#Interview #126(#60) Keith Jarrett -Part1-

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*このインタヴューは、2008年に本誌に掲載されましたが、サーバー移動の際データを喪失したため永らく閲覧できない状態にありました。今回、創刊200号を記念し、アーカイヴとして2回分を一挙に掲載するものです。記載の内容は2007年11月のインタヴュー当時のものです。

キース・ジャレット(pianist/composer)

Interviewed by Nobu Stowe(須藤伸義)
Interview Questions by Kenny Inaoka (稲岡邦弥)/ Nobu Stowe
Photo by RoseAnne +Sven Thielmann/ECM(stage)

2007年11月28日 @ キース・ジャレット邸、Oxford. NJ
取材協力:Rose Ann Jarrett/ Steve Cloud/ Steve Lake (ECM)/ Tina Pelican (ECM USA)

すでにここJT誌にも度々書いてきたが、筆者にとってキース・ジャレットは特別なミュージシャンである。 “ヨーロピアン・クァルテット”(キース/ヤン・ガルバレクsax/パレ・ダニエルソンb/ヨン・クリステンセンds)の『マイ・ソング』を初めて聴いた時の衝撃は今でも鮮明に覚えている。僕のジャズ人生は、このアルバム中の名曲であり名演奏でもある<カントリー>によって開かれたと言っても過言ではない。(注1)

注1:キースの<カントリー>でのソロは僅か半コーラスだが、彼の音楽的魅力の全てを凝縮している演奏だと思う。

そんな深い思い入れがあるキースに、今回直接インタヴューする機会を得た。インタヴュー場所は、キースの生まれ故郷、ペンシルバニア州アレンタウンに程近いポコノス山脈中にある彼の自宅。ニューヨークから西へ1時間半、僕が住んでいるバルチモアからは北西へ3時間超の距離だ。キースは、この湖に面した清楚な家で愛妻のローズ・アンと暮している。

キースにインタヴューした事もあり(注2)現在意欲的なウェッブ・ジャズマガジンPOINT OF DEPARTUREを主宰している批評家、ビル・シューメーカー氏より「絶対遅刻するな!」、とアドヴァイスを受けていたせいもあって、予定時刻の午後4時よりかなり早く到着した。時間を潰すといっても、キースの住んでいる町は、かなり小さい田舎町で店と言えばガソリン・ステーションとひなびたデリがあるくらい。それなので、近くの町(ここも、小さな町だが)カフェで暫くインタヴューの予習をしながら約束の時間まで待った。周辺の看板からの印象だが、イタリア系の人々が多く住んでいる様子。しかし、カフェの向かいにはユダヤ教の教会が立っていた。

注2:シューメーカー氏によるキース・ジャレット=インタヴューは、現在でもPOINT OF DEPARTURE 誌上で読む事が出来る。(英語)ウェッブ・アドレスは、http://www.pointofdeparture.org/archives/PoD-1/PoD-1_the_turnaround.html

キース邸に出向いたのは、3時50分過ぎ。定時まで待っているつもりだったが、直ぐにローズ・アンがゲートまで出て来て、インタヴュー場所であるキースの書斎まで案内してくれた。録音の準備などをしている間に待望のキースが現れた。

♪ ピーコック、ディジョネットとのトリオについて

キース・ジャレット(以下KJ:):やあ、今日はどの様な用件で?

須藤伸義(以下NS):えーと。

KJ:: 冗談だよ。インタヴューの件は、聞いているよ。

NS: 僕にとって最大のジャズ・アイドルである、キースさんとインタヴューできて光栄です。

KJ:: 僕が君にとってのアイドルだとすると、それはちょっと(インタヴュー上)まずいんじゃないのかな?(笑い)

NS: そうかもしれないですが、頑張ります。

KJ::  (笑い)

NS: 大学の時にあなたの音楽からジャズに目覚めまして、キースさん参加のアルバムはCDが出ていれば全て持っているはずです。

KJ:: レコードは?

NS: えーと、CDのみです。僕が音楽を本格的に買い出した頃、既にLPからCDに移行していましたので。(注3)

注3:CDが発売されたのは、まだ筆者が小学生の頃だが、ジャケットが“重要な”プログレッシブ・ロックに凝っていたせいで、アメリカに来るまでCDと平行してLPを買っていた。

KJ:: そうなんだ。でも、ターンテーブルは持つべきだと思うよ。

NS: そうですか?考えて見ます。(笑い)それでは、先ず最初の質問として今年25周年を向かえたトリオ、キース・ジャレット/ゲイリー・ピーコックb/ジャック・ディジョネットdsについて質問したいと思います。

KJ::  ちょっと待って、ライトをつけよう。古い家だろう?

NS: いえ。でも、過しやすそうな家だと思います。でも、この家にはいつから住んでいらっしゃるのですか?

KJ:     1971年からだから、もう35年以上だよ!

NS: 生まれたのは、この辺りですよね?

KJ:: もう少し南西の方角に行ったところだよ。

NS: “ディア・ヘッド・イン”もここの直ぐ近くですか?

