JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

閲覧回数 39,877 回

このディスク2018(国内編)No. 249

#02 『藤井郷子オーケストラ東京』

text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌

『藤井郷子オーケストラ東京/キコエル – 木村昌哉トリビュート』
LIBRA Records  LIBRA215055 ¥2300+tax

藤井郷子オーケストラ東京;
早坂紗知 (ss, as) 泉邦宏 (as) 松本健一 (ts) 藤原大輔 (ts) 吉田隆一 (bs)
田村夏樹 (tp) 福本佳仁 (tp) 渡辺隆雄 (tp) 城谷雄策 (tp)
はぐれ雲永松 (tb) 高橋保行 (tb) 古池寿浩 (tb)
永田利樹 (b) 堀越彰 (ds)
藤井郷子 (conductor)

1 Amadare
2 Farewell
3 Kikoeru
4 Neppa
5 Stop And Go
6 Ah Dadada
All music composed by Satoko Fujii except Stop And Go and Ah Dadada by Natsuki Tamura

Recorded by Ryoji Yanagida at Buddy, Toky0, August 14, 2018
Mixed by Ryoji Yanagida September 10, 2018
Mastered by Scott Hull at Masterdisk, NY, October 9, 2018
Executive producer: Natsuki Tamura

藤井郷子が還暦を記念して(年齢を明らかにしない風潮がある女流ジャズ・ミュージシャンのなかにあって藤井は当初から年齢を公開している)『月刊 藤井郷子』と称し、1年にわたって毎月1作ずつCDをリリースするという告知を目にした時、「ほんまかいな?」という疑念と「彼女なら実現させるかも知れん」という期待が同時に湧いたことを覚えている。自身のソロ・ピアノから刊行が開始され出した『月刊 藤井郷子』はその後一度も遅れることなく毎月趣向(編成)を変えたCDが届けられ、ついに最終刊12号としてリリースされたのがこのアルバムである。ソロからスタートしてオーケストラで完結した『月刊 藤井郷子』は、毎号が企画性に富み、しかもストック音源は1作もなくすべてが藤井とパートナーの田村夏樹の活動をリアルタイムで捉えたドキュメントなのだ。この最終作は、今年 (2018年)8月に東京・江古田の「Buddy」でライヴ収録され、翌9月にミックス、10月NYでのマスタリングを経て12月8日リリースというメジャーではあり得ないインディならではの早業なだった。
ところで、藤井郷子オーケストラには思い出がある。彼らがNYから帰国まもなく東京とNYでオーケストラの録音をしたいのだが、と相談を受け、オーケストラ東京(当時は、東京側をEAST、NY側をWEST と称していた)の制作に当たってJazz Tokyoが全面的に協力体制を敷いたのだ。桶川市の市民ホールでの公開録音の設定を小林洋一さんと松村栄子さん(残念ながらふたりとも故人になってしまった)、録音を及川公生さん、解説を悠雅彦主幹、写真を杉田誠一さん、そして制作と発売を筆者(今は無き ewe: East Works Entertainmentから2枚組CDとして発売。アルバム・タイトルを『月は東に日は西に』と命名させていただいた)。その後彼女はあれよあれよというまにオーケストラを、名古屋、神戸、そしてベルリンに組織、このアルバムがオーケストラ東京の6作目、全オーケストラ作品22作という驚くべき実績を残すに至っている。
この作品は昨年病死したメンバーのテナーサックス奏者木村昌哉へのトリビュート・アルバム(メンバー思いの藤井は2014年に制作したオーケストラ東京のアルバム『PEACE』を同年病死したメンバーのギタリスト、ケリー・チュルコに捧げている)。全6曲のうち前半3曲は亡き木村昌哉に対する哀惜、惜別、追悼の念溢れる演奏で、2曲目<Farewell>はまさにレクイエム。アルバム・タイトル曲の<キコエル>は、冒頭1分半は微かにシンバルが鼓膜を刺激する程度でメンバーが黙祷を捧げているかの様相。その後も断続的に音楽が途切れ、あたかも天国の木村に「キコエル=聴こえる?」と問いかけているかのようで胸を熱くする。一転、後半3曲は快活に、ダイナミックにオケが動き出す。時に悦楽やユーモアの表情さえ見せる。これは明らかにニューオリンズのジャズ・フューネラルを模しているものと思われる。彼の地では墓地に向かう行列は厳粛にしめやかに、葬儀を終えた帰路はブラスバンドが華やかに演奏を展開、セカンドラインが踊り出して、霊魂が天国へ開放されることを喜び合う。
今年は、挾間美帆の『ザ・モンク』宮嶋みぎわの『Colorful』を含む女流作編曲家の力作が出揃ったが、年間新作リリース12作を完遂した藤井郷子に軍配が上がった。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください