Interview #238 ローリー・ヴァホーミン by マーク・マイヤーズ Part4

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ビル・エヴァンスのファンは、このピアニストを偶像化し、静かな感性と止めどないエネルギーで溢れかえる実物以上の人間像を心に描く傾向がある。しかし、彼を知る者は、エヴァンスは自ら作り出した隠遁した囚われ人であり、自己破壊的な行動をとる根源的な弱点を持つ強力な芸術家であったと見ている。この点で、エヴァンスは悲劇的な人物、すなわち、うつ病と診断されないまでも自殺願望に満ちた内向的性格のおとなしい詩人とみなされた。事実、エヴァンスはこの二つの顔を併せ持つ人物であったのだ。しかし、多くのファンにとって衝撃的なのは、ダウンタイム中のエヴァンスがいかに平凡であったかということだ。ローリー・ヴァフォーミン(写真)が指摘しているように、この選択はエヴァンスが平常心を求め、仕事の現場という感情の砂利採掘場から休息を取るためのものだったのかもしれない。

エヴァンスの最後の1年半を愛人として共に過ごしたローリーへの5回にわたるインタビューの第4回では、彼女は、エヴァンスの家庭での仕事ぶり、コカインの乱用、エヴァンスから受けたピアノのレッスン、そして、エヴァンスが競馬場で見つけた平穏を好んだことについて語っている。


 

ピアノを前にすると、彼は恍惚とした表情を浮かべる

JazzWax(JW): ビルが経験したすべてのことを考慮して、彼は自分の音楽に集中しつづけることができたと思いますか?

ローリー・ヴァフォーミン(LV):ビルは毎日起きている間中、音楽と向き合っていました。彼は自分のリソースのすべてを創作活動に注力していました。創作活動を続けることが彼の最優先事項だったのです。彼は自分の持てるすべてを音楽に注いでいました。自分には何も残らないほど何かにすべてを注ぎ込むことがどんなことなのか、ほとんどの人には考えも及ばないでしょう。

JW: エバンスは自分の音楽を聴いていたのでしょうか?

LV: ビルはその時点で制作しているものは何でも聴くのが好きでした。作曲もたくさんしていましたし。リビングルームに美しいチッカリング&サンズのベビー・グランド・ピアノを持っていました。最初の奥さんのエレーヌから贈られたものです。私たちはアパートに住んでいたので、夜中に起きると、とても小さな音で弾いていました。ピアノを前にすると、彼は恍惚とした表情を浮かべるのです。ピアノに向かうたびに新しいテーマに取り組んでいました。

JW:何度も手を入れ直していたのですか?

LV: いいえ、弾き始めると、いろいろなものが沸き出てくるのです。まるでろくろを回す陶芸家を見ているような感じでした。演奏しているものを形にし始めると、やがてそれが完全な形になっていくのです。それが音楽でありさえすれば、苦しみを感じることは何もなかったのです。

JW: 作曲の前にコカインを摂取していたのですか?

LV: ドラッグは常習でした。それが彼という人間の一部だったんですね。私が知る限り、彼が眠ることはなかったので、起きることもないわけです。身体を横たえて休んではいましたが。そうそう、居眠りをすることはありましたね。でも、本当に眠っていたわけではないんです。どれだけコカインをやっていたか、想像はつかないでしょうね。

JW: どれぐらいですか?

LV: 1週間に2オンスです。

JW:それは多いのですか?

LV: 70年代後半には、週末に1グラム持っている人が多かったそうですね。1オンスは28グラムです!ドラッグで彼は全財産を使い果たしたんです。

JW: 彼が稼いだお金をあなたとのロマンチックなこと、例えば外食に出かけることなどに使われなかったことが気にはなりませんでしたか?

LV: (笑) 時にはディナーに出かけたことはありましたよ。でも、私はそういうことはまったく期待してはいなかったんです。

JW:コカインを止めるように言ったことはありますか?

