Interview # 193 pianist / composer「野力奏一」

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photo above:©2019 竹下智也

野力奏一(のりき・そういち)
ピアニスト/ キーボード奏者 / 作編曲家

interviewed by Kenny Inaoka 稲岡邦彌 2019.9

♫ 新作『サウダージ』は渡辺貞夫さんからの声かけがきっかけで実現した

Jazz Tokyo:昨年リリースされた『ピアノ・ソロ』が、提案されてから30年くらいかかっているようですが、この2作目『サウダージ』はその約1年後ですね。すぐに2作目にとりかかったはなぜでしょう?

野力奏一:昨年の5月に渡辺貞夫さんのFM番組 [ Nighty  Yours ] に出演させて頂いた時に、『オレで良かったら、付き合うよ!』と優しい言葉を掛けてもらったのがきっかけとなり、ソロと貞夫さんとのデュオというアルバムを作りたいと思ったのです。

JT:2作目のテーマはアルバム・タイトルにある「サウダージ」ですが、この言葉を野力さんはどのように解釈されていますか?

野力:郷愁、憧憬、思慕、切なさといった意味合いだと思いますが、ノスタルジックなことばかりではなく、今までの幸せな人生を郷愁するという意味もあり、ボサノバミュージックの基幹でもあるそうです。

JT:野力さんがブラジル音楽に興味をもつようになったのはいつ頃、どのようなきっかけでしたか?

野力:小学生の頃、両親が聴いていたアントニオ・カルロス・ジョビンやセルジオ・メンデスの音楽にハマったことです。
それと、渡辺貞夫さんの「白い波」という曲が好きでした。

JT:渡辺貞夫さんも早くからブラジル音楽に取り組んでいましたが、野力さんは貞夫さんの音楽を通じてもブラジル音楽に魅せられたのですね。

野力:はい、その通りです。

JT:その後、貞夫さんのバンドに入ってブラジル音楽を演奏されていますが、どのようなきっかけでしたか。

野力:1983年頃から、ギタリストの松木 恒秀さんの紹介で一緒に演奏させてもらうようになり、鈴木良雄さん、村上寛さんとカルテットでストレートアヘッド系のツアーや、岡澤章さん、渡嘉敷祐一さん、ギターがボビー・ブルームというメンバーでも活動しました。1986年にはモントルー・ジャズフェスティバルや全米ツアーで演奏、同年発表のアルバム『Good Time For Love 』で初めてレコーディングに参加、アレンジも担当しました。その後、松木恒秀さんを中心に渡辺貞夫グループとして活動しました。それと並行して貞夫さんは毎年アメリカやブラジルのミュージシャンと共演していたのですがキーボードだけは僕を使ってくれました。とくに1990年頃、渋谷の「せいよう広場 キリン・ザ・クラブ」でドリ・カイミさんのバンドに入って演奏できたことはブラジル音楽をもっと知りたいというきっかけになったと思います。

pjoto: ©2019 竹下智也

JT:今回、貞夫さんが2曲参加されていますね。

野力:例の貞夫さんのFM番組 [ Nighty  Yours ] への出演がきっかけですが、最終的にはずうっと長く僕を支えてくれたプロデューサーの伊藤 潔さんのお力を借りて実現しました。

JT:貞夫さんとのデュエットには貞夫さんの名曲〈エリス〉と野力さんのオリジナル〈北公園〉が選曲されています。

野力:〈北公園〉は、このメロディを貞夫さんが吹いてくれたら、どんなに素敵だろうと思って選曲しました。もともと3拍子の曲をボサノバにリアレンジして原曲よりも4度キーを下げています。〈エリス〉は僕の大好きな曲なので、ぜひにとお願いしました。

JT:かつてのバンマスとふたりだけで演奏した感想はどうですか?