KJ:: そうだよ、北に少し行ったところだ。デラウェア・ウォーター・ギャップのそばだ。でも最近オーナーが変わってね、しばらく行っていないんだ。16歳のころから良く通ったんだが。今の状況は分からないけど、ディア・ヘッド・インのステージ・ルームは最近まで50年来ずっと変化無しだったんだ。ビレッジ・バンガードのように。

NS: そうなんですか。実はピアノを弾いていまして、キースさんとも馴染みの深い、タブラ奏者のバダル・ロイと最近録音しました。バダルとディア・ヘッド・インで数年前に共演したと伺っているのですが?

KJ:: そうなんだ。バダルからディア・ヘッド・インに出演しているから、一緒に演奏したいと電話があった。パキスタニ・フルートを持って出かけたら、バダルはちょっと残念な様子だった。ピアノを期待していたのだろう。でも僕のポリシーとして、タブラのような伝統楽器と共演する場合、共通の足場を見つける意味合いで、自分も伝統的な楽器で演奏したいんだ。

NS: その様に言われると、ピアノでタブラと共演した自分のアイディアの是非が気になるのですが…。

KJ:: 気にする事はないよ。あくまで僕自身のポリシーとしての話だから。(注4)

注4:直接バダルに聞いた話だが、ディア・ヘッド・インで共演した時、キースは確かにパキスタニ・フルートで演奏を始めたそうだが、その後ピアノに切り替え、全体で30分以上続けて演奏したらしい。因みにこの時の演奏形式は、キースとバダルのデュオ。

NS: 分かりました。それでは改めて、ゲイリー・ピーコック/ジャック・ディジョネットとのトリオの事について伺いたいと思います。先ず第1問として、キースさんの慢性疲労症候群より回復後の演奏は、その病に倒れる前の演奏と比べても、トリオの“精神的一体感”がさらに高まっているように感じます。ゲイリーやジャックから病気回復上に受けたサポートが原因でしょうか?

KJ:: うーん。特別なサポートを、ゲイリーとジャックから受けたという事ではないんだよ。と言うのも、病気が酷かった時には電話で話すのも億劫で。僕の病気の時の電話での応答を、ゲイリーは、こんな感じで物真似するんだ。(物凄く弱々しくゆっくりな声で)「ヘーイ…ゲイリー…OK」。病気がきつかった時は、本当にそんな感じだった。それ以上話を続ける体力もなかったんだよ。だから彼らが僕にサポートを与えようとしても、限られた事しか出来なかったと思うよ。そこで君が指摘したトリオの“精神的一体感”だが、それはこういった事だと思う。このトリオでは通常リハーサルを行なわないんだが、病気の回復期に自分のコンディションを試す意味で、僕のスタジオに2人を招いて演奏してみたんだ。3人の波長が昔みたいに合うかどうか試したかった。そして昔に比べてトリオの演奏が、かなりビバップ的になったという事に気がついたんだ。僕自身の変化で言えば、病気になる前は演奏に凄くのめり込んで弾いていたんだが、体力が無いせいで軽めのタッチで鍵盤を弾くようになっていた。これは、ゲイリーとジャックの演奏にも当てはまる変化だった。ゲイリーは、かなりの大手術の後で、体力的に本調子ではなかった。またジャックは、彼の長年のプレイ・スタイルに起因する腰痛や関節の問題を抱えていた。要するに3人共、何らかの形で肉体的試練を経験していた。個々の抱えるハンディキャップに気づき、お互いをさらに理解し合えた事実が、君の指摘した “精神的一体感”の上昇に繋がっているのだと思う。

NS: おっしゃる事分かります。

KJ:: もう1つ言える事は、僕が病気にも拘わらず、このトリオのさらなる発展に意欲を燃やしている事実に、ゲイリーとジャックは新たな尊敬の念を持ったのだと思う。この点については、次のエピソードを話そう。
アメリカン・クァルテット(キース/デューイー・レッドマンts/チャーリー・ヘイデンb/ポール・モチアンds)のある公演の後に、オーネット・コールマンasからこう言われた。少し話題から逸れるのだが、先ずオーネットは、こう聞いてきた、「キース、お前は本当に黒人じゃないのか?」。「どうして?」、と聞き返すと、オーネットはこう言った、「お前の音楽には、黒人教会で聞かれる音がたくさん詰まっている」。そしてさらにこう聴いてきた、「よくこの3人と一緒に演奏を続けていられるな。秘訣はなんだい?」。このオーネットの質問には裏があって、デューイー/チャーリー/ポールの3人をベビーシットするのは、オーネットも経験したのだろうが、結構大変だったんだ。僕は、当時まだ若造だったし、他の3人は年上で知名度もあった。だから僕がリーダーといっても、3人の世話をかなり気を使ってやってたんだ。しかし、僕のオーネットにした返事はこうだ、「この3人がベストだからさ!」。この3人以上の共演者はいないと思っていたから、多少の不都合も我慢していたということなんだ。似たようなことは、じつはこのトリオにも当てはまるんだ。ゲイリー/ジャック共に僕より年上だし、経験も豊富だ。僕ら3人の間には常に信頼と尊敬があったけれど、僕の病気は、それらをさらに高めてくれたと言えるかもしれない。そういった事実も、“精神的一体感”の上昇に寄与していると思う。

NS: ゲイリーと(2007年)8月にインタヴューを行った際、3人の間に喧嘩などあるか、聞いてみました。ゲイリーは音楽がすべてだからそんなことは無いと言っていました。

