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InterviewsNo. 269

Interview #209 ピアニスト/キーボーディスト 矢吹 卓

矢吹卓(やぶき・たく)ピアニスト・キーボーディスト・作編曲家
1975年9月20日、埼玉県和光市出身。5歳からクラシック・ピアノを学び、東京学芸大学国際教育学部英米研究科を卒業したのち、桐朋芸術短期大学ピアノ科にてクラシックを、さらにバークリー音大でジャズを学ぶ。在学中より音楽活動を始め、その範囲はJ-popからプログレ、ジャズまで、メディアもCDからアニメ、映画の劇伴までと幅広い。最新CDは、『Modern World Symphony No.3』。他に、MWSの『No.1』(2007)、『No.2』(2015)、『Primary Colors』(2018)、『Activation』(2018)、『Songs for Slow Life』(2018)、『高円寺百景/DHORIMVISKHA』(2018) など。

Part 1
ジャンル分けが難しい楽曲達を自由に盛り込んで、シンフォニックなアルバムとして表現

JT:新作のタイトルは『Modern World Symphony No.3』となっていますが、:2007年の『Modern World Symphony No.1』、2015年の『Modern World Symphony No.2』からの流れについて説明願います。

矢吹:自分の作品の中で、ジャンル分けが難しい楽曲達を自由に盛り込んで、シンフォニックなアルバムとして表現したい、という気持ちから、このようなタイトルにしています。

JT:Modern World Symphonyを通じて矢吹さんが表現したい内容は何でしょう。

矢吹:Modern World Symphonyでは、ジャズであったり、プログレッシブロック、フュージョンといったジャンルの枠には囚われない形で自分の音楽を表現したいと思っています。

JT:大勢のミュージシャンが参加していますが、ミュージシャンの選定にあたっての最大のポイントを教えてください。

矢吹:それぞれの曲にマッチするミュージシャンで、自分のコネクションでお願いできる人を選んでいます。

JT:各楽曲に最適の奏者を当てるにあたって最大のポイントはどこにありますか。

矢吹:最初に曲を作った時点で、この人に弾いてもらったら、というイメージを持って作っていることも多いです。

JT:制作プロセスについて説明願います。

矢吹:ドラム、ベース、ピアノや他の楽器も、ある程度自分で打ち込んでデモ音源を作り、そこからドラムから順番に生の演奏と差し替えていくやり方が多いです。

JT:収録に当たって各ミュージシャンに求めるポイントはどこにありますか?

矢吹:自分がデモを作った時のイメージを再現してくれることももちろん有難いですが、全く自分にはなかったアイデアを各ミュージシャンが入れてくれて、デモ音源をはるかに超える演奏をしてくれた時が、一番嬉しいです。

JT:制作日数はどれくらいかかりましたか?

矢吹:世界各国のミュージシャンにツアー等のスケジュールの合間を縫ってレコーディングしてもらっているため、人によっては何か月も待つこともあるので、アルバムが完成するまでにはトータルで1年位かかりました。

JT:いちばん難しかった点、苦労した点はどこでしょう?

矢吹:お願いしたドラマーやフルーティストにデモ音源を聴いてもらったら、自分には曲が難しくて上手く叩けない、吹けない、と言われた曲もあり、急遽別のドラマーやフルート奏者を探さなければならなくなった時は、スケジューリングに少し苦労しました。

JT:いちばん楽しんだ点、嬉しかった点はどこでしょう?

矢吹:昨年5月に、「高円寺百景」のヨーロッパ・ツアーの前に、ヨーロッパに行ったついでに、イタリアの友人に頼んでドラムのレコーディングをしてもらった時の、イタリアでの数日は、楽しかったですし、ここからニューアルバム制作がスタートしたんだ、というワクワク感もあって、嬉しかったです。

JT:この作品の制作にあたってどのようなパソコンをどのような過程で活用されましたか?

矢吹:ミュージシャンの方々に曲のイメージを伝えるためのデモ作りはパソコンで作ります。データを送って各ミュージシャンに録音をお願いするやり取りも、ほぼパソコンメールです。

JT:別掲の金野吉晃さんのCD評をどう感じましたか? 彼は、「非の打ち所がない。その光輝が私を避けさせる」と評文を締めていますが、私も似たような感想を持ちました。一部「年寄り」に共通な印象かも知れません。

