連載第39回 ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
フリン・ヴァン・ヘメンへのインタビュー

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Text by シスコ・ブラッドリー(Cisco Bradley)
Translated by 齊藤聡(Akira Saito)
Photo by Joe Branciforte

パーカッショニストのフリン・ヴァン・ヘメン Flin van Hemmenは、ニューヨークに2007年に来て以来たくさんのことに関わってきた。リーダー作としては、2016年に『Drums of Days』、そしてこの9月に『Casting Spells & the Coves』をNeither/Nor Recordsからリリースしている。彼はフリー・インプロヴィゼーションのカルテットWhile We Still Have Bodiesの中心メンバーでもあり、また、フランツ・ロリオ Frantz Loriot、パトリック・ブレイナー Patrick Breiner、ナタリオ・スード Natalio Sued、ハーマン・フラーニェ Harmen Fraanjeらのグループのサイドマンとしても参加している。今回、彼の新作についてインタビューする機会を得た。

シスコ・ブラッドリー(以下CB): リーダー作として2枚目ですね。最初の作品『Drums of Days』は画期的でしたが、今回はさらに野心的なプロジェクトのようです。1作目以降、この2作目まで何があったのでしょうか。進化形でしょうか、それともまったく異なるプロジェクトなのでしょうか。

フリン・ヴァン・ヘメン(以下FvH): 両方です!最初の作曲とレコーディングが進化のもとになりました。その形があったからこそ『Casting Spells』ができたのです。そのようにして橋を架け、確信を得ていくことは、個人的なことや特異さや独特さを形作るために絶対に必要です。これは実践、経験、作品作りからのみ可能です。進化について言えば―、すべての経験を突っ込もうとするようなものでした。単に、『Drums of Days』においてちょっと獲得したテイストを洗練させるということではないのです。『Casting Spells』は、音楽についての愛情をすべて、それと、スタイルを限定せず、誰もが簡単には定義できないと思える何かをもっともっと詰め込んだものです。「新しい」ものという定義は、既存の用語の定義では足りません。メトロポリタン美術館で印象派の作品を観たときにも同じように感じました。そりゃ同じところにいますけれど、人間は、全面的に、いつだって個人的なものなのです!

CB: 『Casting Spells & the Coves』では、どのような新しいアイデアを探ったのでしょうか?

FvH: 自分に突き刺さる要素を切りだして―インプロヴィゼーションのワンフレーズだとか―、それを何度も何度も繰り返したら何が起きるか? ピアノ、ギター、ベースの倍音がもっとも奇妙なやり方でぶつかりあって、コードが崩れていって、そこを顕微鏡的に覗いたら何が起きるか、それは何なのか? そういうことが好きなので、たぶんどうにかして拡張できるし、その要素から何かを作りあげることもできる。録音した素材を自由に使って、以前には視えなかった形のブロックを建造するようにして。

私は問い続けています。これはOKなんだろうか、私は何か許可を得たのだろうか、と。もちろんOKなんです!あなたはアートを創っているんじゃないのかい?ってこと。これまで眠っていて細い隙間に隠れていたヴィジョンに従う大胆さ、そういった経験が必要なんだということです。無関係/関係。関係性で私はもっとも興奮させられますし、さらなる探索点を見出しもするのです。音楽の関係性であって、アジェンダみたいなものだとか、起きることが予めわかっている概念だとかの関係性ではありません。

CB: あなたの音楽におけるフィールドレコーディングの役割についてお話いただけますか?

FvH: フィールドレコーディングの本質的なところには魅惑されます。一見普通の瞬間から見出すものは多いですし、そこにたくさんの音楽があります。何が音楽で何がそうでないかを教えてくれもします…。自然と異なるわけでもありません。物事がただそこにあり…、何も証明する必要がなく…。人間とはとても違うもの。

このアルバムでの役割について言えば、フィールドレコーディングは私の日常生活を音響的に代表するものでもあるし、「作曲された」題材において謎な感覚を創り出すものでもあります。Lo-Fiから刺激物までの振れ幅が大きいからです。奇妙な効果が隠れていないか、つかまえられないか、いつも気にしています。いまもそういうことをやっています。この先、やめられればいいですけれど。特異性を付け加えるものだと信じていて、それが好きなのです。どういうわけでアルバムに入ることになったかなんていう、レコーディングの裏話も好きです。友達、家族、状況、そんなものがあれこれ詰まっています。

CB: 『Casting Spells & the Coves』に至るきっかけを教えていただけますか?