KJ:: その通りさ。哲学的や政治的に討論することはあっても、喧嘩するようなことは1度も無いよ。この3人は常に信頼しあっているからね。

♪ 新作『マイ・フーリッシュ・ハート』について

NS: それは、あなた達の音楽を聴けば分かることです。では次に、ジャレット/ピーコック/ディジョネットの新作『マイ・フーリッシュ・ハート』について聞きたいと思います。じつは、最近このアルバムのレビューをJAZZ TOKYO誌上に投稿しました

KJ:: 聞いているよ。

NS: キースさんの音楽についてジャズを勉強した身分で、こんなことを言って良いのか分かりませんが、最初に聴いた時、素直に音楽にのめり込めませんでした。スタンダーズ・トリオ結成25周年を記念するために、「然るべき時が現れるまで」6年以上も温存している“特別”(SPECIAL)な音源だと聞いていたわりには…。

KJ:: 君が感じたこと、分かるよ。それが“特別”という表現を使う難しさだね。

NS: 2回、3回と繰り返し聴いてみて、確かに熱気に溢れているし、集中力の高揚や想像力の閃きも感じられると思いました。しかし同時に、いつもより粗さが目立つ演奏だとも感じました。例えば、オープニングを飾る<フォー>冒頭のテーマ表示でのフィンガリング・ミスなど。

KJ:: ミスに気がついたかい?

NS: ええ。でも、気がついたのは2回目に聴きなおした過程です。1回目の印象が思っていたほどでもなかったので、「何故?」と分析しながら聴いていたせいで、気がついたのかもしれませんが。

KJ:: そうだろうな。僕もミスがあるのは承知なんだが、普通に聴いている分には聴こえない。プロデューサー的視点で、こんな感じで聴くとミスに耳が行くけど。(と、言って、キースは斜めを向いて耳を傾けるしぐさをした。)

NS: 確かに演奏にノリがあるせいで、考えながら聴かないとミスは気になりません。ダウンビート誌の批評家、ジェームス・ヘール氏も、僕が指摘するまで、ミスに気がつかなかったと言っていました。ただ、いつものトリオの演奏に比べて、演奏上の粗さは目立つと思います。

KJ:: 確かに。

NS: しかし、さらに繰り返し聴いてみて、キースさんがライナーで書かれたように、何故このアルバムでの演奏が、このトリオの最も“ジャズ的”な演奏だと理解できました。今日のジャズは、クラッシック音楽やポップ音楽でもないのに完全主義に行き過ぎる傾向があると思います。『マイ・フーリッシュ・ハート』には、ミスも含めて、その対極にあるジャズ本来の姿、“自発的熱狂”が色濃く刻印されていると思います。ですからこのアルバムに捉えられた演奏には、ジャズの本質を探究してきたスタンダーズ・トリオ結成25周年記念にふさしい作品であると同時に、キースさんからの、今日の完全主義に走り過ぎな“ジャズ”に対するアンチ・テーゼという意味もあるのではないか、という結論に達しました。

KJ:: 君の見解は、正しいと思う。『マイ・フーリッシュ・ハート』の演奏上の“特別性”として、スイングが指摘できると思う。君はそれを“自発的熱狂”と表現したが、ジャズでいちばん重要な要素は、“スイングする”(SWINGIN’)ということだ。僕はジャズを教えないんだが、“スイングする”ということを他人に教えるということは不可能だと思う。4ビートの取り方を教えることはできる。しかし、スイングは自発的に生まれるもので、練習したってできるものではない。このトリオにしても、色々な条件が整わなければ、演奏にスイングは生まれてこない。スイングは、“体験するもの”だから言葉で教えることは不可能だ。これは、聴衆に対しても言えることで、演奏者がいかにスインギーな演奏をしたところで、それを聴衆が演奏者と共有することができなければ、スイングは失われてしまう。

NS: 確かに、スイングを教える事は不可能だと思います。ソロにしてもそうですが、ジャズが即興芸術である以上、言葉で伝えられる形式以上の“自発性”が常に演奏者・聴衆ともに重要な課題です。自発性に対する心構えを教えることは可能ですが、ジャズにおける自発性が瞬間・一過性のものである以上、自発的に創造されるべきスイングやソロを教える、と言う考えは間違えているし、不可能です。

KJ::  その通りだよ。またスイングは、録音することも非常に難しい。このコンサートとは別の時、トリオの演奏に物凄いスイングが生まれた。ゲイリーに言わせれば、彼がそれまでに体験した最高の、マイルス(デイヴィス)tpとの共演中に体験したスイングを凌ぐものだった。ステージから降り、ゲイリーが「さっきのスイング、録音できているかい?」と、興奮して聞いてきた。プレイバックして見たが、そのスイング感は録音に刻まれてなく、ゲイリーは非常に残念がっていた。『マイ・フーリッシュ・ハート』での演奏は、確かにパーフェクトではなく、このトリオのベストでもない。しかし、“スイングする”ということが、演奏者と聴衆の間で共有され、なおかつそれが録音に刻まれた稀なイベントだと思う。

