Interview #79「マンフレート・アイヒャー」Part 1

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Interviewed by Kei Sato 佐藤 敬
2009年10月
ハイデルベルクのECM40周年フェスティバル会場にて
Photo : Courtesy of ECM Records
Translated by Kenny Inaoka


ディジタルレコーダーをセットしているのを見て。
マンフレート・アイヒャー(ME):そのレコーダーは良いかい。

佐藤 敬(JT):はい。今のところは。プレゼントしたいのですが、1台しかないので。

ME:そう。

JT:インタヴューを始めさせていただく前に、稲岡編集長からの伝言を。昨日、編集長が電話でお願いした、『ECM catalog』用の序文をいただきたいのですが。

ME:バタバタしていてね。まだ書いていないんだ。

JT:先に仕上げていただけますか。

ME:同時には無理だ。あとでメールで送るから心配しないくても良いよ。インタヴューに進もう。

♪ 6歳のときに母親からヴァイオリンを与えられた

JT:貴重な時間を割いていただいてありがとうございます。まず。簡単に自己紹介をさせて下さい。私は佐藤敬と申しますが、現在、23歳です。ジャズ・ベースをちょっと触っていたのですが、5年前に、編集長にジャズの世界に引き入れられました。それから、折りを見てJazzTokyoに寄稿させてもらっています。

まず、40年間にわたって1000作以上のアルバムを制作した理由を聞かせていただけますか

ME:どうしてだろう。考えられることは、音楽が好きで、音楽をプロデュースしていくプロセスが好きで。制作した音楽を皆に聴いてもらうことが好きだということだろうか。それが私の生きがいでもあるのだが。

JT:次にあなたの音楽的背景をお聞きしたいのですが。まず、あなたの子供時代の音楽的環境ですが。あなたのご両親は何か楽器を演奏していましたか。また、家庭では音楽が流れていましたか。「Yes」でしたら、どんな楽器を演奏し、どんな音楽が流れていましたか。

ME:私自身は6歳からヴァイオリンを弾いていたんだ。母親に弾きなさいとヴァイオリンを与えられたのでね。彼女は素晴らしいクラシックの声楽家だった。彼女がよく家で聴いていた音楽はシューベルトの弦楽四重奏曲や歌曲だった。だから、私は室内楽に大変影響を受けたのだ。14歳のときに、マイルス・デイヴィスやビル・エヴァンスの演奏に触れ、ポール・チェンバースのベースを聴いてコントラバスを弾く練習を始めたのだ。それから、ベルリンのミュージック・アカデミーに入学して、音楽全般と作曲を学んだ。アカデミーを卒業してからオーケストラに入団したのだが、同時に、ジャズ・ミュージシャンとも付合いを始めた。ポール ・ブレイ、マリオン・ブラウン、レオ・スミスなどとね。彼らとは演奏もした。他にも多くのジャズ・ミュージシャンと演奏した。つまり、当時、クラシックとジャズを並行して演奏していたのだ。しばらくし て、オーケストラを退団し、ベルリンからミュンヘンに移ったのだ。ミュンヘンである男と出会ったのだが、彼は電気商を営みながら、Jazz by Post (JAPO) というメール・オーダーのレーベルを持っていたのだが、レーベルを仕切っていたのはマンフレート・シェフナーという男だった。電気商を営んでいたのはカール・エッガー氏という男だったが、彼から1万6千マルクを出資してもらいマル・ウォルドロンのアルバムを制作した。『フリー・アット・ラスト』というアルバムだが、これを知人のハラ・ミュージックの上原氏に送り、日本のディストリビュータを探してもらったのだ。このアルバムが日本でとても成功し、良いスタートを切ることができたのだ。日本のファンがマル・ウォルドロンの音楽に大変共感してくれたのだ。ポール・ブレイについても同じことがいえる。だから、ECMの最初期にあっては、日本のオーディエンスがとても大きな役割を果たしてくれたのだね。

JT:あなたはいつあなたの人生を音楽に捧げる決心をしたのですか。

ME:決心して始めたわけではない。先ほども話したように、6歳のときからヴァイオリンを始め、母親の音楽教育を受け、14歳のときにベルリンの音楽学校を受験して入学し、正規の音楽教育を受けたのだ。

JT:つまり、自然に音楽の世界に入り込んでいったというわけですね。

ME:そう、とても自然な成り行きだった。他の何かをやろうと考えたことは一度もなかったね。音楽家になりたかったんだ。

 

