Interview #215(アーカイヴ)チック・コリア

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Interviewed by Seiichi Sugita 杉田誠一 @Room #1064, Hotel New Otani, Tokyo, January 19, 1973 (協力:ISA 斎藤延之助 &ユニバーサル・オリエント・プロモーション)
*このインタヴューは 「JAZZ誌」#17(spring, 1973) に掲載されたものをインタヴュアの要望により本誌に再録しました。

Chick Corea(一九四一~)へのインタビューは、当初、チックのみでなく、グループ<リターン・トゥ・フォーエヴァー>全員が一同に会して行なわれる予定であった。ところが、その前日になって、チックだけは別にやってほしい、との申し入れがあり、チックだけは他のメンバーと別に行なうことになった。理由をチックは二つあげた。一つに、インタビューの内容をより深化させたいから。もう一つは、サイドの仲間は、リーダーである私がいない方が質問に対してより応えやすいだろうから。

今まで語られてきたようなことは、極力質問から避けた。あたかも前もって、本誌のために用意されていたかと思われるほど、よどみなくチックは、話してくれた。なお、フローラ・プリムは、途中で単身帰国(裁判問題で)したため、座談会には参加していない。(杉田)

芸術形式の根本的な意図は美の追求、表現にあると思います

——これが(本誌第十六号を見せて)私たちの『ジャズ』誌です。

チック いやあ、この表紙(昨夏来日したときのチック)には、もう数え切れないほど、サインをしましたよ(笑)。

——日本民謡の本(英文)をお持ちですが、かなりの興味を示されているわけですか。

チック ええ、口本のこういった民謡だけじゃなくて、日本の文化全体に、特に伝統文化の中に、非常に関心を持っています。

——具体的にあげた場合、特にどういうものにですか。

チック それはやはり音楽でしょう。いろいろな形で、特に日本の伝統晋楽に非常に関心がありますね。けれどそれとは別に、生活に密着した、しかもそれが、宗教に根ざしたいろいろな芸術形態、たとえば茶道だとか、華道なんかに特に関心があります。

——今やってらっしゃる音楽と、共通点があるとすれば、どういうところに接点があるのですか。

チック その接点というのは、たとえば音楽だけではないのですけれど、そこにある根本的な意図というのは、美しいもの、美しいものを表現していく、ということがあると思います。華道でもそうですし、そういった芸術、芸術形態というものの根本的な意図というのは、やはり美の追求、表現にあると思います。私も自分の音楽の中に、常に美の追求を意図していますし、そういう点で共通すると思います。

——日本で演奏されていますが、聴衆の反応はどうでしょう。

チック はい、同回か演奏してきましたけれど、非常に多くの人が聞きに来てくれましたし、その人たちは、大変熱心に聞いてくれました。私の音楽に対する反応も、大変熱狂的に示してくれました。しかも、その熱狂的にというのも、危険を感じさせるような荒々しさではなく、大変秩序正しく、きちっと常識をわきまえた中で、とても熱狂的に応えてくれました。たとえば.コンサートの後に、大変多くの人が、サインを求めにきたのですが、そこでは、人が剥れないようにとの配慮がいつもありました。

——今、危険ということが出ましたが、過去において、そういう危険にあったり、危険を感じたコンサートがあったわけですね。

チック ええ、そういう危険を感じた経験はたびたびありました。たとえば、あの例のワイト島で、ほかのロックグループと一緒に、私はマイルス・デイピスのグループで演奏していたのです。非常に大勢の人が集まって、あちこちで小ぜり合いが起きたり、バンドスタンドのほうまで来てアーティストの手をつかもうとしたりで、回りには、警官がたくさんいて、その雰囲気に刺激されたということもあって、非常に危険を感じました。それから、あの時、我々の音楽を喜ばない人達が何人かいまして、その人達は主に音楽家なんですが、その人達が我々の演奏を否定するような雰囲気をもたらしたんです。そうしたら、いつの間には聴衆全休に、そういう否定的な雰囲気がみなぎってしまって...。これは肉体的な危険という意味ではないんですが、雰囲気が、非常に危険な雰囲気になってしまった。こういった経験は、小さなクラブなんかにおいても、よくあるんです。

 

<サークル>は実験的な音楽をやるためのグループだったのです

——質問の内容としては、失礼になるかと思いますが、お許しをいただいて、日本では<サークル>までのチックさんは非常に高く評価されている、いわゆる、うるさいといってはおかしいですが、一応深くジャズを聴いている人達の間では、過大評価じゃないかと思われるほど評価されていた。ところが、その後<リターン・トゥ・フォーエヴァー>が出て、急激に一般的な人気が上昇したわけです。<サークル>を評価してきた人からみると、当然ながらこれは、コマーシャルではないか、ということになります。よっぽど<サークル>では食えなかったに違いない、その反動として<リターン・トゥ・フォーエヴァー>が誕生したのではないかと考えられています。そこらへんのところをチックさん自身に、ぜひおうかがいしたいのですが。私は<リターン・トゥ・フォーエヴァー>をしょせんはヒット・パレードだとか、コマーシャルヘの転向だとか、といい切ってしまうことの危険性を感じています。

