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特集『ECM at 50』No. 260

アーカイヴECM「ECMについて」出原真澄

透徹で気品に満ちたクリスタル・グラスを通して広大な宇宙空間を眺めているような、そしていつの間にやら私自身その広大な空間に浮いているような…そんな感じをECMレーベルを鑑賞している間じゅう感ずるというよりも想像するのである。その世界はもはやジャズ演奏をその場で単に鑑賞しているというものでなく、もっともっと多面の次元であり高次の世界である。
ECMレーベルはそのように豊かなイマジネーションをわれわれに与えてくれる。それはもちろん演奏によるところも大きいのだが、両スピーカーの間に再現する広大なサウンド・スペースは、まさしく録音処理の結果であり、制作者マンフレート・アイヒャー氏の、再生音楽に対する天才的な感性の成せる結果と確信する。その世界はまさしく美学に立脚した内面的なものであり、平面的なテクニックの誇張ではないことは、これらのレコードを一聴すれば明らかなことだ。パワー感による迫力と下手な位相の乱用によってクレイジーな位相空間を作り、これが新しいサウンドだと主張する一部のコマーシャリズムに徹したジャズやロックとは、まさしく世界と次元を異にするのがECMレーベルだ。
そしてECMのもう一つの特徴は、このような広大なスペースを表現しているにもかかわらず、すべての楽器の響きは微視的なのである。つまり、どんな微細なデリケートな変化をも表現しているのだ。そしてそれらのサウンドを構成する微粒子は何物にもさまたげられることなく、清澄で幻想に満ちた空間を自由に飛び交い美しい軌跡を描くのだ。『レッド・ランタ』のガルバレクのflもssも、『マイ・フェイバリット・ファンタジー』に於けるコナーズの12弦もバートンのvibも、ジャレットのpですらも、その響きはかつてどんなレコーディングでも体験し得なかったほど微視的なのである。しかしそれが両スピーカーから発散したとたん脈々と血が通った、よりリアリティに満ちた演奏の場を再現してくれる。これはまさしく再生音楽の偉大なる進歩であり所産だ。

*初出 [ECM booklet」1976


出原真澄(Masumi Dehara) オーディオ評論家。秋田生まれ。
東京電機大卒。 電波新聞編集部を経て、トリオ株式会社広報部長、アキュフェーズ株式会社代表取締役を歴任。著書に『オーディオ知識150』(NHK出版)。

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