#10 三浦一馬(バンドネオン) × 岡本和也(ギター) 第2公演
Kaleidoscope 〜万華鏡〜
text by Takashi Tannnaka 淡中隆史
10/22(火) 14:00 紀尾井町サロンホール
Global Arts Presents
1.Cavatina / S.マイヤーズ
2.Summertime / G.ガーシュイン
3.The entertainer / S.ジョプリン
4.Estrellita / M.M.ポンセ
5.Garota de Ipanema / A.C.ジョピン
6.タンゴの歴史より Brldel-1900 Nightclub1960 /A. ピアソラ
7.Tanti anni prima /A. ピアソラ
8.タンゴ組曲より Ⅱ.Andante Ⅲ.Allegro / A.ピアソラ
9.Tico Tico / Z.アブレウ Enc. Pavane (Pour une infante defunte) / M.ラヴェル
10月22日13時過ぎ、紀尾井町サロンホールに向う。近くから聞こえる轟音は北の丸公園からの「即位礼正殿の儀」の礼砲だった。 1990年生まれの三浦一馬の音楽を聴くようになって10年近くたつ。長いキャリアを持っているようで、まだ20代の三浦一馬。キンテートの僚友、岡本和也 (ギター)と二人だけの「サロンコンサート」だ。完全にアコースティックなクラシック環境、80席のサロンホールではいつになくリラックスした表情の演奏を間近に聴くことができた。2018年のアルバム『リベルタンゴ』(Libertango King records)のリリースにともなう一連のライブとコンサート、室内オーケストラ「東京グランド・ソロイスツ」の公演に通っているが、それらで聴けない「デュオ」というコンセプトに強く惹かれるものがあった。 10年ほど前、二十歳の一馬君と横浜のコンサートで話した時の印象的な会話を今もおぼえている。
O.「三浦さんはこれからどんなアルバムを作りたいの?」
A.「今、すぐじゃないのですけど、いつかバッハのゴルトベルクを自分のアレンジでレコーディングしてみたいんです」
記憶は少しあやしい。そして、本人も、もう忘れてしまったかもしれないけれど。この「将来の希望」の発言はとても意外で、新鮮でもあった。「ゴルトベルクの話」は今でも私の三浦一馬像の核心として心に残っている。そうだ、いつか三浦一馬と一緒に「ゴルトベルク」のアルバムをつくる機会を共有できるかもしれない。せめて本人に「あの時そんなこと言ってましたよ」と伝えることならできる。きっと、グールドや清水靖晃ともちがった彼にしかできないバッハが生まれそうだ。と、考えたのだ。
ライブはいつになくリラックスした独特の雰囲気の中で進んだ。大きく「北米、中米、南米」の音楽を俯瞰してガーシュイン、スコット・ジョプリン、ポンセ、ジョビンと「アメリカ」を北から南にゆっくり縦断して最後にピアソラに至る展開だ。もちろん、後半のピアソラが初めから用意された「おち」であることは言うまでもない。アサド兄弟の二本のギターのためにピアソラが作曲した超難曲「タンゴ組曲」は三浦一馬がギターとバンドネオンのためにリアレンジしたものだ。2009年に彼の実質的なファースト・アルバムでレコーディングされて早くも10年が経つ。アサド兄弟の鬼気迫るふたつの録音(NONESUCH)は美しい。しかし、初めてこの曲を、三浦一馬のアレンジできいた人は必ずこのバージョンがオリジナルだと思うはず。それほど自然なションができるのが彼の音楽だ。
「タンゴの歴史」も同じようにフルートとギターをバンドネオンとギターに「組み替えて」いる。こういった「再構成」にこそ三浦一馬の本質が表れているし、オリジナルと同じ楽器編成の曲であっても彼の音楽のつくりかたはトランスクリプトすることに変わりはないと思う。
「未完のゴルトベルクの話」から現在までの10年間、ピアソラを中心にめぐってきた彼には明確な「終着点」が見据えられているのがわかる。彼の日々の音楽活動はその目的に近づくためにあるのだ、とも思う。こんなアーティストを長いスパンでリアルタイムにみていけるのは楽しいことです。
三浦一馬は「ピアソラ没後に生まれた」世代を代表する音楽観を持っている。ピアソラを古典としてとらえて「後継者」になどなろうとしない。ピアソラを突き詰めて考えて、解体して譜面的、アレンジ的に再構成して演奏する。ピアソラの後継者、継承者としてではなく、偉大な過去の音楽家として「譜面」として理解をして未来を構成していく。そういったあり方には「クラシック音楽の方法だ」と受け止められがちだ。また「ピアソラの精神を継いで」追求することが正しいのでは?と言う反論が準備されているはずだ。
日本では小松亮太こそがその継承者のポジションに立っていると思う。
現時点ではピアソラの音楽は彼と活動を共にした、いまだに「直系の弟子」達も実在して活動している。かつて、コルトレーンと音楽を共有したマッコイ・タイナーもファラオ・サンダースも師の音楽を今でも布教している。それと同じくパブロ・シーグレルはしばしば日本を訪れて、日本人のミュージシャン達とバンドを編成して「布教活動」を行なっている。もちろん素晴らしい、でも何かおかしい、と感じるときもある。
一馬君のピアソラへの対し方はあくまでこの偉大な音楽への礼節をわきまえたものだ。次世代の若者によって再発見されたピアソラ像がなんと瑞々しい香気に満ちていることか。
実質的なデビューアルバムである『タンゴ・スイート』(Tango Suite 2009)からすでにその視点は明快だった。「Las Estaciones/ブエノスアイレスの四季」(2011)から「リベルタンゴ」(2018)までを辿っていくとその過程は一目瞭然で「その先」には何がひらけているのかがはっきりわかる。こんな若いアーティストと「未来のピアソラ演奏史」を共有できるような気持ちになる。
その三浦一馬はいよいよバッハを中心とするプログラムに挑戦することになった。
2020年、「バッハのプラン」は現実に一歩近づきつつある。