Interview #12 「菊地 ”Poo” 雅章」

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菊地雅章(きくち・まさぶみ) piano, organ, synthesizer, composer, producer
1939.10.19 東京生まれ。東京藝大付属高校卒。バークリー音楽院に学ぶ。

Interviewed by Kenny Inaoka 稲岡邦彌  2004年12月

♪ クリントンの時代は明るかった

稲岡邦弥 (Q) :ニューヨークに移住して30年ですか。

菊地雅章 (菊地) :73年だから、32年目かな。

Q:その間、大統領が何人か代わっていますよね。どの大統領の時代が良かったですか?

菊地:クリントンの時代だね。

Q:どうしてですか?

菊地:景気が良くなって街が明るくなった。クリントンは93年だったかな。6th Ave. に次々大きな店が開いてね。それまでは大変だったんだよ。空きビルばかりでね。

Q:レーガンからブッシュの親父さんの頃ですね。

菊地:今の息子のブッシュ、これは駄目だね。俺が住んでるエイリア、あそこにはさすがアメリカ、っていう部分が残ってたのよ。まあ、モノ作りの人種が集まってたんだな。ところが最近、モノ作りどころかビジネスのクオリティさえ持ち合わせてない連中が入ってきてね。カネを取ってしまった方が勝ち、というかな、手品師みたいなやり方でね。これは俺の住んでるエイリアだけに限らないんだけどね。とくにひどいのは電話会社と保険会社だ。

Q:大統領選はどうでしたか?

菊地:ブッシュとケリーね。選挙の前まではミュージシャン同士でも話題になってたんだ。だけど、ブッシュが再選された途端、誰も一切口にしなくなった。
要するに明日からの四年間、何の希望も持てないからなんだ。アメリカ人というのは嫌なことについては一切しゃべらない人たちだからね。日本人の場合は不満は口にするけど、彼らはしゃべらないんだ。

註)クリントン:William (Bill) Clinton。第42代アメリカ大統領 (1983~2001)

♪ ジュリアーニがニューヨークを一掃した

Q:ニューヨーク市長はどうですか?

菊地:ジュリアーニだね。街がきれいになった。危険な地域もなくなったしね。とくにロウアー・イースト・サイドね。フィルモア・イーストやスラッグスがあったエイリアはそれほど危険じゃなかったはずなんだが。昔、セイント・マークスのエイリアにアパートを見に行ったら、そのオーナーにそのブロック(3rd. Ave. と2nd. Ave.の間)から東へは足を踏み入れるなって言われたんだけどね。今、アヴェニュー・Cにヌーブルー(NuBlu)っていうダンス・クラブがあるんだけど、夜中でも皆んな平気で歩いてる。

Q:人によっては、ジュリアーニは弱者を追っ払っただけだっていってますよ。刑務所や病院に送り込んだり、市外に追い出したり。根本的には何も変わってないって。

菊地:それはあるだろうね。根本的に変革するってのは大事業だからね。

Q:菊地さんのロフトがあるチェルシーもギャラリーが移ってきて様子が変わりましたよね。

菊地:だけど途中でその流れが止まってしまった。ギャラリー目当てにいいレストランやカフェもオープンしたんだけどね。

Q:何か理由があるんですか?

菊地:不動産関係もいい加減だからね。ちょっと賑わってくるとすぐ物件の値を上げる。しかも一挙に何倍もね。あとはやはりハドソン・リヴァーで行き詰まってしまうからだろうね。チェルシー・ピア(埠頭)で。地理的に全方位的に広がっていけないんだな。それとニュ-ヨ-ク市がマディソン・スクウェア・ガーデンを中心に、南は23th St.まで、西はハドソン・リヴァーまで、その地域にいわゆるスポーツ・パークの建設をもくろんでいる。野球場も含めてね。そのことも影響しているんじゃないかね。もっとも不動産関係の連中はそれに関しては触れず、単にチェルシーが最近「歴史的景観を持つ地域」に指定された、という理由で値段をつり上げているんだけどね。

註)ジュリアーニ:ルディ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長 (1993~2001)
註)フィルモア・イーストとスラッグス:Fillmore East、The Slug’s Saloon。共に、マイノリティが集中し、ドラッグやトラブルが絶えなかったイースト・ヴィレッジ(バウワリー周辺/Broadwayから東側、イースト・リヴァーまで)にあったクラブ。フィルモアはロック、スラッグスはジャズ。
註)チェルシー:Chelsea。北はW30th St.から南はW15th St.まで、東は6th Ave. (The Avenue of Americas)から西は「ハドソン・リヴァー」までのエイリア。さらに限定していう場合もある。

♫「テザード・ムーン」はチャレンジがズピリットだ

Q:菊地さんは、今、ピアノ・トリオを3つ持ってますけど、「テザード・ムーン」はまだ続きますか?