LV:なぜ私が彼に指図するのでしょう?彼には彼の人生があり、私はそれを目撃するためにそこにいただけです。私はただ、彼と一緒にいることを楽しんでいたんです。彼は私がやっていることについて質問したりはしませんでした。若いうちは、親の条件をすべて背負うことになるので、何をするにも罪悪感を感じるものです。私は、自分が彼のように有名なミュージシャンでないことに罪悪感を感じていました。でも、私は不可能なことに挑戦しようとは思わなかったのです。その関係で生き抜いていくためには、彼との短い時間を楽しみ、その瞬間に身を置くしかないと、早い段階で悟る必要があったのです。

JW: ビルはあなたにピアノのレッスンを付けてくれましたか?

LV:何度かレッスンを受けました。おもしろかったですよ。ブルース・ラインの弾き方、ブルース・スケールの弾き方などを教えてくれました。でも、「これ以上続けても意味がない」とはっきり言われました。

JW:それは残酷な話ですね?

LV: そんなことはありません。ビルは私が本格的なピアノ奏者になるつもりがないことを知っていました。彼は音楽に対してそういう人だったんです。音楽は完全に身を投じる人のためのものだったんです。ですから、それ以上続けてもあまり意味がなかったんです。

競馬場に出かけて馬に賭けるの好きだった

JW: エヴァンスはダウンタイムに何をしていたのですか?皆が驚くようなことだったと思うのですが。

LV:ウディ・アレンの映画のプロデューサーだったジャック・ロリンズと競走馬を所有していました。

JW:その馬の名前は?

LV:アニー・ホールです。二輪のカートを引く繋駕速歩競走用の馬で、トロッターと言われる馬でした。

JW: それはとても不思議ですね。

LV: ビルがどれほど普通の男だったかを知る人は少ないですね。彼は競馬場に出かけて、馬に賭けるのが好きだったんです。

JW:つまり、ギャンブルのようなものですか?

LV:そうではありません。競馬場では誰も彼のことを知らないから、そこが好きだったんです。彼はペプシを飲み、私はクラブサンドイッチを食べました。彼は自分が誰なのか知らない普通の友達をそこに連れてきていました。みんなポリエステルの服を着てね(笑)。ビルは自分の時間やプライバシーを本当に大切にしていました。彼は創作活動に強いこだわりを持っていたので、競馬場など創作とは無縁の環境に身を置くことが唯一の息抜きだったんです。彼は、まるで普通の市井の人のようでした。そして、会う人みんなに親切で善良でした。

JW:つまり、ビルは社交的にはごく普通だったということですね。

LV: ビルは早くからパターンを確立していました。14歳から28歳まで、彼は音楽だけに集中し、ガールフレンドや家庭を持つことはしませんでした。それからヘロインに手を出したんですね。一度ヘロインを始めたら、より深く音楽に集中することができたんです。社会生活も必要ありませんでした。音楽中心の生活をし、そのゾーンから出ることはありませんでした。彼の内面世界に入り込めるのは、ほんの数人でした。それが、彼が他人と交わす親密な関係のすべてでした。最初の奥さんとは11年、2番目の奥さんとは5年。彼にとって家庭生活は重荷で、ひとりになるための大きな空間を作る必要があったのです。

明日は、シリーズの最終回で、ローリーは、1980年9月15日(月)にエバンスが亡くなるまでのゾッとするような出来事を回想します。


ビル・エヴァンス/ジョン・ルイス
マリアン・マクパートランド/パリース・ラッシェン <ビリーズ・バウンス>

♫ローリー・ヴァホーミン著『ビル・エヴァンスと過ごした最期の18ヶ月』
https://jazztokyo.org/news/post-70363
♫ Interview Part1
https://jazztokyo.org/interviews/post-71330/
♫ Interview Part2
https://jazztokyo.org/interviews/post-72218/
♫ Interview Part 3
https://jazztokyo.org/interviews/post-73425/

Reprinted with the permission by Marc Myers/JazzWax;
https://www.jazzwax.com/2009/08/interview-laurie-verchomin-pt-3.html

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。音楽プロデューサー。著書に『増補改訂版 ECMの真実』(河出書房新社)編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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