NS: まったく同感です。

KJ:: 『マイ・フーリッシュ・ハート』での演奏が、“特別”になった一因は、僕らが録音を意識していなかったことにも拠る。僕がライナーに記した諸々の問題は、すでに最初から明らかだった。そんな状況下でトリオが取った姿勢は“その瞬間を生き残ろう”(SURVIVING THE MOMENTS)ということだった。このモントルーでのライブ会場は、本当に音が悪かった。室内にも拘わらず、音が響かないと言おうか。ジャックは、どの様な会場のダイナミクスにも合わせられる稀なドラマーだ。しかし悪い音響のせいで、ジャックは会場のダイナミクスではなく、彼本来のダイナミクスでプレイするしかなかったんだ。結果的にその事実が、ジャックのドラムをある種の“抑制”から解き放ち、たぐい稀なスイングが表出した要因の一つになった。ジャックのプレイに耳を傾ければ分かると思うけれど、白熱した演奏を繰り出しながらも、いつも以上にゲイリーと僕のプレイと完璧に協調しているだろう。

NS: 確かに、このアルバムでのジャックのプレイは、自由に歌いながらもトリオとの一体感を達成していますね。

KJ:: さらに『マイ・フーリッシュ・ハート』での演奏が、このトリオの他の録音と明らかに違う点は、曲の細部より核心(HEART)を常に演奏上の主題に置いていることだ。そのせいで、ミスは多いかもしれないが、曲の本質を掘り下げたプレイができていると思う。これは、トリオの通常レパートリーに無く、よってコード進行が怪しい曲に顕著に出ていると思う。例えば、表題曲の<マイ・フーリッシュ・ハート>だ。僕らがこの曲を演奏したのは、後にも先にも、このコンサートだけだ。僕もこの曲を演ると思っていなかったし、ゲイリーは曲のコード進行に精しくなかった。でも、演奏し出すと色々な可能性が次々と生まれてきた。それは、曲の核心を掘り下げることができたからこそ、可能な事だった。

NS: それは他の曲の演奏でも、聴くことができると思います。ゲイリーは、<浮気はやめた>においても、あなたのコード進行を知らなかったと思います。重要なのは、それにも拘わらず、音楽の核心は失われていません。さらに、結果的にその状況は、曲のハーモニーを自発的に拡大し、新しい可能性を提示していると思います。そういったことから、さっきも言いましたが、『マイ・フーリッシュ・ハート』は、キースさんからの、今日のアカデミズムが行き過ぎた完成された“ジャズ”に対するアンチ・テーゼと言う意味があるのでは、と感じました。「リハーモニゼイションやアレンジとかに凝る前に、ジャズ本来の自発性を見失うな。ミスを恐れるな!」というような。

KJ:: その通りだよ。僕らが、今後やるべきことのひとつに「俺たちも人間なんだ」と表明する必要がある。

NS: “人間宣言”をすると言うことですか?

KJ:: それは、こういう事実に拠る。人は、“アイドル”に対して完璧性を必要以上に見過ぎる。完璧な人間などいるはずが無い。しかし、想像上のものにしろその完璧性に拠って神格化されると、演奏者と聴衆の間にある種のギャップが生じる。そのギャップは、音楽の共有ということにとってマイナスだ。だから、『マイ・フーリッシュ・ハート』でのミスや、耳にしていると思うけれど、ペルージアでの出来事(ウンブリア・ジャズ2007でのキースと聴衆との確執:後述)の功罪は、僕自身の“人間宣言”を助けてくれたということさ。

NS: そうですか。とりあえず、僕の『マイ・フーリッシュ・ハート』に対する見解が的外れではなかったようで、少しホッとしています。

KJ:: (笑い)

NS: このトリオが永遠に続くことを願っていますので、次の質問は多分に仮説的です。もし、ゲイリーかジャックに大事があった場合、トリオの運営はどうなさいますか?若いメンバーを補充しますか?

KJ:: うーん。先ず、長い喪に服すだろうね。(笑い)その後の展開に関するアイディアは、仮説的なものにしろ全然持ち合わせていないよ。本当にどうするかは、その時にならないと分からないし、その時になっても分からないかも知れない。このゲイリーとジャックとのトリオは、本当にユニークな存在だからね。

NS: 確かに、ユニークですね。

KJ:: これは、すごく仮説的な予想だが、たぶんトリオじゃないフォーマットでのコラボレーションを探すと思う。どの様なフォーマットになるか、予想もつかないが。

NS: 僕が、キースさんとゲイリー/ジャックとの次に好きなトリオが、ヨアヒム・キューンp/JFジェニー=クラークb/ダニエル・ユメールdsによるトリオです。

KJ:: ヨアヒムかい?彼と僕は、かつて結構顔見知りだったんだ。70年代には、二人でデュオ演奏もしたしね。

NS:  デュオ?ぜひ聴いてみたいですね。キースさんはジェニー=クラークにアルド・ロマーノdsを加えたトリオでも活動されていたということですよね。僕は、ゲイリーがいちばん好きなベーシストですが、ジェニー=クラークのプレイにも同じくらい感服しています。そしてロマーノは、僕がぜひ一緒に演奏してみたいドラマーのトップです。

KJ:: JFとアルドとのトリオは最高だったよ。

NS: ぜひそのトリオの演奏を聴いてみたいのですが。

KJ:: うーん。残念ながら、僕自身も録音テープを持っていないと思うよ。

NS: それは、本当に残念です。ヨアヒム・キューンのトリオを持ち出した理由は、98年にジェニー=クラークを失ってから、キューン/ユメールとも純正なピアノ・トリオ以外での活動が目立っているからです。彼らも、キースさんの仮説と同じような心境でしょうか?

