#221 チャールス・ロイド Charles Lloyd

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Charles Lloyd(チャールス・ロイド)
March 15, 1938年3月15日、米メンフィス生まれ。テナーサックス、フルート奏者。1967年リリースの『フォレスト・フラワー』(Atlantic) が当時のヒッピー文化に乗じて世界を席巻、旧ソ連を含むワールド・ツアーが実現した。一時シーンから身を引いていたが、1981年ミシェル・ペトルチアーニのデビューに手を貸して復帰。1989年の『Fish out of water』から2013年の『Hagar’s Song』に至る24年間で16作のアルバムをECMで制作したのち、2015年にBlue Noteに移籍。2021年3月、移籍後6作目となる『Tone Poem』をリリースした。

Interview by Kenny Inaoka for Jazz Tokyo via e-mail, March 2021
Photo & coordination: Dorothy Darr

Jazz Tokyo :新アルバム『トーン・ポエム』の完成、リリースおめでとうございます。パンデミックのなかのリリース、どのように感じれられておりますか?

Charles Lloyd:ありがとう。それにしても ずいぶん久しぶりだね!こんな経験は初めてだよ。1年以上のロック・ダウンでコンサートは一切なし。去年の秋にカリフォルニアのミュージシャンとやった3回のコンサートがすべてさ。パンデミックの直前に録音したこのアルバムをリリースできて幸運だったよ。

JT:このアルバムを通じてどんなことをリスナーに伝えたいですか?

Charles:音楽はたいへんなパワーを持っている。人を癒し、気力を高揚させ、また慰めることができる。この困難な時期にぼくの音楽がなにかの役に立つとしたら、こんなに嬉しいことはない。

JT:この異常事態下でアルバムを制作するにあたってもっとも困難だったことは?

Charles:録音はパンデミックの直前だったけど、ぼくらが演奏した曲がこの時期にリリースする内容にふさわしいものだったことを願ってる。

JT:アルバム・タイトルの『トーン・ポエム』はどこから?

Charles:アルバムに収録した曲<トーン・ポエム>が象徴的な内容だったのでアルバム・タイトルにもってくるのに違和感がなかったんだ。それに、Blue Noteがこのアルバムを「Tone Poet(音の詩人)」シリーズの1枚としてリリースしたいと希望したんだが、それにもうまくはまった。友人の Joe Harley(ジョー・ハーリー)はアルバム『The Water Is Wide』*以来、僕の、僕のオーディオ・アドヴァイザーを務めてもらっているんだが、僕らは彼をいつも「Tone Poet」とクレジットしてるんだ。
*『The Water Is Wide』(ECM1734, 2000)

JT:アルバムを2曲のオーネット・コールマンの曲*で始めた特別の意図がありますか?
*<Peace><Ramblin’>

Charles:ぼくの親友オーネット・コールマンへのオマージュだ。オーネットとは50年代、ぼくがUSC*の学生だった頃からの知り合いなんだが、彼の生存中は彼の音楽を演奏するのは気が引けてね。彼の持ってる色合いに満ちた素晴らしい曲だよ。
* USC = University of South California 南カリフォルニア大学

JT:あなたのキャリアの中でオーネットはどのような存在ですか?たしか、2019年のブルーノート東京でも <Peace>を演奏されたと記憶しますが。

Charles:オーネットを初めて聴いたのはジャム・セッションで、ぼくがロサンゼルスのUSCの新入生の時だった。彼のことは知らなかったのだが伝統的なビバップ系のサックス奏者とはかけ離れた存在だと思った。独自のヴォキャブラリーとリズムを持っていて、サスペンダーを使ったとても風変わりな服装をしていたのを記憶している。彼が演奏していた音程やチェンジは伝統的なビバップの奏法ではなかったけど、ぼくはとても感動したんだ。そのとき演奏していたのは<What Is This Thing Called Love> だったけど、それはまさしく彼流の <What Is This Thing Called Love>だった。「愛」の語源を演奏していたと言ったら良いか。彼の意識の奔流ともいうべき演奏。だけど当時は彼の演奏に耳がなじむ者はいなかったんだ。他のミュージシャンからステージを降りるように言われてね。彼は心の中では皆に合わせて魂を歌うためにジャム・セッションに来たのに、と思っていたはずだ。

セッションが終わってぼくらは会った。彼はぼくのところにやってきて、ぼくの演奏を褒めながらこう言ったんだ。「君はサックスがうまいと思う、だけどそのことと音楽はたいして関係がないんだよ」。彼の口ぶりはとても優しく、荒っぽい非難のことばではなかったけど、的を得ていると思った。

オーネットはぼくに他にも探索すべき宇宙がいくつもあるんだよと教えたかったんだと思う。彼はぼくより年上*で、まるでぼくが子供のような話し方をした。次の話題は音程とキーだった。彼はバンドスタンドには上げてもらえなかったけど、そんなことで考えをかえるような人物ではなかった。彼はチェンジのゲームには興味がなく、本質を演奏したんだと思う。ぼくらはふたりともR&B出身で新しい音楽の探求者だったけど、彼の方がぼくより一歩先を進んでいた。ぼくらの友情は不変だった。彼はぼくらの音楽に驚くべき、そして特異な貢献をしたんだ。
*オーネット・コールマン(March 9, 1930 – June 11, 2015)。チャールス・ロイド (March 15, 1938 – )

JT:話は変わりますが、Tokyo Jazz 2019であなたのあとに演奏したカマシ・ワシントンをどう思いますか?

