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R.I.P. ライル・メイズNo. 263

ありがとう、ライル・メイズ by 新澤健一郎

text by Ken’ichiro Shinzawa 新澤健一郎

ライル・メイズの突然の訃報に呆然としている。僕は Pat Metheny Group(以下PMG)が来日する時は可能な限り行っていた。あの理路整然とした生演奏に心を躍らせることがもう出来ないかと思うととても残念だ。

ライル、ありがとう。あなたから沢山の宝物をいただきました。

一度お会いしたかったです。

■多くのミュージシャンに間接的に影響を与え続けたキーボーディスト

ライル・メイズほどそのプレイスタイルを間接的なかたちで様々なミュージシャンに影響を与え続けた人もいないようにおもう。ピアノに美しくブレンドするシンセパッド。意識的にも無意識的にも多くのキーボーディストや音楽作品に反映されていると感じる。無意識的とは乱暴な言い方をすればライルのファンでなくてもこの音楽スタイルは採り入れているということだ。この影響の輪の大きさには驚くべきものがある。次にライルのトレードマークである笛の音。こちらは特徴がはっきりしていて他のミュージシャンは採り入れるのに躊躇する類だとおもう。この二つがライルのシンセサイザーでは特筆だった。さらに言えばあのチープとも言えるオルガンやどこか気品のあるブラスも僕は好きだった。

確かにライルはシンセでソロをとらない。必ずピアノだ。これはシンセサイザーを積極的に使うキーボーディストには珍しい。ライルのステージでのキーボード・セッティングも必然的にピアノの左側に主要なシンセが並ぶ。よく見られる並びとは左右が逆なのだ。左手でシンセ・パッド、右手でピアノを奏でるのがライルの基本のスタイルだった。

ライルの鍵盤のコントロールの精密さにも触れておこう。ピアノはもとより、シンセサイザーについても見事としか言いようがない。これは明らかにピアノの延長では弾いていない。アタマの中で鳴っている音楽をシンセサイザーでどう引っ張り出すかに集中しているようにおもう。引退間際に収録された Spectrasonics のデモ演奏を見てもため息が出る。

■「Offramp」と「The First Circle」

僕はライル・メイズの全作品を網羅するような聴き方はしていなかった。だけどアルバム「Offramp」は聴きまくった。ECMの匠 Jan Erik Kongshaug の録音とミックスであることも大きい。僕がレコーディング・スタジオやマスタリング・スタジオに必ず持って行くリファレンスの一つだ。CDの波形を見てはレベルの突っ込み方も参考にしている。とにかく「いい音」なのだ。アルバム「Offramp」は音だけでなく内容も僕にとってはPMGの最高傑作だ。「James」からそれに続く「The Bat Part2」への流れが大好きだ。あれを夕暮れのリスニング・ルームで聴くのが僕の極上時間のひとつなんだとおもう。「The Bat Part2」でエフェクティブなビリンバウを使った Nana Vasconcelos もこれを録った Jan Erik Kongshaug も天に召されてしまった。ライルと言えば端正なピアノ・ソロが注目されるがフリーフォームの煌めきも大きな魅力だとおもう。アルバムタイトル曲「Offramp」での混沌とした世界からグロッケンとピアノの即興への目の覚めるような場面転換を改めて聴いていただきたい。アルバム「Quartet」に収録の「Montevideo」の冒頭とエンディングでは内部奏法をやっているようにも聴こえる。

楽曲「The First Circle」の魅力にも僕は心酔した。自分でもダブルピアノ、カルテット、ビックバンドと様々な編成で弾いてライル・メイズ探求において欠かせない曲となっていた。あの水面(みなも)に滴を一滴ずつ落としていくようなピアノ・ソロの音色とプレイは色褪せずに僕をわくわくさせてくれる。

■客観的な音楽づくりという態度

JazzTokyo 2月のヒロ・ホンシュク氏の追悼記事を読んで、ライルの音楽づくりのスタンスが客観的なものであったことに感銘を受けている。『彼にとっての音楽はタスクであり、感情移入するものではない。』PMGの精密なアンサンブルが繰り広げられる中で、アドリブ・ソロでは特にエモーショナルに聴こえる部分も数多くあり、どういう気持ちでライルがピアノに向かっていたのかには興味があった。客観的なものには時代を超える強さがある。芸術への基本的態度として必要だとおもう。その永遠の宇宙の法則に触れた聴き手の中にエモーショナルなものが巻き起こるのだ。その態度をライルの言葉で目にしたことで僕の宝物がまたひとつ増えた。

ありがとう、ライル・メイズ。


新澤健一郎 Ken’ichiro Shinzawa
ピアノ・キーボード奏者・作曲家・編曲家

1968年4月3日東京生まれ。6歳よりピアノを学ぶが東京工業大学大学院建築学専攻修士課程を修了。ピアノと作曲がやめられず、ジャズ、フュージョン、ブラジル音楽、ポップスなど様々な分野を手がける音楽家になる。「プリズム」で「クロスオーバー・ジャパン2004」などに出演。その後NHKピタゴラスイッチ「きょうのスレスレ」のピアノ、NHKドラマ「本棚食堂」の音楽、水樹奈々オーケストラ・コンサート、クリスハートxSMAP、映画「おいしい家族」(音楽:本多俊之)、NHK東京児童劇団、国際子ども図書館「絵本ギャラリー」など幅広い演奏と作品を手掛ける。共演者は森山威男、増尾好秋、渡辺香津美、本多俊之、櫻井哲夫、カルメン・マキ、早坂紗知、米川英之、本田雅人、今堀恒雄、平松加奈、大槻KALTA英宣、Gene Jackson、Eero Koivistoinen、Jukka Eskola、Timo Lassyなど。これまでに9枚のリーダー作CDを発表。ピアノトリオ「Perspective」「イチョウ五重奏団」「Nervio(ネルビオ)」のリーダー。 昭和音楽大学非常勤講師。

新澤健一郎YouTubeチャンネル

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