FvH: ミュージック・コンクレート musique concrète のこと、特にピエール・アンリ Pierre Henryが構築したサウンドのことを知り、没入しました。シーンがすべてアイデアで炸裂しており、そこに自由という言葉を当てようかな、と。とても勇気づけられます。確かに、これらの貴重な曲は原材料として使うことができるものです。また、音楽的青写真の大きな一部分として、ポピュラー音楽に戻ることも考えました。トーマス・ドルビー Thomas Dolby、トム・ヨーク Thom Yorke、ジェイムス・ブレイク James Blake、J・ディラ J Dilla、クリス・ワイズマン Chris Weisman、ブルー・ナイル The Blue Nile。みんな貪欲な実験者、音の彫刻家です。これらのサウンドについて言えば、真実を掘り下げ、作品を作り、いくぶんかは自己強迫的ですが、それは良い理由なのだと思いたいです。著述家や画家がたぶんそうであるように。

CB: 本盤は、あなたにとってはNeither/Nor Recordsからの3枚目のリリースですね。いまどきの考え方からみれば、単独のレーベルとの関係としては長いです。このレーベルとの間に何があって、こだわっているのでしょうか?

FvH: カルロ・コスタ Carlo Costaは良い友人です。音楽全体のことを考え、プロセスの最終段階まで真直ぐに進むことを念頭に置いてくれていて、だから長い関係に感謝しています。アートワークからプレゼンテーションまで、本当のコラボレーションをしてきています。

CB: ニューヨークに来たのはいつですか?

FvH: 2007年12月。アムステルダム音楽院を卒業してから数か月後のことです。オランダには、Bimhuisなんかの場において、長いインプロヴァイズド・ミュージックのシーンがあります。じゃあ何でニューヨークに移って、ここの音楽シーンに深く入り込もうと思ったかって? 決断をくだしてからもうずいぶん経ってしまって、答えることが難しいですね。ここのミュージシャンに親しみを感じ、何か違うものだとか、自分が触ることもできないものだとかを持ちこんでくるものだから、興味を惹かれた友人が何人かできたことは確かです。自分の将来は自分自身で決めていきたかったし、若かったからそれまでの生活を棄てることもできたのです。振り返ってみると不可解ですけれど。新しい環境に移ってみたら、自分が音楽的に何者なのかについて先入観があったことも、自分がある程度ゆるい砂地の上に座っていることもわかりました。そういったことが潜在意識的に働いたのでしょう。確かにずっと疑念を持っていて、そんな中で『Casting Spells』を完成させてリリースしたことは、私にとって大きなことでしたよ。

ときどき、物事が円環になるように思えます。それらはよじれたり、向きを変えたり。アートがたくさんの異なる場やフレーズを指し示し、同時にそれが穏やかで、より良くて、自然に聴こえるようなときが好きです。シンプルであることにいちばんの努力を注ぎます。質問から話がそれてしまったけれど、これが私の気持ちです。

CB: ありがとう!

(文中敬称略)

【翻訳】齊藤聡(Akira Saito)

環境・エネルギー問題と海外事業のコンサルタント。著書に『新しい排出権』など。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley

ブルックリンのプラット・インスティテュートで教鞭(文化史)をとる傍ら、2013年にウェブサイト「Jazz Right Now」を立ち上げた。同サイトには、現在までに30以上のアーティストのバイオグラフィー、ディスコグラフィー、200以上のバンドのプロフィール、500以上のライヴのデータベースを備える。ブルックリン・シーンの興隆についての書籍を執筆中。http://jazzrightnow.com/

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