことが良く分かるからでしょうね。

Q:どうしてドラムをあきらめたのですか? ジャックはピアニストからドラマーに転身しましたが。
辛島:僕のファミリーはいわゆる音楽一家で、親父が大分大学で音楽を教えていた関係で兄弟も小さな頃からピアノを弾いていました。兄貴は芸大を出てクラシックのピアニストになったのですが、僕は高校1年の頃からジャズに目覚めて大学ではジャズバンドを結成して3年まではドラムを叩いてました。国立だったから男性のピアニストがいなくて、ピアノも弾いてましたが。

Q:ジャズに目覚めたのは?
辛島:16才の頃でしたね。両親からクラシックを期待されているのに反抗しました。小さい頃からドラムが好きで音楽もドラムを中心に聴いてました。決定的だったのはソニー・ロリンズの演奏をTVで観てからですね。ロイ・マッカーディのドラムが滅茶苦茶格好良かった。それがドラムを始めるきっかけになりました。自分で作ったシンバルを叩いたりしてました。高校1年の頃でしたね。音楽を真剣にやろうとするとクラシック以外ではやりがいのあるのはジャズでしたから。ポップスは底が浅いと思ってました。『サキソフォン・コロッサス』のトミー・フラナガンなんかコピーしましたね。

Q:結果はピアニストに。
辛島:卒業を控えて将来を考えた時に、僕は性格的にどうしても組織の中では生きられない人間である。自分の意に染まないことは指示されてもやりたくない。そうするとジャズしか残らないんです。ジャズでドラムかピアノを考えた時、ドラムは相手がいないと音楽ができないし、相手に合わす必要がある。ピアニストはひとりでもジャズができる、それが結論でした。それに、ドラムは独学でしたからね。音楽一家に育った者として正規の訓練を受けたピアノでないと自信が持てなかったこともあります。

Q:辛島さんの眼鏡に叶うドラマーを見つけるのも大変でしょう。
辛島:ずっとうまく行ってた奥平真吾が急にニューヨークに戻る、と言い出してね。いろんなドラマーとやってみたけど気に入らない。ピアノを止めようかと思うくらい落ち込みました。家にも帰らずに雀荘(註:ジャンそう。麻雀屋)に泊まり込んで、雀荘から仕事場に通うような荒れた生活を続けていました。ああ、このまま俺の人生も終わるんだなあと思いながら。
(以下、データ紛失)

『辛島文雄/グレイト・タイム』
ビデオアーツ・ミュージック VACM-1277

1.ライク・ブルース・フォー・J.D.(Fumio Karashima)
2. クワイエット・モーメント(Fumio Karashima)
3. ジャスト・イナフ(Herbie Hancock)
4. ゾーズ・イヤーズ・ウィズ・エルヴィン(Fumio Karashima)
5. ブリリアント・ダークネス(Fumio Karashima)
6. アイ・フォール・イン・ラブ・トゥ・イージリー(ule Styne)
7. スティルネス(Fumio Karashima)
8. ストレート・アップ・アンド・ダウン(Chick Corea)

辛島文雄(p) ドリュー・グレス(b) ジャック・ディジョネット(ds)
録音:2005.9 NY

*初出:JazzTokyo 2006.1.30

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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