KJ:: 彼らの気持ち、分かる気がするよ。僕自身もその様な状況下でどの様な決断をするか、やはり想像もつかないな。多分しばらく、バンドを持つことを止めると思うよ。バンド以外でも、色々アイディアがあるし。新たなクラッシック作品の演奏とかね。でも、本当にどうするかは、その時にならないと分からないし、その時になっても分からないかも知れない。要するに、今言える答えは「全然分からない」ということさ。(笑い)

♪ トータル・インプロヴィゼーションについて

NS: 分かりました。次に即興演奏について質問して行きたいと思います。いわゆる“フリー・インプロヴィゼーション”(自由即興)と、キースさんの即興方式の間には、明白な違いがあると思います。フリー・インプロヴィゼーションは、えてして抽象的な“音響探索”(SOUND EXPLORATION)に傾きがちですが、キースさんの即興は、音響探索に加え、音楽の3大要素であるメロディー/ハーモニー/リズムを包括的に、かつ、自発的に統合することに特徴があると思います。また、ジャズ及びクラッシック音楽を土台に、ポップ/ロック、またフォーク/ゴスペルに代表される民族音楽まで、多種多様な音楽からの影響を自分の個性を失わずに演奏に反映させています。ですから、言葉本来の意味で“インスタント・コンポージング”(瞬間作曲)に最も近い即興方式と言えると思います。インスタント・コンポージングと言えば、ミーシャ・メンゲルベルグpが提唱したメソードですが、キースさんの即興に比べ、メンゲルベルグの方式は、より一般的なフリー・インプロヴィゼーションに近いです。キースさんは自分の即興方式を“トータル・インプロヴィゼーション”(全体即興)と命名されましたが、その定義は?また、そのメソード成立の過程は?

KJ:: うーん。まず、トータル・インプロヴィゼーションという言い方は、僕の即興方式を最も端的に表していると思う。それに、“全体”即興と命名する以外、何と呼んで良いか、はっきり言って分からないな。

NS: 確かに。

KJ:: このトピックのために、次のエピソードを話そう。フランスのジャーナリストが『ラディエンス』(ECM:2003年作品)について訊ねてきたことがあった。「音楽に耳を傾ければ、すべての回答は明白だが、インタヴューの都合上質問する。」とまず断った上で、彼女はこう聞いてきた、「聴ける限りの多種多様な音楽を、自己の音楽に統合・反映していますね?」と。この質問は、君への回答にもなり得ると思う。

NS: と、言うと?

KJ::  君が指摘したように、僕の音楽は包括的だ。これは、僕のリスナー及び、演奏者としての経験を、反映していることに他ならない。若い時から、ジャンルという垣根にとどまらず、色々な音楽を聴いてきたし、また演奏してきたからね。そういった包括的経験を統合し構築させるのが、僕の即興の特色の一つだ。しかし最近2作で、新しい境界にチャレンジする意味もあって、意図的に構築を避ける方針を採ってみた。

NS: 包括性と同じくらい構築性も、キースさんの音楽の特色ですからね。

KJ:: リスナー及び演奏者としての包括的経験こそ、僕にあって、多くのミュージシャンに欠けているものだと思う。大抵の、とくに若手のミュージシャンは、一つ、二つのスタイルに専業・精通しているか、数種のスタイルを無難に、しかし格別ではなく、こなすことができる。しかし、彼らに欠けているものは、包括的に音楽を統合する経験及び技術だ。例えば、バロック音楽を演奏する意図がなくても、ヘンリー・パーセルの音楽を鑑賞することは、メロディーの本質を見極める上で、たとえそれが無調に基づく旋律であっても、大変に役立つ。色々な音楽に包括的に接することにことは、音楽創造をより深く理解することに直結すると思う。

NS: キースさんの音楽の特別性として、“歌心”が挙げられます。これは、一般的な調律に基づくメロディーに限らず、前衛・無調的なフレーズにおいても顕著に見受けられと思います。けっして、“機械的”にならないと言おうか…。

KJ::  その“歌心”こそ、音楽創造の重要な一部分だ。

NS:  多くの若手ミュージシャンの演奏は、まさにその“歌心”が、欠けていると思います。個人的な見解ですが、理論・テクニックなどの偏重主義が元凶にあると思います。たしかに理論・テクニックは、ともに音楽創造上重要な“道具”です。しかし理論・テクニックの有無だけでは、モーツァルトの音楽と、コンピューターがプログラムに基づいて組み立てた音楽の質の差を説明するのは、不可能だと思います。

KJ:: まったく、同意するよ。理論・テクニックに準ずるものとして、演奏上の“タッチ”が挙げられる。僕は最近のピアニストのタッチ至上主義に警鐘を鳴らしたい。どうも多くのピアニストは、“弾き方”=“タッチ”だと思っているような節があるが、元来タッチとはクラッシク音楽で定義された表現で、感情を音に投影する過程を表す言葉なんだ。もちろん、ある一定の弾き方によって、ある種の個性を保持することはできる。

NS: 例えば、初期のバド・パウエルpの“悪魔的に”強い“タッチ”のように?