♪ 「沈黙」は自ら求め、創り出していくもの

JT:ECMを設立した当初からあなたの音楽上の目的地は明確でしたか。

ME:設立した当初はとりあえずマル・ウォルドロンのアルバムを制作しただけで、とくに明確な目標があったわけではない。つまり、マル・ウォルドロンのトリオのアルバムをレコーディングしただけで、レーベルについての明確なコンセプトはなかったんだ。観念的にコンセプトを考え抜いたり、流行やトレンドを気に掛けたのではなく、自分の好きな音楽だけが頭にあったんだね。やがて、自分が個人的に好きな音楽だけを追いかけていこう、そして、自分で演奏したい音楽を明確に把握しているミュージシャンだけを求めていこうと、急速にイメージがまとまりだしたんだ。表現の形態は室内楽的という強い希望もあった。さらに、サウンド的には、透明感、明瞭さを持たせようと思っていた。

JT:「沈黙」というのはECMにとって重要なテーマだと思うのですが、あなたは、われわれが「沈黙」に何を聴くか、「沈黙」から何を学べると考えますか。

ME:もう少し具体的に説明してもらえるかな。

JT:ECMの音楽を聴いていると、「沈黙」の存在を意識するのですが、そこに我々は何を聴くことができるか、あるいは何を学びとれるか、という意味ですが。

ME:どんな音楽も沈黙の中から立ち上がり、沈黙の中へ消えていく。つまり、音楽は沈黙から沈黙へ旅をするのだ。大切なことは真の「沈黙」の意味を理解することだね。誰も「沈黙」の中にそれほど長く留まることはできない。一定の時間を経過したのちにはノイズを必要とするのさ。「沈黙」を理解するためには孤独が必要だ。集中力が必要だ。本来の「沈黙」とは単に「静かであること」ではないんだ。それは素晴らしいものであるはずだ。理想的には、音楽は完全な沈黙から旅立ち、完全な沈黙へと消えていくべきなんだ。しかし、現実的には完全な沈黙というのはなかなかあり得るものではないんだ。つまり、あなた自身で「沈黙」を創り出す必要があるんだね。集中して耳をそばだてなければならない。あなた自身の責任で「沈黙」を創り出すんだ。待っていても「沈黙」はやってこない。望んだだけでは「沈黙」は訪れてはこないんだ。自ら「沈黙」を探し求め、自ら「沈黙」の中に身を置く必要があるんだ。

♪ リバーヴを楽器のように“演奏”している

JT:レコーディングにおいてあなたはときにディジタル・リバーヴを使いますね。

ME:ときにね。部屋の状態に拠ってだが。しかし、ほとんどの場合、ディジタル・リバーヴではなく、単なるリバーヴだが。

JT:あなたは、「エコー」と「沈黙」の関係について明確な考えをお持ちですか。

ME:「エコー」ではない。 部屋が持つ残響だね。たしかに、リバーヴは好きだが。というより、部屋のアコースティックに拠るのだけど。部屋の残響条件が良いとミュージシャンにやる気を起こさせることができるのだけど、良くな い場合、リバーヴ(註:リバーヴレータ)で条件を整えることになると言えば良いか。しかし、リバーヴの使用には芸術的な感覚が必要でね。つまり、リバーヴには “もろ刃の剣” 的な危険性も秘めているといえる。私の場合、リバーヴ を楽器のように “演奏している” と言っても良いだろう。リバーヴを正しく理解するということは一種の芸術に近いものがあるんだ。だから、正しく使われたリバーヴは人工的なものではなく音楽の一部といえるんだ。

残響の整ったアコースティックの良いコンサートホールや演奏スペースはミュージシャンをインスパイアし、良い結果をもたらすほどの効果があるんだ。だから、そのような環境が期待できない場合にリバーヴで補正するのだけれど、それは人工的であってはならず、音楽の一部として音楽に溶け込んでいなくてはならないんだね。

♪ リスナーとともにあり、リスナーと交感を続けている

JT:ECMには2つの方向があります。ひとつは、インプロヴィゼーションによる音楽で、もうひとつは、「ニュー・シリーズ」(註:NS)としてリリースされているスコアに基づく音楽です。

ME:スコアではなく記譜された音楽だね。「ニュー・シリーズ」の場合、必ずしもスコアがあるわけではなく、単にフォームだけが存在したり、記譜された音楽のアイディアだけが存在する場合もあるんだ。つまり、音楽が実際には記譜されておらず、意識として記譜されている場合もあるということだ。

JT:あなたにとってインプロヴィゼーションも記譜された音楽も目指すところは同じでしょうか?