チック 私がマイルス・デイビスと一緒にやっていた頃、それから<サークル>を組んでいた頃、我々は非常に実験的な音楽をやっていたわけです。そして、そこではジャズ・ピアニストとして、私も一般に認識されていました。ですから一般のジャズ・フプンは、私が<サークル>を解散した後、そういうグループ、いわゆる実験的な音楽をやるグループに加わるようなイメージを抱いていたと思うのです。一般的にいって、少なくとも最近のジャズ・アーティストというのは、非常に視野が狭く、観念が固定していて、思考が内面に向きやすい傾向がある。ところが昔だったら、ルイ・アームストロングをはじめとして、彼らの音楽およびその演奏が人々の心をとらえたし、人々と意志を疎通することが、十分できたと思うのです。そうしたことが、マイルス・ヂイビス、<サークル>と経験して感じ、やはり、どうもこの生き方はよくない、自分の考えはもっとほかのところにあるのじやないか、そう考えるようになってきました。今でも、そこでもって自分の考え方を変えたということ、それはよかったと思っています。私は、それならば、いわゆるジャズメンという概念から飛び出して、パフォーマーという形になろう、つまり、その美しい音楽を創造して、それを演奏して、聞いてもらう、そういう存在になろう、というように気持が変わったわけです。ただ、まあジャズメンというのは、どちらかというと、堅い考え方を持っている人がいますね。そういう連申には、私の音楽が、よりリリカルに、メロディックになればなるほど、彼らにとって、それは、ちょっと耐えがたい変化というようにとれるわけです。本当にごく少ない連中が、そういう考え方をもって、我々の音楽を否定しようとするわけですね。しかし、私はそれに対して、なんら反発する気はないし、そういう連中は、そういう連中として受け入れるという、考え方をしています。

——かなり核心にふれた、非常に興味深い意見だと思います。

チック それに付け加えますと、<サークル>での音楽から、現在の音楽に移ったのは、非常に単純明解で、いわゆる、私の今演奏している音楽のように、その中に単純素朴な形態というものを中心に置き変えたのです。それはなぜかというと、それによって、よりよくコミュニケートしたい、よりよく、より多くの相手と連体感を持ちたいということであって、その結果、それを理解してくれるコミュニケーションが生まれた場合は、これはもう大変に私としては目的が達せられたということで、うれしい。たとえ、ある種の人連とコミュにケートできなかったとしても、それはそれで、私は別に、気持が乱れるということはありません。<サークル>の時には、演奏していて常に自分の意欲が満たされない、意向が満たされないという気持に襲われていた、ところが今日、今の形態を創り出してからは、自分の意向というものがここで満たされているということを、非常に自覚します。そういう意味では今の形態というものに、とても満足しているわけです。さて、ここで今の答をより明確化するために一つの比喩を上げましょう。たとえば一つの森の中に、何百人かの人間がいたとします。雨も降れば雪も降るということで、風雪をしのぐ小屋なり、なんなりの屋根がほしいわけです。それでその数頁人の中の何人かが、それではと、この人達のために屋根を作ろうじゃないか、そういう意図でもって、木を切り倒し、木材を組んで、丸太小屋なりを造りはじめたわけです。その内の何人かは、だんだんに本来の目的、つまり、早急に屋根なりを作ろうということですね、その目的を忘れて、木材をいかに美しく組み合わせるかとか、どういう道具を使うぺきかとか、そういうことだけに熱中してきてしまったのです。その間、数百人の人々は、結局、夜露もしのげずそのまま放置されているわけですね。そのうち、建設に取りかかっている何人かの一人が、回りを見渡してみると、人々はまだ雨をしのげる所もなく、そのまま放置されているのに気付いたわけです。彼は、ああそうだ、本来の目的は、この人達に早急に屋根を提供することだったんだ、ということで、今木材選びに夢中になっている連中、細かいことに夢中になっている連中、技術的なものに執看してしまっている連中に対して、本来の目的は、雨がしのげる屋根を作ることなんだから早いところやろうじゃないか、と説得にかかったわけです。ところが、こういうことに夢中になった連中、人のいうことを聞かない。いやそうじゃない、ここはもう何々をしなきゃいかんのだ、と頑固になって、回りを見渡そうともしないんですね。こCで彼の忠告に耳を傾けて、周囲の情況に気付いた何人かで、これはいけないとばかりに、少々乱雑になってもできるだけ早くと、小屋造りを急いだわけです。まあそれで、少しずつでも、夜露をしのげる人々が増えていったわけです。すると、先ほどのごく少数の連中なんですけど、そこにおける芸術的な形のみにとらわれた連中が、あいつらは、我々から離れていって、今やコマーシャルになってしまったと、まあ、非難をするわけです。

