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このディスク2019(海外編)No. 261

#05 『カミラ・メサ&ザ・ネクター・オーケストラ/アンバー』

Text by Hideo Kanno 神野秀雄

Camila Meza and The Nectar Orchestra / Ámbar

1. Kallfu (Camila Meza)
2. Waltz #1 (Stephen Paul Smith)
3. Awaken (Camila Meza)
4. This is Not America (David Bowie / Pat Metheny-Lyle Mays)
5. Olha Maria (Chico Buarque-Vinicius De Moraes / Antônio Carlos Jobim)
6. Atardecer (Camila Meza)
7. All Your Colors (Camila Meza)
8. Milagre dos Peixes (Milton Nascimento, Fernando Brant)
9. Interlude (Noam Wiesenberg)
10. Ámbar (Camila Meza)
11. Fall (Camila Meza)
12. Cucurrucucu Paloma (Tomás Méndez Sosa)

Camila Meza: vocal, guitar
Eden Ladin: piano, celeste, keyboards, Fender Rhodes, Moog, organ, Wurlitzer electric piano
Noam Wiesenberg: bass
小川慶太 Keita Ogawa: drums, percussions
大村朋子 Tomoko Omura: violin
Fung Chem Hwei: violin
Benjamin von Gutzeit: viola
Brian Sanders: cello

Produced by Camila Meza
Arranged by Camila Meza (2, 4, 8) and Noam Wiesenberg (2, 4)
Strings arranged by Noam Wiesenberg (1, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 10)
Recording Engineer: Andy Taub
Editor: Matt Pierson
Mixing & Mastering Engineer: Chris Allen

Sony Music Masterworks (2019.5.31)

南米を旅しながらこの原稿を書いている。南米大陸とそれぞれの国の気の遠くなるような大地の広大さと、氷河、沙漠から草原、熱帯雨林までの多様性、そこから届く大地のエネルギーに圧倒される。これに人種・民族の多様性、言語の共通性までが組み合わされて、いつの時代にも新しく深い音楽を生み出し続けていると実感している。それをまた確信させたのが、カミラ・メサであり、『アンバー』だった。

カミラ・メサは、チリ・サンチャゴで1985年に生まれ、ニューヨークを拠点に世界で活躍するシンガー、ソングライター&ギタリスト。16歳で活動を開始し、23歳でニュースクールに入学すると同時にニューヨークへ拠点を移して約10年が経つ、『Traces』(2016)まで4枚のアルバムをリリースし、雑誌「ダウンビート」読者人気投票のRising Starにも選ばれてきた。2019年7月、ノースシー・ジャズ・フェティバルで、挾間美帆指揮によるメトロポール・オーケストラと共演し、素晴らしい演奏を聴かせて、5,000人を超す大会場がスタンディングオベーションとなり、筆者はこれを2019年の海外ベストパフォーマンスに選んだ。

ザ・ネクター・オーケストラは、ベースのノーム・ウィーゼンバーグを共同編曲者として、ストリングス・カルテットを擁したプロジェクト。キーボードのエデン・ラディンに加えて、ドラマーにスナーキー・パピーを含め幅広い活躍を魅せる小川慶太、ファーストヴァイオリンに大村朋子と、日本人をサウンドの要に配している。ノームはイスラエル出身で、シャイ・マエストロの高校の同級生であり、シャイ・マエストロ・トリオで来日したこともある。2019年9月10〜11日には、このプロジェクトでのブルーノート東京公演を成功させた。

『Ámbar』は、琥珀を意味するスペイン語であり、最近亡くなったカミラの祖父の名前が「Bernstein」で、ドイツユダヤ語で琥珀を意味することもきっかけとなった。樹木が樹液によって自らの傷を癒すこと。琥珀がネガティヴなエネルギーをポジティヴに変えること。筆者は「癒し」という言葉はあまり好きではないが、「エネルギーの変換」というところで、カミラのサウンドに強く同意し、このアルバムの持つ暖かな力強さがわかった気がし、本作をベストアルバムに選ぼうとした自分に納得した。

1曲目の<Kallfu>から、湧き上がるようなエネルギーと生命の躍動を感じていたが、これはカミラのパタゴニア旅行で受けたイスピレーションに基づいて作曲され、マプチェ語の「青」を意味することがわかった。チリ南部とアルゼンチン南部のパタゴニアに約90万人が住み、その土地と権利を守る闘いを続けるマプチェ族にこの曲を捧げている。自作の6曲に加えて、カヴァーを5曲も入れているのも特徴だ。アントニオ・カルロス・ジョビン<Olha Maria>、パット・メセニー&デヴィッド・ボウイ<This is Not America>と名曲が揃うが、南北アメリカ由来の曲の数々を英語、スペイン語、ポルトガル語のオリジナル歌詞で、透明でよく伸びるヴォイスで歌い、ノームの巧みなストリングスアレンジと合わせて、その曲の力に負けることなくカミラ自身の「うた」に生まれ変わる。中でも最もインパクトを感じたのは、ミルトン・ナシメント<Milagre dos Peixes>(魚の奇跡)だ。モダンだがシンプルに心に届くギタープレイ。パット・メセニーの影響を云々されることも多かったが、そこを離れ、ヴォイスともシームレスにつながる独自のサウンドを確立している。

エネルギーに溢れた<Kallfu>に始まったアルバムの最後は、メキシコのトーマス・メンデス作曲で、カエターノ・ヴェローゾやノーマ・ウィンストンも歌っていた<Cucurrucucu Paloma>。カミラのアコースティックギター弾き語りで穏やかな時間を創りながら、静寂へと導いていく。

参考 黒沢綾によるインタビュー J.Jazz Net


なお、この他に2019年に注目したアルバムとして、デイヴ・ホランド、クリス・ポッターに、インドの打楽器タブラのザキール・フセインを加えた『Dave Holland, ood Hope』(Edition)と、ルクセンブルグ出身のピアニストで、クラシック、ジャズからテクノミュージックまでシームレスに音楽を創ってきたフランチェスコ・トリスターノが、大好きな街、東京の印象を綴った『東京ストーリーズ』(Sony Classical)、を挙げておきたい。前者はNew Jersey Performig Arts Ceter(NJPAC)でコンサートを観ることができ、インド系ニューヨーカーを観客の中心に熱狂の空間となっていた。なお、後者ではザキール・フセインの弟子であるU-zhaanを含め、日本の音楽家とも共演している。ザキールをU-zhaanのTwitterとそれをまとめた著書『ムンバイなう』に出て来る理不尽なタブラ師匠として知ってしまったが、ECM Recordsにも『Making Music』(ECM1349)をはじめ、ヤン・ガルバレク、シャンカールらとの共演を含め多数の録音を行っていることを後から知ることになる。

神野秀雄

神野秀雄 Hideo Kanno 福島県出身。東京大学理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。保原中学校吹奏楽部でサックスを始め、福島高校ジャズ研から東京大学ジャズ研へ。『キース・ジャレット/マイ・ソング』を中学で聴いて以来のECMファン。Facebookグループ「ECM Fan Group in Japan - Jazz, Classic & Beyond」を主催。ECMファンの情報交換に活用していただければ幸いだ。

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