野力:何年ぶりかで実家に帰ったような気分がして楽しかったです。貞夫さんの音色が素晴らし過ぎて涙が出ました。

JT:イヴァン・リンスの曲を2曲、〈アイランド〉と〈セ〉を演奏していますが、イヴァンの魅力はどんなところにありますか?

野力:彼の独特なコード進行と転調、美しいメロディと洗練されたハーモニーですね。

JT:ジョビンの3曲、〈ワン・ノート・サンバ〉、〈イパネマの娘〉、〈ダブル・レインボー(薔薇に降る雨)〉についてはどうですか?

野力:子供の頃からの憧れでもあり、やはりメロディとハーモニーに惹かれました。

JT:パット・メセニーの〈オールウェイズ・アンド・フォーエバー〉は意外な選曲にも思えましたが、パットはお好きですか?

野力:はい、大好きですし、多大な影響を受けた音楽家です。〈オールウェイズ….〉はとてもサウダージを感じて、どうしても入れたい曲でした。

JT:エンディングは、<上を向いて歩こう>ですが、この曲の選曲には何か特別な理由があるとか..?

野力:2011年の東日本大震災の12日後に、日本のために日本語で歌って世界中に配信してくれたイヴァン・リンスのミュージック・ビデオにとても感銘を受け、彼のアレンジをもとに、東日本だけではなくさまざまな自然災害の被災者の方たちを想い、弾きました。

JT:ソロ・アルバムはまだ続きますか? ソロ・ピアノのコンサートやライヴの考えはどうですか?

野力:ソロ・アルバムの続編についてはまだ考えていません。今年の10月末から何ヶ所かのライヴハウスでソロ・ライヴを予定しています。来年は全国各地でもライヴハウス・ツアーを行いたいと考えています。

♫ 今年76歳になる素晴らしい NYスタインウェイに出会えてソロ・アルバムを制作

JazzTokyo:去年(2018年)初めてのピアノ・ソロ・アルバムをリリースされましたが、提案されてから30年経過していたそうですね。

野力奏一:今から30年前、僕のピアノの調律をしてくれていた宮﨑剛史くんが、「ソロ・アルバムを作ろうよ!」と言ってくれたのですが、「そんなの無理 !」って返事をしましたが、よく考えてみたら自分の夢でもあったように思います。
その彼が NYスタインウェイのピアノを所有することになったのがきっかけになりました。そしてそのスタジオがじつに心地よい空間なんです。

JT:ピアノも素晴らしいそうですね。

野力:今年76歳を迎える NYスタインウェイと110歳を迎えるハンブルグ・スタインウェイがありますが、僕は NYスタインウェイを選びました。
彼の調律は本当に素晴らしく、レコーディング中もその倍音にどんどん惹きつけられて演奏することができました。

JT:エンジニア後藤昌司さんも野力さんのピアノ演奏によく通じておられるそうですね。

野力:鈴木 良雄さんのレコーディングのエンジニアを長年任されています。あのソロ・アルバムのピアノの音色は、僕のイメージする音を後藤さんに伝え、話し合って作り上げていきました。

JT:プロデューサーの伊藤潔さん、A&Rの五野洋さん、ベテランの彼らがチームをまとめたとなると鉄板の布陣ですね。マスタリングのSONYの鈴木浩二さんまで...。

野力:プロデューサーの伊藤潔さんは、1994年の伊藤君子さんの『イヴニング・ウィズ・K I M I K O   I TOH 』で、ニューヨークのミュージシャンやオーケストラの方たちと演奏する機会を与えてくださいました。その時以降、言葉で言い表せないぐらいの経験をしました。

その伊藤潔さんがレコーディング・チームを集めてくれました。マスタリングの鈴木浩二さんはケイコ・ リーちゃんの数々のアルバムでお世話になっていますが、僕の2作についても素晴らしい音を作ってくれました。

JT:仕上がりには大満足というところですね?

野力:はい、その通りです。

JT:レパートリーは前半の7曲がマイルスがらみですが、野力さんにとってマイルスとはどういう存在ですか?