——よくわかりました(笑)。

 

未来のよりよい人間の生活をめざすことが音楽の使命と考えます

——私にとって一番興味があるのは、今までの問題と関連してくるわけですが、コミュニケーションの問題です。コミュニケーションとひと口にいってもさまざまな質の違いがあると思います。今のグループでのチックさんの考えられているコミュニケーションとは、どのような概念なのか、少々つっこんでお聞きしたいのですが。

チック それは、我々のコンサートを聴いていただければ一番はっきりした答が出てくると思います。まあ、たとえば、コミュニケーション成立の条件ですね。それはまず、相手とコミュニケーションできるという能力があるかどうか。もう一つは、自分の対象、つまり聴衆に対する理解と、聴衆とコミュニケートしようとする自分の意思。それから、聴衆と連体感がもてるという確信が必要だと思うのです。一般的にいって、ジャズにたずさわっている人達というのはあまり聴衆を意識しないですね。自己の音楽創造というのが非常に重いウェイトを持ってしまって、という傾向が非常にあると思うのです。その場合、コミュニケートすることは、非常にむずかしくなってきます。ここで、コミュニケートするために、音楽的レベルの高さは間題にならないのか、といいますと、我々も非常に高いレベルの音楽を演奏していると思っています。しかし、先ほどいった、コミュニケートできる能力、相手を理解する気持、そしてコミュニケートしようとするこちら側の意欲、そういったものがあれば、十分コミュニケートできると思います。

——価値観が多様化している現在、コミュニケーションの一手段としての言葉がある疆の破綻をきたしつつある、と私は認識しています。その認識を踏まえたうえで、音楽とりわけジャズは、言葉を超えた意味を持ち得ているのではないでしょうか。

チック それは、たとえば音楽が、いわゆる会話よりもより重要な一つのコミュニケーションの手段になってくるかというと、それはそのものが置かれている状態によって違ってくると思います。かりに、会話というものが、非常に実質的なものであったとしましょう。そして、ある人が完全に口を止ざしてしまって、音楽を一つのコミュニケーションの手段として取り入れることができたとしたら、我々は完全に自由になれる、そう思います。その理由は、現在、会話というものによって、いろいろな人が種々の面で拘束を受けているからです。しかしながら、そこにより自由な心を持った入がいたとしますと、その人は会話だけでなく、音楽の中からいろいろなコミュニケーションを受け取ることができるわけで、その結果、現在の拘束されている社会から脱出することができるわけです。人と人が向い合って何も言わずに、じっと見つめ合うだけで、そこに意志の疎通が生まれるということも、本来夢ではないのですね。けれども、現在はまだまだそういう状態にはなってはいません。

―-音楽の重要性ないしは使命を、どのようにお考えなのか、もう少し話してください。

チック 音楽の重要性に関して付け加えますと、いかなる時代の文化、人間の成長過程において、必ずその追求されるもの、必要とされるものがいろいろな形で存在したと思います。たとえぱ仏教の盛んな頃に、最も求められていたものは、一つには食物といった問題があり、また輸送機関という問題があった。そして、別の時代には、異なったものが必要とされてきた。そして今日、最も必要とされているものは、一つには未来のよりよい人間の生活だと思うわけです。この未来の夢を現在表現していく、これが音楽に課せられた、一つの重要な使愈だと思います。そして人々は未来に対する希望を、音楽によって感じとって、向上、進歩していく、それが音楽の果たす役割になると思っています。

——<リターン・トゥ・フォーエヴァー>は文字どおり未来の先取りを志向されているわけですね。

チック ええ、そうです。

私の音楽はいわば合衆国の音楽です。それが固定観念でジャズをみるアメリカで最も受け入れられづらいのです

——<リターン・トゥ・フォーエヴァー>の最初のアルバムは、日本ですぱらしい売行きを示しています。これは、チックさんの音楽的実践における成果の一つであるわけですが、日本以外での反響は、いかがですか

チック 世界のほかのところといっても、後はアメリカとヨーロッパになるんでしょうが、ヨーロッバでは、英国をはじめとして、クラブなんかでも演奏しました。期間が非常に短いにもかかわらず、やはり成功だったと、私は思っています。ただアメリカにおいては、まだほとんど演奏活動をしていないんです。まあ、「ヴィレッジ・ヴァンガード」、「カーネギー・リサイタル・ホール」で四・五百人の聴衆相手に数回演奏したのですが、ほとんどアメリカでは着手してないという感じです。もう後、二・三日でアメリカに戻るわけですが、これから本格的にアメリカの聴衆を対象に演奏活動をしようと思っています。私は日本同様、アメリカでも同じ結果が得られると確信しております。