Charles:彼は若手の注目株だ。自身のヴィジョンを持っており、それが演奏に生かされていると思う。

JT:<Monk’s Mood>は何度か演奏されていますが、お気に入りですか?

Charles:モンクはぼくらの音楽の偉大な建築家だ。彼の楽曲はぼくにとって啓示であり、演奏していて飽きることがない。

JT:あなたはよくジャズ以外のジャンルの楽曲を録音しますが、選曲にはドロシーのアドヴァイスがありますか?

Charles:その通り。家の近くの丘をふたりで散歩しながら彼女がいろんな曲を歌ってくれるんだ。<Water Is Wide>、<I Long to See You>、<(Last Night I had) The Strangest Dream>、<All My Trials>みんな彼女に教わった。

JT:ドロシーは共同プロデューサーとしてレコーディングではどんな役割を果たしているのですか?

Charles:働き者だよ。ブースでずっとメモを取り続けている。エンジニアと一緒になってね。演奏の出来具合にも目を光らせているね。これは、ぼくらがテイクの取捨選択をするときにとても重要なデータとなってくる。ミュージシャン、エンジニア、スタジオのコーディネーションもすべて彼女の仕切りだ。シーケンス(曲順)も一緒に決めているし、本来の意味での共同プロデューサーだよ。

JT:あなたはECMで自らの裁量でアルバムを制作できる数少ないアーチストのひとりでした。そして、Blue Noteでも制作を任されている。なぜECMを出てBlue Noteに移籍したのですか?

Charles:ECMは長い間ぼくのすばらしい住まいだった。自由も享受できた。だけど、ぼくの子供たちを所有することは許されなかったんだ。Blue Note のDon Was(ドン・ワズ) はぼくにそのオプションをくれ、そしてぼくはそれを受けることにした。それはぼくにとってとても大切なことだったからね。

JT:グレッグのペダル・スチール・ギターは音楽に親和性を持たせることに成功していますね。彼を加えた意図は? 彼をどこで見つけたのですか?

Charles:ぼくがいつも演奏しているウエスト・メンフィスのクラブがあるのだが、僕らが演奏する前に出演しているカントリー・バンドがあるんだ。そのバンドのペダル・スチール・ギターの Al Vescovo(アル・ヴェスコーヴォ)がぼくの演奏をとても気に入ってくれたんだが、ぼくも彼のギターが好きでね。皮膚の色が障害になったのだが、ぼくらは親しい関係になった。うん、暖かく純粋な友情関係だ。結局、ぼくはカリフォルニアへ移住することになって彼とは2度と会うことはなかった。何年か経ってビル・フリゼールと演奏することになったのだが、彼の音楽もぼくと同じように浮遊感を求めているよね。ツアーに出るたびにぼくはこの若い頃に出会ったペダル・スチール・ギタリストのことを思い出していたんだ。ある日、UCLAのRoyce Hall(ロイス・ホール)のぼくらのコンサートにビルがひとりのペダル・スチール・ギタリストをシット・インで招いたんだ。それが Greg Leisz(グレッグ・ライス)だったというわけだ。その楽器の音色を聴いてぼくの頭の中にたちまち若い頃のあのペダル・スチール・ギターが蘇ってきたんだ。これがぼくのバンド The Marvel(ザ・マーヴェル)の誕生秘話さ。出来事自体が Marvel(奇跡)だったというわけだ。グレッグは素晴らしいミュージシャンでね、<Monk’s Mood>のような彼の掌中になかったレパートリーにも進んで取り組んでくれた。

JT:あなたのサックスの音色の微妙なニュアンスに魅了されるのですが、いまでも練習は続けているのですか?

Charles:山に登ったり、泳いだりはしている。音楽のことは一日中、頭から離れたことはない。楽器はすでにぼくの身体の一部になっているんだ。

JT:あなたの音楽はつねに進化していると感じるのですが、進化させるために努力していることはありますか?

Charles:演奏するたびにさらに上のレヴェルを目指すようにしている。新しい世界へ行けるようにね。ぼくにとって演奏するということは「真実」を伝えるチャンスなんだ。

JT:あなたにとっての「ニュー・ノーマル」を聞かせてください。

Charles:ひとりで居られたり、嫌いな飛行機に乗らずにすんだりは嬉しいんだが、気ままに仲間のミュージシャンと集って演奏できないのは辛いね。だけど、ぼくはいま人生の新しいステージに入ったと感じていることも確かだ。つまり、この地球上での人生が終わりを迎えようとしているということだ。人類に貢献できる何かを遺せればと願っているのだが,,。(訳責:稲岡)


稲岡邦彌

稲岡邦彌

稲岡邦弥 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。音楽プロデューサー。著書に『改訂増補版 ECMの真実』編著に『ECM catalog』(以上、河出書房新社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。Jazz Tokyo編集長。 https://www.facebook.com/kenny.inaoka?fref=ts

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