KJ::  そうだ。しかし強いアタックで鍵盤を弾けるだけでは、“タッチ”とは言えない。感情の揺らぎを幅広い音色のレンジで自己の意図するままに操れて、初めて“タッチ”があると言える。だから、ビル・エヴァンスpの弾き方を真似したところで、彼が演奏に投影できた感情の振幅を音色で表現できないようでは、ビルのタッチを習得したことにはならない。感情の振幅を音楽に投影するためには、やはり音楽を包括的に理解する必要がある。もっとも、“タッチ” があると言えるピアニストは、ビルやハンク・ジョーンズpの他、数えるほどしかいないのだが。ピアニストではないが、ゲイリー・バートンやジャック(ディジョネット)も“タッチ” があると言えるだろう。“タッチ”のことを持ち出したのは、それがとくに即興演奏において重要な意味を持つからだ。“タッチ”の有無は、演奏の色彩感に大きく影響する。だから、一定の“弾き方”しかできない多くの前衛ピアニストは、単調色彩の演奏に終始することになる。それは、(作曲された楽曲の色彩感に頼れない)即興演奏に最も顕著に現れていると思う。

♪ CD『ラディエンス』と『カーネギー・ホール・コンサート』について

NS: なるほど。“タッチ”の定義及び重要性が理解できた気がします。次に最近2作のソロ即興作品『ラディエンス』と『カーネギー・ホール・コンサート』について質問したいと思います。ちなみに僕は、『カーネギー・ホール・コンサート』の会場に居合わせました。その2つのコンサートを評すれば、抽象的な美に焦点を当てた『ラディエンス』に対し、抽象から始まりつつも具体的なフレーズを徐々に織り込ませて行った『カーネギー・ホール・コンサート』と表現できると思います。稲岡編集長の友達で『ラディエンス』は素晴らしいと思うが、『カーネギー・ホール・コンサート』(ECM:2006年作品)はそれほどでもない、と言う人がいます。その様な意見について、どう思われますか?即興前のコンセプトの違いが、演奏の色合いの差にある程度影響していると思うのですが?

KJ:: いや。僕は、即興演奏のコンサート前に“具体的な”コンセプトを練ったりはしない。しかし、まず質問があるのだが、そのケニー(稲岡編集長)の友達は日本人かい?

NS: そうだと思います。

KJ:: だとすれば、その友達の意見は納得がいくよ。僕は、即興のために具体的なコンセプトを練ったりはしないのだが、それでも演奏する場所・聴衆・季節などに順じて、精神的なコンディションを整えるんだ。それは演奏開始、数週間~数日前から始めるのだが、演奏中も続く。具体的なコンセプトはとくに用意しないが、「自分がいま何処にいるか」ということは、常に意識に把握させておく。

NS: 「自分がいま何処にいるか」、と理解するということですか…。

KJ:: そうだよ。(笑い)ただ、それを具体的なコンセプトとは意識させない、抽象的な感覚に留めて置く。日本での演奏では、日本“固有の可能性”が即興に生じる。日本での公演以外では、表現不可能な即興表現があるということだよ。また、ヨーロッパの公演では、ヨーロッパ“固有の可能性”が即興に生じる。

NS: その“固有の可能性”とは、文化に由来するものですか?

KJ:: 文化も含む、すべての“地域性”(LOCALITY)に由来するものだよ。『カーネギー・ホール・コンサート』に捉えられた演奏は、僕がカーネギー・ホールでできる最高の即興だ。というのも、精神状態をこのカーネギー・ホールという“固有の地域”における公演に、最良の状態で臨むことに成功したからだ。僕はアメリカ人だが、ニューヨークに音楽演奏に出かけるということは、外国に行くことに等しい。だから公演数週間前から、自分をニューヨークの文化に「茶葉を湯につけてじっくりと開かせるように」ドップリと漬け込んだんだ。ニューヨークの小説家の書いた本を読んだり、ニューヨーカー固有の文化に思いを巡らせたりした。僕は、同じような地域的精神準備を即興演奏に限らず、すべての公演、例えばトリオでの公演前に行う。もちろん、地域・都市に合わせた準備をしたとしても、その公演地の観客が喜ぶという保証はないが。

NS: キースさんが、観客を喜ばせるためにサービスで音楽を演っている、とも思えませんが。

KJ:: そうだ、僕は観客を喜ばせるために音楽をしているのではない。これは、トリオのあるドイツ公演での話だが、そのホールの観客は、過剰なくらい静かだった。皆、硬く強張って緊張していた。ドイツ人の“静かさ”は、日本人のそれとは趣を異にしている。日本人の“静かさ”は、“行儀良さ”から来る、ものだと思う。

NS: そうですかね?(笑い)

KJ:: いや、日本人の“静かさ”から、強迫観念じみたものを感じたことはないな。しかしドイツ人の静けさは、もっとドイツ的と言おうか。ドイツ人は、考えすぎる傾向があるんじゃないかな?(笑い)とにかく、そのホールの観客は、ジャズの演奏を楽しみで待っている様子じゃなかった。“芸術鑑賞”の定刻時間を、義務的に待っている感じだった。「これはまずい」と思い、そのホールの観客に受けるであろう音楽、前衛的な12音階に基づく音楽などを、意図的に避けることにした。ドイツでは、そういう音楽が受けるんだ。それで、思いっきりファンキーな曲で第1セットを通した。結果、そのホールの脅迫的“静かさ”を変え、第2セットでは僕らが本当にしたい音楽を演奏することができた。

NS: 要するに「演奏にシチュエーションを、インタラクティヴに反映させる」、という事ですか?