野力:僕のジャズ・ミュージシャンとしての存在理由そのものですね。
中学生の頃、ジャズに詳しい同級生から「モダン・ジャズの最高峰はマイルスだ 」と聞き、すぐにレコード店に行き、当時 (1971年) の新譜『Jack Johnson 』をジャケ買いしてしまいました。家で聴いたらモダン・ジャズとはほど遠く、まるでHard Rock調だったので驚かされましたが、マイルスが常にスタイルを進化させているということを聞き、さらに興味が湧きました。同級生の薦めで『Kind of Blue 』と『Milestones 』を買い、そのミステリアスな空間とスピード感のある演奏にすっかりハマってしまいました。それに “アドリブ” なる即興演奏にすごく憧れを持つようになりました。ちなみに僕が学んできたピアニストたちは、ほとんどマイルスのバンドの経験者です。

JT:後半に野力さんのオリジナルが4曲。映画『キッチン』からは2曲。『キッチン』からは2作目のCDでも1曲取り上げていますが、『キッチン』との出会いはどのような経緯でしたか?

野力:きっかけは渡辺貞夫さんなんです。貞夫さんが、根岸吉太郎監督の映画『永遠の1/2 』のテーマ音楽を担当されて、その流れでバントにいた僕に劇中音楽の依頼があり、普通の劇伴以外に、映像を見ながらアドリブでやってもいいということで即興で弾いたりしていたら、根岸監督が僕を気に入ってくれて、森田芳光監督を紹介くれました。
森田監督との最初の作品は、平成元年 1989年公開の『愛と平成の色男』でした。
この映画は石田純一主演で、昼は歯科医、夜はジャズ・アルトサックス奏者という設定のコメディ映画で、この時は当時一緒にバンドを組んでいたベーシストの福井五十雄さんとサックス淵野繁雄さん、それから奥平真吾くんのドラムで録音しました。ロケは、一関の老舗ジャズ喫茶「Basie」で行われました。ロケのバンド演奏シーンに出演しないか?と尋ねられたのですが、残念ながら貞夫さんのツアーと重なって駄目で、代わりに岩手のジャズ・ミュージシャンが僕たちの演奏をコピーして音と映像を合わせてくれたという経緯があります。
監督が気に入ってくれたようで、同年公開の次作『 キッチン 』も担当しました。
この時は僕と福井五十雄(b)さんとのバンド「Pole Pole I’s」の淵野繁雄(ss,as,ts)、二本柳 守(ds)のアルバム『Crescent』をリリースしたこともあって、ものすごく忙しい年でしたね。,

JT:日本では、<ルパン3世>や<マルサの女><パリは燃えているか>などを除いて映画音楽や劇伴がスタンダードになる例が少ないのですね? 日本の映画の場合、予算、時間の制約に加えてプロデューサーや監督の音楽に対する無理解があると聞いていますが。

野力:根岸吉太郎監督も森田芳光監督も大変理解があり、とくにプロデューサーの三沢和子さんは音楽に関して、良き理解者でした。その点、僕は恵まれていたと思います。

JT:このアルバムでもエンディングに<ダニー・ボーイ>というアイルランド民謡が演奏されていますね?

野力:この曲は、ビル・エバンスもソロで録音していて、彼のアレンジも参考ににしました。僕は小学5年か6年生の時、音楽の授業で取り上げられた〈ロンドデリーの歌〉が気に入って、家でよく弾いていました。ピアノ用の楽譜はなく、この頃アドリブらしきものを演ってみた覚えがあります。

JT:このピアノ・ソロアルバムを制作して野力さんの内部で何か変化がありましたか?

野力:頭の中に響いた音の景色が描けることが、すごく楽しくなりました。

JT:このアルバムをリリースするために自身のレーベルを立ち上げられたのですか?

