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R.I.P. エンニオ・モリコーネNo. 268

映画『ニュー・シネマ・パラダイス Nuovo Cinema Paradiso』

text by Sanae Nakayama 中山早苗

1988年イタリア
監督・脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ
製作:フランコ・クリスタルディ
出演:サルヴァトーレ・カシオ(少年期)マルコ・レオナルディ(青年期)ジャック・ぺラン (中年期)フィリップ・ノワレ他
音楽:エンニオ・モリコーネ
日本公開:1989年12月

ストーリー:
ローマ在住の映画監督・サルヴァトーレはある晩、故郷の母から電話で少年時代から親しくして いた映画技師のアルフレードが死んだことを告げられる。サルヴァトーレはベッドの中で、アル フレードと共に過ごした日々に思いを馳せていた。
第二次世界大戦終結から間もない頃、「トト」と呼ばれていた幼いサルヴァトーレ少年は、シチ リア島の僻地の村で母と妹と暮らしていた。父は出征したきり消息不明。当時、村の中心の広場 に面した教会を兼用した小さな映画館は、村の唯一の娯楽施設だった。
外界から隔絶された村人たちにとって、その映画館は村の外に通じるたった一つの窓だった。週 末になり、劇場で映写機が回り出すと、アメリカ映画の中で描かれる想像を超えた豊かさや、保 守的な村ではありえないロマンティックな男女関係など、目を丸くして見ている村人たちの前に 外の世界が映しだされた。新作の輸入映画が封切られる夜、村人たちは映画館に集まり、スク リーンに声援を送り、また本来あるべきラブシーンを教会の謹厳な司祭がカットさせた箇所で は、揃ってブーイングを鳴らすのだった。
映画に魅了されたトトは何度も映写室に入り込んでいた。映写技師のアルフレードはその度にト トを叱り付けながらも親近感を寄せ、トトは映写機の操作を見様見真似で覚え始める。ある晩、 映写中にフィルムの発火事故が発生し映画館は全焼。トトの必死の救助でアルフレードは一命を 取り留めたものの、火傷で視力を失った。やがて父親の戦死認定が下され、トトは新しく建て直 された映画館「新パラダイス座(Nuovo Cinema Paradiso)」で子供ながら映写技師として働 き、家計を支えるようになった。
年月が過ぎ、青年となったトトはムービーカメラを手に入れ、自分でも映画を撮影するようにな る。駅で見かけた美少女エレナとの初恋を経てトトは徴兵されるが、除隊後村に帰ると映写室に は別の男が座り、エレナは音信不通となっていた。落ち込むトトにアルフレードは「若いのだか ら外に出て道を探せ、村にいてはいけない、そして帰ってきてはいけない」と言いきかせる。 「人生はお前が観た映画とは違う、もっと困難なものだ!」。トトはその言葉通り、列車でロー マに向け旅立った。
それから30年。ローマで映画監督として成功し、中年となったトト=サルヴァトーレは、アルフ レードの葬儀に出席するため、年老いた母の待つ故郷の村に帰ってきた。そこで彼は「新パラダ イス座」がすでに閉館し、建物の解体も近いことを知る。サルヴァトーレはアルフレードが彼に 遺した形見を渡される。(劇場版)ーウィキペディア

この名作もモリコーネの音楽無くしてあれだけの成功はなかっただろうと、誰しも思うのではないだろうか。私の記憶に特に印象深く残るモリコーネ音楽作品は:Once upon a Time in America, The Untouchables, そしてこのNuovo Cinema Paradiso。
映画を初めて観た当時は、耳に入る音楽が素晴らしいと思いつつ、作曲家が誰かはあまり気に留めなかったが、あらためて、これらの音楽をモリコーネ氏が手掛けたことを考えるとその才能の凄さに本当に驚く。今回、これらの映画以外のモリコーネ作品をいくつか聴いてみたが、比べて聴いてみると映画によって全くスタイルが異なっている。氏のオーケストレーションの技術もさることながら、音楽的想像力の幅、大きさ、そして繊細さが映像とシンクロナイズされて感じられる。
モリコーネ氏は、映画音楽以外にも、室内楽曲を始め、クラシックな曲、また、多くの有名歌手のための曲も書いている。音楽学校では、作曲の他にトランペットを専攻し、在学中から映画音楽を専門に演奏するオーケストラで演奏していたそうだ。また、前衛的即興演奏のアンサンブルを結成し、60年代から70年代にかけて演奏活動もしていた。何ともはや音楽の趣向のあまりの広さに唯々驚くばかりだ。