KJ:: シチュエーションだけでなく、文化、政治、時事、そして地球・宇宙までも演奏にインターアクションさせると言うことだよ。

NS: それは、無意識的に行うものですか?

KJ:: (準備する)“行為”としては意識的だが、(その行為に対する)“答え”は無意識的に現れるものだよ。

NS: 自発性を最優先させるという事ですね。

KJ:: そういうことだよ。この無意識的な“答え”を出す、意識的“行為”という過程は、本当に興味深いものだよ。

♪ 作曲について

NS: キースさんの即興に対する考えに、理解が深まりました。次に、作曲について伺いたいと思います。僕はキースさんの作曲から深いインスピレーションを受けてきました。具体的に言うと、高校生の頃からジャズの名盤と言われるアルバム、マイルス・ディヴィスの『カインド・オブ・ブルー』やジョン・コルトレーンの『至上の愛』等のアルバムを聴いていましたが、今一歩“ジャズ”という音楽にのめり込めないでいました。大学生の頃、友達が「キース・ジャレットを聴け」と推薦してくれた『ケルン・コンサート』をトライしてみましたが、あまりピンときませんでした。しかし次に聴いた、キースさんがヤン・ガルバレクらと創ったアルバム『マイ・ソング』、とくにその中の曲<カントリー>がきっかけとなり、リスナー・演奏者としてジャズを自分なりに本格的に探索し、現在に至っています。素晴らしい作曲が、即興芸術としてのジャズを理解する橋渡しをしてくれた、という事です。

KJ:: 納得の行く話だね。

NS: と言うわけで、僕はキースさんの楽曲の大ファンです。それですので、どうして作曲を最近されていないのか、知りたいのですが?

KJ:: うーん。その質問は、J.D. サリンジャーに「どうして小説を書くのを止めたのか?」と聞くようなものだよ。(笑い)僕は(ピーク時にもかかわらず)止めることができるアーティストを非常に尊敬しているんだ。何故かというと、それは物凄く実行に移すのが、難しいことだからだよ。作曲をしなくなった具体的な理由は、これと言ってない。しかし、それは有機的(ORGANIC)に起った過程だよ。あえて言えば、クラッシックの演奏を本格的に始めたことが、間接的な原因かな。1980年代初頭の頃の話だ。作曲する行為と、他人の曲を演奏者として演奏する行為を、上手く両立させられないんだ。さらに言えば、作曲、クラッシックの演奏、ピアノ・ソロでの即興演奏、トリオでの演奏、すべて個別に対峙する必要があるんだ。時間的な区切りがある程度ないとだめだから、トリオとソロのコンサートなどを同時期に行うことは、非常に難しい。またこれは、演奏楽器にもある程度当てはまる。例えばハープシコードを使って録音する準備のために、ピアノを長い間弾かなかった。そのレコーディングの、何ヶ月も前からね。

NS: ひとつの“モード”に集中する必要があるということですか?

KJ:: そういうことさ。だからモーツァルトの楽曲に挑戦していた時は、彼の楽曲以外長い間弾かなかった。

NS: そうなんですか。僕がキースさんの音楽にのめり込むようになったのは、90年代も後半に入ってからです。しかし『マイ・ソング』で開眼した後は、かなり短期間でキースさん関連の作品ほぼすべてに耳を通しました。そういったわけで、キースさんの作品群における時間的分割性に気づきませんでした。

KJ:: リスナーとして(多種類の音楽を鑑賞すること)は、問題ない。しかし、もし僕が音楽を教えていて、生徒が「タイプの異なる音楽を同時期に演奏したい」と言い出したら、「そんな事をすれば、クレイジーになるからするな!」と言い聞かせるだろうね。もし日々の生活を犠牲にするほどに自分を、数種類の音楽形態に没頭させることができれば、それは可能になるかもしれない。しかし、可能になったからといって、数種類の音楽形態を最良の状態で創造できるとも、思わない。違うタイプの音楽には、異なるテクニックが必要だし、また異なる精神状態も必要だ。

NS: キースさんのスケジュールを追っていると、トリオとソロを同時期に公演する事もあるようですが?

KJ:: 時々はね。ある年のスケジュールを決める時、大抵トリオ公演をソロ公演の前に持ってくる。しかし、それは年によっても変わってくる。ひとつ分かっていることは、ソロ公演をトリオによるツアー日程の間に持ってくることはできない。だから、ソロは、トリオ公演を始める前か、終わった後に公演するようにしている。最近パリでのソロ公演のあとに、トリオのヨーロッパ・ツアーを行ったんだが、凄く大変だった。だからできるだけソロ公演とトリオ公演の間に、時間的なゆとりが必要なんだ。

NS: 作曲活動に本格的に戻る “予定”は、ありますか?

KJ:: うーん、分からないな。僕が作曲を本格的に行っていた70年代に比べて、現在の世界はかなりの変貌を遂げてしまった。今の世の中は、政府より企業によって統治されている。企業のための利益を効率よく稼げる数種の音楽・音楽家が優遇され、それ以外は片隅に追いやられている。ヴィジュアル・メディアが幅をきかせる世の中だ。そのような時勢に新たな楽曲を作曲・提供することは、“罰”(PUNISHMENT)を与えるに等しい気がするんだ。

NS: “罰”ですか?僕にとって、キースさんの新曲が“罰”になるなんて考えられませんが。(笑い)

KJ:: だけど、作曲する気が全然起きないんだよ。作曲をする気が自然に起きなければ、僕は作曲できないし、したくないんだ。

NS: それは、個人的に残念です。

KJ:: アルヴォ・ペルトを知っているね?