矢吹:自分の音楽をどう聴いていただくのも、自由ですし、好みに合わないものを聴いて頂く必要は全くないです。僕の音楽を楽しみにして下さる方々が世界中におられるのは事実で、今回の作品は、今まで以上に多くの新たな音楽ファンの方々が反応してくれて、そこから過去の作品に興味を持って下さっている方も多いです。参加して下さったミュージシャンの方々も、自分の音楽を気に入ってくれて、ノーギャラで喜んで録音して下さった方々も多くおられます。僕はそのような、自分の曲を喜んで聴いて下さる、演奏して下さる方々のために音楽を作っています。

JT:金野さんによる矢吹さんのピアノの奏法についての表現  “もはや(いや既に?)指が「デジタル」なのだ。” は、非常に的確で最高の賛辞と思いましたが、矢吹さんはどのように感じられましたか。

矢吹:“デジタル” を賛辞と受け取るのは非常に無理があるとは思いますが、前の質問でも答えましたように、どう聴いて頂くかは、自由かと思います。昨今のテクニカルな音楽に対しての、年配の方々の非常によくあるご意見なので、とくに驚きも何もありませんでした。予算が限られたなかでの録音であり、大きなスタジオでミュージシャンを招いてバンドとしてレコーディングすることで生まれるダイナミクスや、表現の凸凹が少ないという面は、自分自身としては今後改善していくべきだと感じていますし、よりダイナミクスや深みのある演奏ができるような経験や努力を積み重ねていきたいと思います。

Part2

配信とお客さんを入れてのコンサートを、上手くバランスを取って行っていく必要がある

JT:バークリーから帰国されたのは何年ですか? すぐにジャズクラブやライブハウスで活動を開始されたようですが、どんなバンドでしたか?

矢吹:1999年です。帰国当初は、バークリーで同期だった、スムースジャズ系 Saxプレイヤーのかわ島崇文君のライブのサポートをしていました。あとは、ギタリストの ISAO君という友人と、六本木のピットインには何度も出演させて頂きました。その後、グルーブラインというバンドにもサポートとして参加しました。

JT:同時にJ-pop系のアーティストとも活動を共にされました。主な活動歴を説明願えますか?

矢吹:平方元君というシンガーソングライターのオリジナルを演奏するJ-popバンドや、ファンク系のポップスバンドも何組かサポートで弾かせてもらっていました。バンドとしてデビューする等の進展はなかったですが、定期的にライブハウスに出演して、レコーディングをしてCDも出していました。

JT:2007年に吉田達也の「高円寺百景」に参加されましたが、どのようなきっかけでしたか。2007年、2008年にはアメリカ、カナダ・ツアーに出られましたが、特筆されるステージはありましたか?

矢吹:「高円寺百景」がカナダのフェスティバルの出演が決まった後に、キーボーディストが脱退してしまったようで、急遽探しているという話を伺いました。僕はその時は直接の面識はなかったのですが、ギターの鬼怒無月さんを間接的に通しての紹介だったと記憶しています。

JT:2009年の「高円寺百景」でのヨーロッパ・ツアーの反響はどうでしたか?

矢吹:「高円寺百景」のようなプログレのバンドに参加するのは自分自身初めてでしたが、物凄く反響が大きく、演奏している自分自身が一番驚いていたかもしれません

高円寺百景@中国・深圳市 2019年5月18日

JT:映画や劇伴、アニメなどの主な仕事にはどんなものがありましたか。

矢吹:映画は、神山健治監督のアニメ「ひるね姫」とか、綾瀬はるかさん主演の実写版「ひみつのアッコちゃん」等のサウンドトラックでもピアノを弾かせて頂いています。人気テレビアニメ「イナズマイレブン」等、劇伴も含め、さまざまなレコーディングに参加させて頂いてきました。

JT:プロデュースや作・編曲など他のアーティストのレコーディングへの主な参加についてはいかがですか?

矢吹:プレイステーションのレーシングゲームのグランツーリスモ 5&6に、計5曲の作編曲と録音をさせて頂いています。ゲーム音楽系で人気のシンガー Joelle が 2016年に出したアルバムは一枚、全曲アレンジと録音を担当しました。

JT:2018年にはCD『Primary Colors』、『Activation』さらに、TRINUSというグループで『Songs for Slow Life』の3作がリリースされていますが、それぞれ内容について簡単に説明願います。

矢吹:『Primary Colors』は僕のソロ名義のアルバムで、何度も共演させて頂いているロサンゼルスのギタリストAllen Hindsを中心に、信頼するアメリカ人のリズム隊と、初めて紹介してもらった巨匠Frank Gambaleにも一曲ギターを弾いて頂きました。

『Activation』は日本の若手実力派メンバーを揃えた僕のユニットのアルバムで、ロック色も強いサウンドで作りました。「TRINUS」は、バイオリンとパーカッションとの3人のアコースティック・ユニットで、『Activation』に収録されているのと同じ曲も演奏していますが、全く違うアレンジ、サウンドに仕上がっています。

