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FeaturesNo. 217R.I.P. ナナ・ヴァスコンセロス

R.I.P. ナナ・ヴァスコンセロス

ナナの思い出  稲岡邦弥

ナナが大地に還った。
3月9日。
突然。
4月20日の東京での一夜限りのコンサートを控えながら。
上海のECM ジャズ・フェスではエグベルトとのデュオの録音が予定されていたという。デュオのライヴ・アルバムも惜しいとは思うが、『Dança das Cabeças』(輝く水 ECM1089 1976)以上の演奏とはどういうものなのだろう。

 

ECMと独占契約してから数年後に届けられたDança das Cabeças=Dance of Heads、このアルバムの印象は強烈だった。アマゾンの奥地の静かな夜明けから始まるPartⅠ(A面)。一転、エグベルトのピアノがイマジネーションのおもむくまま絵を描き続けるPart Ⅱ(B面)。ナナが入ってくるのはジスモンチがギターに持ち替えて残り10分を切ったころだ。聴きどころはやはりジスモンチのギターとナナのパーカッションが大きな世界を造るPart 1だが、短い演奏ながら存在感抜群のPartⅡもナナあっての内容だ。
生身のナナに接したのは、1979年の「ECMスーパー・ギター・フェスティバル」(五反田・簡易保険ホール=現ゆうぽうと五反田)が最初。ジスモンチ、ジョン・アバークロンビー、パット・メセニーの3人のギタリストが一堂に会した最初で最後のイベント。3人とも初来日だったが、いちばん手こずったのはジスモンチとナナのデュオ。まずナナのヴィザが下りない。ブラジルで兵役を忌避したまま出国していたので旅券を所持していなかった。アメリカ大使館と交渉、リ・エントリー・カードを発給してもらっての来日だった。鉄砲ほどナナに似つかわしくないものはないし、鉄砲を担いだナナなどみたくもない。コンサートでは演奏時間が短いとジスモンチがごねた。「君たちはわれわれがブラジルから何時間かけて東京に来たのか分かっているのか! 30時間以上かけて東京について30分程の演奏で帰れというのか!」。結局、翌年デュオの単独コンサートを開くという約束をして怒りをおさめることになった。プロモーター自身、彼らの音楽をもっと聴きたいと思ったから納得した、と後で告白していたのだが。


悠雅彦・Nana・筆者

じつは、ナナはその前年、1978年にNYで菊地雅章がプロデュースしたジョージ大塚のアルバム『マラカイボ・コーンポーン』(Trio-Kenwood) に参加しているのだが、僕はこの時には立ち会っていない。翌年、約束通り単独コンサートが行われ、ジスモンチ、ナナと再会することになる。この時、ジスモンチは「スピック&スパン」に、ナナはジョージ大塚の新結成のバンド「マラカイボ」のレコーデォイングにそれぞれゲスト参加する。ナナの場合は、六本木ピットインでライヴ収録した「マラカイボ」にオーバーダビング。スタジオで裸足になったナナは(ちなみにスタジオで裸足で演奏したのは、富樫雅彦の『ブラ・ブラ』録音のドン・チェリーとナナだけ)、プレイバックを1度聴いただけで本番では完璧な演奏を披露しミュージシャンの度肝を抜かせた。同時に参加したミロスラフ・ヴィトウスも日本人ベーシストの差し替えを1度のテイクでノーミスでこなし、さすがの実力を見せつけた。このときミュージシャンがナナに献上したニックネームは“アニマル”。もちろんいい意味でのネーミングで、素早い身のこなし、徹底した集中力と敏速な反応、野生動物が持ち合わせている特性をナナが生れながらにして身につけていることを確認したからだ。

70年代に撮影されたロベルト・マゾッティの写真をみると、いささかのワイルドさと人懐っこさが同居するナナの表情が否応なく当時を思い出させてくれる。風格さえ漂わす近年の写真からは“アニマル”的ニュアンスは感じられないが、音楽はどうだったのだろう。ジスモンチとコンビを復活させ新たな展開が計画されていただけに返すがえすも残念である。
故郷のレシーフェには愛妻と愛娘が遺されたという。合掌。

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稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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