NS: ええ。

KJ:: アルヴォに最初に会ったのは、彼がロシアからドイツに移住したての頃だ。ECMが彼の作品を発表しだした頃だよ。マンフレッド(アイヒャー)がアルヴォに紹介したいと言うので、彼と会うことになった。僕は、アルヴォがどのような曲を創るのかすら知らなかった。彼に会って、「あなたは、作曲家なのですね?」と馬鹿な質問をしてしまったんだ。

NS: それの何が、馬鹿な質問なのですか?

KJ:: 彼は「私はここ1年間以上作曲をしていないので、作曲家ではない」と答えた。僕はアルヴォを見習ってこう言いたい、「私はもう長い間作曲をしていないので、作曲家ではない」と。でも、この状況は遅かれ早かれ変わるかもしれないが…。

NS: でもキースさんの場合、ソロでの即興演奏も“作曲”と言えると思いますが?即興と作曲の間に大きな違いがあることは、承知ですが。

KJ:: この件について、ひとつ言い忘れた重要なことがある。慢性疲労症候群からの回復期に、自分自身に誓ったことがあるんだ。ローズ・アンのために『メロディー・アット・ナイト・ウイズ・ユー』を録音している頃の話だ。病気が酷かった時には、もう音楽家として活動できる可能性は無いかも知れない、と考えたこともあった。でも、少しずつ体力が回復してピアノに向かう意欲がまた湧いてきた時、こう悟ったんだ。「僕は第一に、インプロヴァイザーだ!」と。だから「インプロヴィゼーションを最優先して、これからの人生を過ごそう」と誓ったんだ。年を取りすぎて演奏できなくなるまでね(TOO OLD TO PLAY)。

NS: そうだったのですか!

KJ:: 音楽家としてのキャリアが終わるかも知れないと感じていた時、自分の昔の演奏を聞き返し「これはひどい!」とショックを受けたんだ。

NS: ショックを受けた?

KJ:: 全然気に入らなかったんだ!(笑い)自己満足に陥った演奏だし、必要以上に音数が多い。もし今『ケルン・コンサート』を再演できるとすれば、全体の1/3を切り捨てるね。必要の無い音楽だからね。

NS: でもその“切り捨てられるべき”パートが好きだ、という人も大勢いるでしょうね。(笑い)

KJ:: それはそうだが。とにかく…作曲をすることはまたできることだ。しかし、“自分が最大に貢献できること”や“自分にしか出来ないこと”を考えた時、それは「インプロヴィゼーションをおいて他にない!」と気づいたんだ。

NS: キースさんの“天才性”は、インプロヴィゼーションにおいて最も端的に現れますからね。

KJ:: また作曲家としての自分を考えた時、ちょっと不満なことがあるんだ。たとえば、何年か前にチャーリー(ヘイデン)が、マイケル・ブレッカー等と創ったバラード・アルバムを知っているかい?

NS: 『アメリカン・ドリームス』(VERVE: 年作品)2002ですね。

KJ::  大変美しいアルバムなんだが…チャーリーはそのアルバムで、僕の曲<ノー・ロンリー・ナイツ>と<プリズム>を演っている。

NS: 僕は、その2曲ともに大変に好きなのですが、『アメリカン・ドリームス』での演奏にがっかりした覚えがあります。

KJ:: 僕もその通りで、気に入らなかった。これは何も、チャーリー達の演奏に限ったことでは無い。たまに良い演奏があることはあるのだが、他のミュージシャンの演ずる自分の曲に満足したことは、ほとんど無いんだ。作曲者のわがままかもしれないが、「その解釈は違う!」と言いたくなってしまう。

NS: たしかに僕も、キースさんの曲のカバーを色々興味深く聴いてきましたが、オリジナルを超える演奏にまだ会ったことは、ありませんね。

KJ:: そうなんだ。言い方を変えれば、ビートルズの曲のカバーを聴くようなものだ。(笑い)

NS: そうですね、ビートルズのオリジナル演奏を凌ぐカバーも、聴いたことがありませんね。たしかに作曲者自身の演奏が、その楽曲の“意図”にもっとも忠実ですからね。オリジナル演奏のレベルが高ければ高いほど、オリジナルを超えるのは、大変難しいという事でしょうかね?

KJ:: そういうことかな。(笑い)

NS: すみません、ちょっと録音のチェックをしてよろしいですか?

KJ:: もちろん。少し休憩をとろう。
 
初出:Jazz Tokyo #   (2008年)/再掲載:JazzTokyo # 200 (2014年7月27日)

須藤伸義

須藤伸義

須藤伸義 Nobuyoshi Suto ピアニスト/心理学博士。群馬県前橋市出身。ピアニストとして、Soul Note(イタリア)/ICTUS (イタリア)/Konnex(ドイツ)の各レーベルより、リーダー作品を発表。ペーリー・ロビンソンcl、アンドレア・チェンタッツォcomp/per、アレックス・クラインdrs、バダル・ロイtabla他と共演。学者としての専門は、脳神経学。現在スクリプス研究所(米サンディエゴ)助教授で、研究室を主宰。薬物中毒を主とするトピックで、研究活動を行なっている。

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