JT:影響を受けたアーティストやアルバム、好きなアーティストやアルバムがありましたら教えてください。

矢吹:ラテンジャズ・ピアニスト、コンポーザーのミッシェル・カミロはずっと好きですし、学生時代は曲をコピーして練習したり、バークリーの試験で弾いたりもしました。

中でも、『ランデブー』というアルバムが僕は一番好きです。

JT:コロナ禍で演奏活動やホール、クラブの営業自粛が求められていますが。今後、音楽の「新しい日常」はどのような展開になるとお考えですか?また、どのような展開になることを希望されていますか?

矢吹:現段階では配信ライブが中心で、コンサートホール等では、キャパシティーの50パーセントまでしかお客様を入れられない状態ですが、その状態だと赤字になってしまう、という理由でツアーを組めないアーティストも多いかと思います。ただ、配信もさまざまなアイデアを駆使して、多くの人達がやってはいるものの、今までの状態と比べると、どうしても収益が少なくなってしまっている、という声も聞きます。元通りの状態でコンサートやフェスティバルが開催できるようになるまでの期間は、配信とお客さんを入れてのコンサートを、上手くバランスを取って行っていく必要があるのでは、と思います。

Part 3

東京学芸大を卒業後、桐朋短大でクラシックをバークリー音大でジャズを学ぶ

JT:音楽一家の生まれですか?

矢吹:いえ、父が趣味でピアノやガットギターを弾いていましたが、音楽一家ではありません。

JT:最初に手にした楽器はいつ頃、どの楽器でしたか?

矢吹:5歳の頃に、家にあったアップライト・ピアノです。

JT:最初に興味を持った音楽はいつ頃、どんな音楽でしたか?

矢吹:中一の頃、友人に勧められたTM Networkです。

JT:音楽の専門学校ではなく東京学芸大学へ進学されたのですね。学芸大での専攻は何でしたか?

矢吹:東京学芸大学は、高校卒業後に4年間通い、卒業しました。国際教育学部欧米研究科で、英語と、ドイツやフランスの文学も学びました。

JT:学芸大在学中にバンド活動を始められたようですが、具体的には?

矢吹:音楽友の会という音楽サークルで、さまざまなジャンルのコピーバンドをやりました。ジャズやフュージョンはやる人がいなかったので、全く知りませんでしたが、シェリル・クロウのような洋楽から、TM Network、あとはEUROPE、Angraといったハードロック、ヘヴィーメタル系の音楽など、幅広いジャンルを演奏していました。

JT:2005年から2年間、桐朋芸術短期大学ピアノ科で学ばれていますね。音楽の専門学校に進もうと思ったのはどのような理由でしたか?

矢吹:はい。すでに音楽の仕事を始めていましたが、子供の頃に習っていたクラシックをもう少し本格的に習いたいと思い、社会人枠で受験して入学しました。

JT:その後、ボストンのバークリー音大へ留学されましたが、どのようなきっかけで何を専攻されましたか?

矢吹:学芸大学の学園祭で、軽音楽部のジャズ、ファンク等の演奏を聴いて、自分もやってみたいと思ったのがきっかけです。とくに、ゲストで演奏されていた、ベースの須藤満さんのライブをカッコ良いなぁ…と思い、何だこの音楽は?と思って色々と調べて、バークリーでジャズピアノ科で学ぶことを決めました。

JT:ジャズを学ばれたのはバークリーが最初ですか?

矢吹:元ソー・バッド・レビューのキーボーディスト国府輝幸さんの個人レッスンの広告を雑誌で見つけ、コード理論の初歩的なことなどを学びましたが、ジャズを正式に習ったのはバークリーが最初です。

JT:バークリーの同期でその後ミュージシャンになった学生はいますか?また、バンド活動はされましたか?

矢吹:日本人がとても多かったので、その後日本で活躍している人達も沢山います。グルーブラインというバークリー出身でビクターからデビューしたバンドは、同期のメンバーもいて、僕もサポートで弾いていた時期があります。バークリー在籍時は、僕はまだまだジャズの勉強を始めた段階だったので、バンド活動はしませんでしたが、アンサンブルのクラスや、学内コンサートのために、何組かのユニットでは演奏しました。




CDレヴュー(金野 Onnyk 吉晃)
https://jazztokyo.org/reviews/cd-dvd-review/post-55437/
録音レヴュー(及川公生)
https://jazztokyo.org/reviews/kimio-oikawa-reviews/post-54706/

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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