菊地:もちろんだよ。俺もそうだけど、ゲイリー(ピーコック)もポール(モウシャン)もチャレンジが好きだからね。新しいテーマを決めてそれの達成のためにチャレンジしていく。うまく行く時は信じられないところまで行くからね。その代わり駄目な時はまるで駄目だけど。

Q:最新作は『トスカ』(Winter & Winter/ボンバ)ですね。あれはヘヴィーリスナーにはすごく評価が高いんですけど、一般のリスナーには歯ごたえがあり過ぎるようで。

菊地:それは仕方がないよ。アーティストはつねに理想のレヴェルを求めるからね。リスナーやマーケットに迎合する訳にはいかない。それがアーティストの誠実さだと俺は思うのよ。適当なところで妥協していたらアーティストじゃなくなるからね。つねに前進へのせめぎ合いがあってこそアーティストじゃないかと思う。

Q:『トスカ』はたしかマイルスがギルと温めていた企画ですよね。

菊地:そう。ギルと一緒にマイルスの家へ行ったら、二階への階段に沿って壁に「トスカ」の長いチャートが貼ってあるのよ。それがすごく印象に残っていてね。俺、すぐにもスコア買ってきて学習したわけよ。それで一昨年の12月にテザード・ムーンの新録の話が起きたとき、ポールに電話して家にきてもらったのよ。何をやろうか相談をしたかったしね。それで彼に「トスカ」のうちの一曲を弾いて聴かせたわけよ。そしたらポールがすごく気に入って次は「トスカ」で行こうということになったんだ。

註)テザード・ムーン:Tethered Moon。1989年に、菊地雅章(p)、ゲイリー・ピーコック(b)、ポール・モウシャン(ds) により結成されたトリオ。結成以来、『トスカ』を含めて7作をリリース。

 

♪ 日本のトリオは方向性を模索している

Q:日本の「スラッシュ・トリオ」はどうですか?菊地雅晃(b)と吉田達也(ds)ですよね。

菊地:彼らの興味とミュージシャンとしての質が変わってきてるんだ。雅晃の興味は今のところ他の方へいってるようだし、達也はジャズの連中とやる回数が増えてなにかソフィスティケートされてきちゃった感じがするのよ。初めの頃はとんでもなく面白かったんだけどね。その辺りを俺も何か考えないと。せっかくこの世で唯一無二ともいえる達也とやるんだし。でも最近聞いた話だけど、彼、「Ruins」を解散しちゃったんだってね。何でだろう?俺は「Ruins」のファンだったからちょっと残念だね。この前のアメリカン・トゥアーは大成功だったはずなのに。

Q:もうひとつは「オン・ザ・ムーヴ」ですね。

菊地:杉本くんと珠也くんね。こっちも何かこの顔ぶれに適した方向をさがさないとね。それは、俺の責任でもあるし。でもまだ解決の糸口が見えてこないのよ。いまさら4ビートや既成のフォームにはたよりたくないし。いろいろ考えてはいるんだけど。でも何か解決の方法を探すよ。俺がああだこうだと言わなくても済む方法をね。

Q:2001年のCDでアルバート・アイラーの<ゴースト>を演奏してますよね。菊地さんとアイラーの取り合わせはあまりしっくりこないんですけどね。アイラーも聴くんですか?

菊地:『(スピリチュアル)ユニティ』(ESP, 1954) はね。あれはいいよ。ゲイリー(ピーコック)も凄いしね。ドン・チェリーの入ったカルテットも聴いたけどあまり感心しなかった。アイラーは『ユニティ』だけあればいいって感じだ。

Q:最近発売されたボックス・セットは聴きましたか?

菊地:渋谷のメアリー・ジェーンで軍楽隊時代の録音を聞かされたけど資料以上のものではなかったね。

註)スラッシュ・トリオ:The Slash Trio。1987年、新宿ピット・イン出演を機に菊地雅章(p,org)が、甥の菊地雅晃(b)と吉田達也(ds,synth)と共に結成したトリオ。

註)オン・ザ・ムーヴ:On The Move。1989年、菊地雅章(p)が、杉本智和(b)、 本田珠也(ds)と結成したトリオ。

 

♪ 新しいプロジェクトはいろいろある

Q:新しいプロジェクトについてはどうですか?