野力:55 Recordsの五野さんからのアドバイスで決めました。

JT:企画から制作、販売まで自身で経験されてどう思われますか?

野力:企画はプロデューサーの伊藤 潔さんに助けてもらい、制作は55 Recordsの五野さんに教えてもらい、なんとか作り上げることができたという感じです。
初めての手売りは大変でした。演奏終了後、CD代金をもらい、おつりを渡し、サインをするなどもう頭の中が飽和状態でした。用意したおつりを持っていったのに、肝心のCDを忘れてしまったり..。

photo: ©2019 竹下智也

♫ カウント・ベイシーのようなまん丸な音が出せたらなぁ〜

JazzTokyo:お生まれはどちらですか?

野力:京都市です。

JT:「奏一」というお名前から判断すると音楽一家のお生まれですか?

野力:父は、京都の三条大橋の「ベラミ」というナイトクラブの専属バンドのバンマス (バンド・マスター) をやっていました。
母も音楽が大好きで、お琴や日本舞踊をやっていました。

JT:音楽に興味を持ち始めたのはいつ頃ですか、きっかけは?

野力:3歳の頃だと思います。音 (聴音) が分かり出すとさらにおもしろくなってきました。

JT:ピアノはいつ頃から始めましたか?

野力:母親がクラッシックのピアニストにしたくて、2才で教え始めたそうです。3歳からは〔京都芸大〕出身のピアノの先生に習い出し、4歳からは〔京都芸大付属 子供音楽教室〕の英才教育を受けていました。6歳からは作曲専門の先生にも教えてもらいました。

JT:ジャズに興味を持ち始めてのはいつ頃ですか、きっかけは?

野力:小学校4年生の時に、父親に京都会館へ連れて行ってもらった時のカウント・ベイシー・ビッグバンドを観た時の感動がきっかけでした。ベイシーのピアノがなんてまん丸で綺麗な音なんだろうと思いました。

JT:プロ・デビューはいつでしたか?

野力:高校2年生の夏頃、父親のバンドにいたピアニストの欠員により、僕に声が掛かかり、プロ・デビューになりました。

JT:上京は何歳の時でしたか、目的は?

野力:19歳の時、バンドの仲間たちが、「お前は東京に行け」みたいなことを盛んに言うので、知り合いのつてで、ピアニストの市川 秀男さんを尋ね、市川さんからジョージ川口さんや、ヴァイブラフォン奏者の松石和宏さんを紹介して頂き、東京でのキャリアをスタートすることが出来ました。

JT:プロ・ミュージシャンとして自覚し始めたのはいつ頃でしたか?

野力:今だに自覚はありませんが...

JT:初めての自分のバンドはいつ頃ですか?思うような活動ができましたか?

野力:1983年にリリースした『ノリキ』がファースト・アルバムです。メンバー全員があの「STUF F」というバンドが大好きで、みんなでワイワイ楽しみながら演奏活動していました。

JT:渡辺貞夫、日野皓正、鈴木良雄とのバンド活動を通じてそれぞれどのようなことを学びましたか?

野力:渡辺貞夫さんは僕にとって一番大きな存在ですし、数々の事を学びました。まず、ありのままの自分を正直に表現することを教わりました。それと、一音一音を大事に丁寧に演奏すること、曲を心の底から大切に演奏すること、一番に音楽を楽しむ事でした。

また、僕はビル・エバンスのように背中を曲げて弾いていたのですが、「ハンク・ジョーンズ(僕のアイドルで、何度かお会いしてますが、昔、老舗「Body & Soul 」で僕の演奏を聴いてもらった事があります) のように胸を張って力抜いて弾け」「声を出してもいいからもっと歌え」とピアノを演奏する時の姿勢、自分の本当に表現したい事をもっと大切にするように促して頂いた事を座右の銘にしています。
未だに出来ていませんが...。