さて、ニュー・シネマ・パラダイスの音楽について個人的見解ではあるが、コメントしておこう。 ところで筆者はこの映画の、173分の完全オリジナル版ではなく、123分の劇場公開版が好きである。主人公の大人になってからの人生まで描くストーリーよりも、あくまでもパラダイス座とアルフレードによって映画の虜になった少年−青年トトが、映画監督となった30年の後に村に戻り、亡くなったアルフレードと取り壊されるパラダイス座を見送るまでのバージョンの方が シンプルで素敵だと思う。

この映画のためにモリコーネが書いた主要メロディーは、4つあるかと考えられる。
メイン・テーマ(Cinema Paradiso-Main theme)、愛のテーマ(Love theme)、子供の時期のテー マ(Childhood)、そして大人に成長するテーマ(Maturity)

これらのテーマの旋律はストーリーの場面によりそれぞれ見事に、また繊細に変容する。それは異なった楽器編成で編曲されていることが多い。しかし、例えば、「子供の時期のテーマ」の優しく、 軽やかなメヌエット(3拍子)が、場面により、4拍子の、低音弦楽器のリズムの効いた、快活 な楽曲のヴァージョンとしても聞かれる。ストーリーのあちこちでこのテーマが流れるが、最後のクロージング・クレジットでも、メイン・テーマではなく、この楽曲が使われている。
これらのような編曲の手法は特に珍しくはないだろう。ただ、映画の中で流れるどの楽曲も主人公、トトの気持ちや感情に不思議と寄り添わせてくれる。また、シーン毎の空気が漂って来る。 これは、「モリコーネ・マジック」とでも言えるのではないだろうか。

「メイン・テーマ」はパラダイス座に関連したシーンに限られて流れる。映画のオープニングでは、出演者や関係者のクレジットとともにまずストリングスとピアノでメイン・テーマが流れ始め、間もなくサックスがメロディーを受け継ぐ。このサックスの音がここでは、なんとなくこの小さな村ののんびりした雰囲気を表し、また、主人公の後の初恋の行方を物語るかのようにどこか物悲しくも聞こえる。
「大人に成長するテーマ」もいくつかの場面で効果的に流れる。弦楽器の温かい響きに包まれて 美しいメロディがギターによって奏でられる。この楽曲もシーンにより重厚なストリングスとチェロ、またはホルンによるメロディが聞かれる。
「愛のテーマ」は青年トトが恋に落ちて初めて耳に入る。トトはエレナの心を射止めようと来る日も来る日も、夜、彼女の窓の下で待っていたが、半年ほど経った大晦日の夜、やはり彼女は自分の愛を受け入れられないのだと諦め、年明けの花火が放たれる中を映画館へと帰って行く。ここで「愛のテーマ」のメロディが、淋しくクラリネットによってそしてフルートによって奏でられる。トトが映写室に戻ったところへエレナが現れ、「愛のテーマ」が徐々にフル・オーケストラの力強く、 豊かな響きへと発展する。恋の始まりである。
ストーリーの最後に再びこのテーマが流れる。ローマに戻った映画監督トトが、形見としてアルフレードが残してくれた、昔は上映が禁じられていた数々のキス・シーンのフィルムを見ながら感動する場面で、筆者は決まってなぜか映画の中のトトと一緒にいつも泣けてくるのである。
心の奥まで染み入る温かいものを感じさせてくれる「モリコーネ・マジック」は、氏の持つ作曲テクニックや才能だけの賜物ではないと思う。それは、エンニオ・モリコーネ自身の人間性の現れではないだろうか。

*Ennio Morricone – Cinema Paradiso (The Original Soundtrack) を Youtube で検索するとそれぞれのテーマ曲を聴くことが出来る。

*「メイン・テーマ」と「愛のテーマ」は、多くのミュージシャンによって様々なスタイルで演奏されている。


Cinema Paradiso – Love theme
Pat Metheny & Charlie Haden


Kyle Eastwood, Electric Bass & Andrew McCormack, Piano


Anita Gravine, Vocal

Cinema Paradiso Cinema Paradiso by Chris Botti and Yo-Yo Ma

 

中山 早苗

中山早苗 Sanae Nakayama フルート奏者。アメリカとドイツの音楽大学で学ぶ。国内外の音楽コンクールの優勝、入賞歴あり。元武蔵野音楽大学助教授。局所性ジストニアにより10年以上音楽活動を中断。近年、ジャパン・ジャズ・フルート・ビッグバンドのメンバーとしてこっそり再起を図ろうとしている。

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