菊地:次はグレッグ・オズビーとのデュオだね。これは日本の「55 Records」の企画なんだけどね。ただ、グレッグは変拍子の達人だけど、俺は4ビートさえ満足にできないから、今その辺りでの接点を探している。もっとも ’98年頃かな、一度グレッグをゲストに入れた「スラッシュ・トリオ」で二週間くらい日本をトゥアーしたことがある。でも彼は新しいコンセプトを持っている上、アルト・サックスの達人でもあるからこれからが楽しみだね。

Q:これはいつ頃ですか?

菊地:レコーディングは年末か新年早々かな。準備の進行次第だ。それから5月に、ヴィレッジ・ヴァンガードでポール(モウシャン)が俺、クリス・ポッター(ts)、ラリー・グレナディア(b)とでカルテットをスタートさせる。ポールのオリジナル中心でね。クリスはテナーがメインだけどソプラノは吹くのかな。

Q:ホーム・プロジェクトのソロもありましたよね。あのデモ盤は素晴らしかった。ECMが出すべきだ、と思いましたよ。

菊地:マンフレートにデモは送ってあるんだけどまだ何も言ってきていない。とにかく今はあまりメロディを核にした音楽には興味がないんだ。ただただ聴こえてくる音だけを追いたい。今までのアプローチと全然違うのよ。ところで。東京TUCでのソロは聴いた?

Q:DATは僕もミュンヘンでマンフレートに手渡しましたよ。東京TUCはちょっと遅れて入りましたけど。たしかにメロディは<ネイチャー・ボーイ>の断片とアンコールの<ラスト・ローズ・オブ・サマー>だけでしたね。

菊地:あのアンコールは余計だったな。とにかくインプロヴァイズしていて音が聴こえてくる時ってのはたまらないよね。聴こえてこない時は止めればいいんだから。メロディを弾いている限り自分が解放されていかない。メロディを弾かないってことはリスクなんだろうけど、リスクを負わない限り先へは進めないしね。でもうまくいったとしてもリスナーには理解してもらえないだろうし、当然CDも売れないだろうしね。

Q:ホーム・プロジェクトは1枚1枚手焼きして本当に聴きたい人に1万円くらいで頒布するってアイディアはどうですか?菊地さんが納得した内容だけを菊地さんがすべてクオリティ・コントロールして。

菊地:....。最近、BKマイクのオムニ・ヴァージョンを見直したよ。

Q:デンマークの測定用に作られたマイクですよね。

菊地:そう。いままでカーディオイドを使っていたんだけど、オムニ使ってみたら音場がわっと広がってね。イメイジが広がるんだ。ごきげんだよ。

註)BKマイク:B&K4003; Omni-directional Microphone
註)オムニとカーディオイド:オムニはOmni-irectional Microphoneで無指向性のマイクロフォン。カーディオイドは単一指向性マイクロフォン。

♪  ブギ・バンド

Q:ブギ・バンドの再始動はいつ頃になりますか?

菊地:すでにいろいろトライはしている。さっき話した「NuBlu」でももう数回やっているしね。コムピュータも操るドイツからきたドラマーとか、アクースティック・ベースのJuini Boothとかと一緒にね。俺も今ライヴに使おうと思ってループ・シークウェンサーが基本のAbletonのLiveというソフトを勉強している。でもブギ・バンドは今回少しコンパクトなバンドにしようと思ってるのよ。人数が多いと移動が大変だからね。それとあと、Jam Band系のプロジェクトとアフリカのリズムを基調としたプロジェクトも進めている。

Q:クラブ系は日本のレーベルでも何枚かやってますよね。アフリカンというのは?

菊地:アフリカン・リズムをベースにするんだけど無限にフロートしていて暑苦しくないやつね。これもリズムのベイスは見えてるから、今パフォーマーを探してる。アフリカのパーカッショニストを四人位は欲しいね。

註)ブギバンド:オールナイト・オールライト・オフホワイト・ブギバンド(All-Night, All-Right, off-White, Boogie Band) aka AAOBB。1987年、89年、さらに93年と菊地が8~9人編成で来日させたバンド。1980~81年に発売された『ススト』『ワン・ウェイ・トラベラー』のコンセプトをベイスとする

初出:JazzTokyo #13(2005.1.16)

稲岡邦彌

稲岡邦彌

稲岡邦弥 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。音楽プロデューサー。著書に『改訂増補版 ECMの真実』編著に『ECM catalog』(以上、河出書房新社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。Jazz Tokyo編集長。 https://www.facebook.com/kenny.inaoka?fref=ts

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