ME:その音楽が演奏者のメッセージとクオリティを体現している限りインプロヴィゼーションであろうと記譜された音楽であろうと私には関係ないんだ。即興演奏のジャズであろうと、記譜された音楽であろうと、問題は、演奏者から発せられた音楽的メッセージとクオリティが存在するかどうかということになる。ECMのCDを購入したリスナーにそのリスナーがECMに期待するクオリティをわれわれが届けられるかどうか、ということだね。われわれが40年間やってきたことというのは、われわれがリスナーに聴いてほしいと願う音楽をクオリティを持って届けるということだ。われわれはすべてのリスナーの顔を知っているわけではない。しかし、われわれはリスナーを感じることはできる。リスナーもわれわれを感じることができるだろう。そのようにしてお互いの信頼関係が確立されてきたのさ。
ひとりのリスナーがわれわれの提供する音楽のすべてを好きになる必要はないんだ。そんなことはあり得ないだろうし、あったとしたら不自然だろうね。ある音楽が気に入らなければ、次に提供される音楽を待ってくれればいいのさ。

JT:去年、ECMはクラシックとジャズの両方の部門で “レーベル・オブ・ジ・イヤー”(年間最優秀レーベル)に推挙されましたが、この事実をどのように受け止めていますか。

ME:ひとびとがそのように認めてくれることはECMファンにとっては喜ばしいことだろうが、われわれは褒めてもらったり、賞を獲るために音楽を制作しているのではないんだ。われわれはつねにリスナーとともにあり、リスナーと交感を続けている。そのことがわれわれにとって重要なことなんだ。しかし、同時に批評家やプレスがそのことを認め、われわれがそれなりにやっていることを評価してくれるのは嬉しいことだね。

JT:あなたは自分自身がプロデューサーのパイオニアだと思いますか。

ME:分からない。私は自分が思うように音楽を制作しているだけであり、少なくとも音楽の生命に人生のすべてを掛けているプロデューサーであるとはいえるだろう。今まで音楽に対する自分自身の考えを発展させてきたことも事実だ。しかし、ミュージシャンと完全に思いを100%共有できてきたとは思ってはいないんだ。私がプロデューサーのパイオニアであるかどうか自分では分からない。それは第三者が決めることだと思うね。

♪ インプロヴィゼーションには内容が必要である

JT:ここであらためて即興の定義を聞かせていただきたいのですが。

ME:即興を定義したいとは思わない。即興はそこに存在するものだ。即興とは即時的なものであり、何かに反応するものであり、流れから始まるものだ。たとえば、キース・ジャレットは即興の大家だ。彼の場合は、ソロでどこまでも即興を展開していくことができる。また、ふたりで行う即興もある。われわれの対話のようにね。しかし、何れの場合にも即興には内容が伴っていなければならない。内容あっての即興だ。ただし、その内容はあからさまである必要はない。内容が深く沈潜している場合もあるだろう。つまり、即興する者は、予め内容かシステムを持っているといえる。

JT: 40年間の軌跡を追ってみますと、ECMのコンセプトは大きくは変化していないと思います。

ME:その通りだ。変化はしていない。しかし、規則といったものはないんだ。重要なことは、良い音楽を見出し、優れたクオリティで提供することだ。私はディレクターとしてミュージシャンとともに音楽を創っているが、私自身にも進化はあったと思いたい。

変わったといえばそのことだろうか。私の音楽的視野は初期のころに比べれば確実に広がったといえるだろう。深化もしていると思う。

JT:キース・ジャレットは、あなたは何をどのように制作すべきか完全に把握している稀なプロデューサーであると発言しています。

ME:その発言は知っている。

JT:あなたが期待した以上の成果が得られた場合もありますか。

ME:私の期待というのはいつも控え目だから、期待以上の音楽が実現することの方が多いだろうね。そして、それは素晴らしいことさ。しかし、期待に達しない場合もある。それが通常の現実ではないだろうか。人生とはそういうものさ。そして、私は何れの場合も自らリスクを負う覚悟で臨んでいるんだ。

JT:最後に、キース・ジャレットをどう思いますか。

ME:素晴らしいミュージジャンであり、大の親友でもある。また、彼は音楽の大家でもあるといえる。

*初出: JazzTokyo # 134(2010年4月2日)

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