日野皓正、元彦のご兄弟から学んだのは、まず即興演奏のスピード感かな...。速い音符を弾く事ではなくて、その場で起こっている音楽をいかに早くキャッチして、今感じている事を自分自身を総動員して応えていく、また自分の音楽をある意味命がけで表現する、というような事だと思います。

それと、貞夫さんと日野さん兄弟からも学んだ事は遠鳴りする音、音の大きさではなく、「遠くまで届く音」を意識することでした。緊張しながらも脳の全ての部分を使えるようにリラックスし、力で弾くのではなく脱力して心で弾く、というように心がけました。

大野俊三(tp) 野力奏一(p) 古木佳祐(b) ジーン・ジャクソン(ds)              @リハーサル

このような即興演奏に対する姿勢は、大野俊三さんからもたくさん学びました。今まさに俊三さんのコンサート・ツアーで実践している事です。俊三さんの全力で真摯に音楽に向かう姿に毎日感動しています。

鈴木良雄チンさんとは、渡辺貞夫さんの1986年の国内ライブハウスでのアコースティックバンド・ツアーで初めてお会いしてから数えて33年の月日が経ちました。
その後、「East Bounce 」結成に参加し、’93年発表の『Kisses On The Wind』でアレンジを担当して、それ以来信頼を得て、来年20周年を迎える「Bass Talk 」へと繋がって行きました。
どちらのバンドも、チンさんが作曲して僕がアレンジを担当する、という流れで、ステージのトークで「俺  (鈴木良雄さん) は、釣りは得意だけど料理が苦手で、 魚を釣って来ると野力が美味しい京料理やフランス料理に仕上げてくれるんです。」とよく話してますが、このような図式で右腕として長年やって来ました。
チンさんの、他の人には出せない太い音とリズムの良さ=スイング感をぜひ聴いてもらいたいですね。

JT:阿川泰子、伊藤君子、チャリート、ケイコ・リーら歌手との活動で一番心がけたことはなんでしたか?

野力:まず真摯に音楽に向かうことです。
僕の中では、いわゆる「歌伴」と「楽器との合奏」の垣根はなく、共にリスナーに最高の音楽を届けるという事を心がけています。

とくに今、一緒に演っているケイコ・リーさんとは、ステージ上でお互いにイメージする音 (音楽) が一緒で、また意外な発想があったりして、同じ曲を演奏しても毎回違って新しい発見があり、彼女の音楽性に毎回驚かされています。
彼女はもともと絶対音感を持った素晴らしいピアニストで、アレンジャー、プロデューサーとしても超一流の才能を持っているのですが、現在制作中の新譜でも選曲、自身のボーカルに加え、1人多重録音によるコーラスには脱帽しました。

JT:映画音楽を引き受けるポイントは何でしょう?

野力:いやー、成り行きでしたから…
映像と音を合わせるのはとても大変なことなので、もう無理だと思いますが...。

JT:海外遠征でいちばん印象に残っている出来事はなんでしたか?

野力:渡辺貞夫さんのアフリカ・ツアーで、僕が憧れる音楽の原点となる人たちと触れ合い、その人たちの前で演奏できた事が一番の思い出になりました。

それから同じく、貞夫さんのツアーで ’85年 (だと思いますが記憶があやふやです) に、「モントルー・ジャズ・フェスティバル」に出演した時、若く見えるせいか 28歳の僕を18歳だと勘違いされ、その演奏に驚いた記者がスイスのローカル新聞に「驚異の日本のティーンエイジャーの新人現わる」と掲載してしまったのが笑えました。

JT:最後に夢を語ってください。

野力:カウント・ベイシーのようなまん丸な音が出せたらなぁ〜と日々思っています。

稲岡邦彌

稲岡邦彌

稲岡邦弥 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。音楽プロデューサー。著書に『改訂増補版 ECMの真実』編著に『ECM catalog』(以上、河出書房新社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。Jazz Tokyo編集長。 https://www.facebook.com/kenny.inaoka?fref=ts

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