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このパフォーマンス2016(海外編)No. 225

このライヴ/このコンサート 2016(海外アーティスト)#03 「小橋敦子トリオ」

2016年11 月17日 HAKUJUホール

小橋敦子 (p)
フランス・ヴァン・デル・フーヴェン (b)
セバスティアン・カプステイン (ds)


 

小橋はアムステルダムから折りに触れてCDレヴューやライヴ・レポートを寄稿している本誌のゲスト・コントリビューターのひとりなので、取り上げるべきか逡巡したが、今年体験した数少ないコンサートのなかでは心に響くものが多かったので正直に反映させることにした。小橋を生で聴くのは数年前の武蔵野市民ホール以来。その時、たまたま隣りに座っていたのがセバスティアンで、クラシックのホールはピアノやベースには良いけど、ドラムスにはきついね、という会話を交わしたことを覚えている。そのセバスティアンが今日は室内楽向けに設計されたHAKUJUホールのステージに乗っている...。
小橋の歩みはのろいが、着実だ。フランスとは過去に2作のCDを制作しており、セバスティアンともまずCDを制作している。ライヴで客の反応を見たり、練り上げた上でCD制作に入るミュージシャンが多い中で小橋は逆のコースを辿る。理由は分からない。出会いの新鮮さを記録しておきたいのだろうか? このトリオもそうだ。一去年、アムステルダムで録音されたアルバムが去年日本でリリースされた(『ルージョン』)。上質な音楽がそれにふさわしい上質なアートワークで包装され、完成度の高いアルバムとして世に出された。デジタル配信の時代になってもパッケージ(CD)の存在価値があることをそれとなく主張しているところが、いかにもCloudレーベルらしかった。
Oneアワー・コンサートと題されたこのシリーズは、HAKUJUホールがクラシックを中心に1時間の演奏を提供する企画。生の音楽を気軽に聴いてもらおうという趣向だ。ダーク系のコスチューム(小橋は黒のドレス)で登場した3人が演奏したのはチェンバー・ジャズとでもいうべきか、かつてのMJQを彷彿させるような雰囲気を醸し出す。セバスティアンはほとんどブラシに専念し、小橋のピアノはリズミックなフレーズを抑え、ルバートを多用しながら選び抜いた一音一音を愛おしむに丁寧に紡ぎ出していく。ひとりフランスがごんごんと能弁なベースを弾く。1時間の演奏で2曲、”場所をわきまえない” 演奏でジャズ・ファンを喜ばせてくれた。セバスティアンがスティックに持ち替えたマイルスの曲<フラン/ダンス>と、小橋抜きのデュオで演奏されたジョビンのサンバ系の曲<ビリンバウ>。僕はアルバム以来マンシーニの<ルージョン>がすっかり気に入っている。フローティングする音楽に身を委ねながら、さながら白昼夢を見ているようなひとときだった。昼下がりのOneアワー・コンサート、なかなか粋な計らいじゃないか。


『小橋敦子トリオ/ルージョン』(Cloud)

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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