——はなはだ失礼な質問だとは思うのですが...日本では、チックさんにはプエルトリコの血が流れているから、すぱらしい演奏ができる、といわれているのです。つまり抑圧された民族だからということなのですが、少々本末転倒したファンもいます。プエルトリコ人のジャズのほうが、ブラック・ピープルのものよりすごいというようにです。このような傾向は、知識人にもよくみられます。実際のところは、どうなのでしょう。(チックが、プエルトリコ人だと最初に日本で発言したのは、かつて来日中のアート・ブレイキーだった。チックは、アート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズに入団していたことがある。)

チック それはこういうことです。私の両親は共にボストン生まれで.その親がイタリーの南部の出身なんです。まあ、その人達で今の私の血はでき上っているんです(笑)。この質問は、どういうわけか、日本に来るたぴに、しつこく聞かれますね(笑)。

——ところで、血の問題なのですが、日本人は、どうもブラック・ピープルの血に対して負い目を持っています、かくいう私も、含めてですが。

チック たとえぱ、リズム感の問題にしても、日本のミュ―ジシャンやジャズ・ファンに勇気づけるというよりは、認識してほしいといっては、おこがましいのですが、たとえば、日野皓正のグループを聴いてみてください。あの強烈なリズム、日野元彦のドラムですね。あのリズム、ほかの誰と比べてもそこには確かなリズムがあるではないですか,と問時に民謡でも歌謡曲でもなんでもいい、その中に必ずリズムを見出す。それぞれの独特のリズムを見出すでしょう。インド音楽でもそうです。その中には必ず固有のリズムがある。つまり、世界中のそれぞれの所に必ずそこだけにあるリズムは存在しているわけじゃないですか。では、どうしてそういう引け目を感じるかというと、それは非常に少数の頑固な意見を持った人達が、ジャズを演奏するのはこの方向で行なわなくてはならない。こういう方法でやらなくてはジャズを演奏したとはいえない、というような意見に一般の人が振り回わされてしまっているからです。そういったところから、引け目といった感じが生まれてくるわけで、本来のリズムとは、どこにでもあるし、そのもの自体、実際に聞く者が真剣に間けば、大変強力なものを持っている、そう思います。

——なるほど、確かにそれは正諭としてわかります。

チック もう一つ肝心なことは、ジャズ・ファンが、ジャズとは同か、ということを考えてみる必要があると思います。ただその場合、一つ加えたいのですが、この世界において、それぞれの異なった伝統的な文化は成長してきているわけです。たとえぱ、黒人のアフリカに根ざした伝統文化が、ずっと成長して今日に至っている。また、スコットランドではスコットランド独自なものが、成長して今日に至っている。私は文化という言葉を使いましたが、結局、文化という言葉にすべてが包括されると思います。ただその中に、異なった様式、異なった考え方があるのであって、単に、この違いでもって、ジャズはこうあるべきだ、こうあらねばならないという結論を出すのは、危険だと思います。次に、ジャズ・ファンに考えてもらいたいことは、ジャズを、黒いとか白いとか黄色いとか、黒人とか白人とか黄色人種とかによって、なぜ分類されなけれぱならないのかということです。これは本当に意味のないことであって、こんな分類はまるで必要でない。一番必要で重要なことは、結局、その演奏が真実であり、それを演奏する人間が、いかに美を追求していくか、その態度に限られてくる。そこにすべての鍵があると思います。結局、私の音楽というのは、いわば合衆国の音楽といえると思うのです。つまりそこにはいろいろな人種がいて、そういう人種の集まった中で生まれた音楽、それが私の音楽なんです。

——チックさんにとって、真実とはなんですか。

チック いわゆる真実という言葉の定義づけというか、真実に対する私の考えですね。それは私が真実であり、私が誠実である場合には、必ず、自分自身はそれを自覚するし、まあそれによって気持も非常に安定し、さわやかな感覚を持てるわけです。つまり心身共に爽快になるわけです。しかしその中に虚偽が存在する場合、必ず自分の気持は爽快ではあり得ないし、具体的にいえば、頭の中が深刻になってきて、いつも額にしわを寄せているような、しまいには頭痛すらも感じる、こういった症状によって、必ずこれが虚偽かということは、明確に判断できると思います。これが私のいう真実です。

——どうも、ありがとうございました。

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杉田誠一

杉田誠一 Seiichi Sugita 1945年4月新潟県新発田市生まれ。獨協大学卒。1965年5月月刊『ジャズ』、1999年11月『Out there』をそれぞれ創刊。2006年12月横浜市白楽にカフェ・バー「Bitches Brew for hipsters only」を開く。著書に、『ジャズ幻視行』『ジャズ&ジャズ』『ぼくのジャズ感情旅行』他。

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