近藤等則 自筆履歴書

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photo by Toshiro Kuwabara 桑原敏朗

近藤等則 自筆略歴

1948年、愛媛県今治市に生まれる。中学に入学し、ブラバン部にてトランペットを吹き始める。今治西高入学後も継続。夏の高校野球予選決勝、9回の裏2アウト満塁、攻めるは西高。この瞬間にこそ練習を重ねてきたブラバンは全ての楽器を投げ出して「デットボール」の大合唱。部長であった近藤は、その責任からか先頭を切って叫びまくる。今も尚、この基本的態度は変わることない...。
京大卒業と同時に上京。梅津和時(生活向上委員会創始者であり、RCサクセションとの共演でも有名)、土取利行(現在フランス前衛演劇の旗手ピーター・ブルックの音楽監督)と近藤トリオを結成。山下洋輔、浅川マキの他、来日ミュージシャンと共演。レコーディングを行うなどして、78年渡米。毎年4ヶ月程は欧米で演奏し続ける他、海外ミュージシャンの招聘活動も積極的に行い、その数はのべ23名にも達する。特に82年には、オランダを拠点にするインターナショナルグループ「ICPオーケストラ」を招く。

近藤等則 自筆履歴書

1948.12.15 愛媛県今治市に生まれる。
1961.4 中学入学。ブラスバンド部にてトランペットを吹き始める。
1964.4 今治西高入学。ブラスバンドを続ける。
1967.4 京都大学工学部入学。モダンジャズ・クラブにてジャズを演奏しはじめる。
1970.1~6 大阪「インタープレイ・ハチ」にて西山満(B)、久保利雄(Ds)と最初のプロ・ミュージシャンとの演奏。
1972.3 京都大学文学部卒業と同時に土取利行(Ds)と共に上京。秋から「ピットイン・ティールーム」にてデュオで演奏開始。フリージャズだった。
1973春 「近藤俊則トリオ」結成。メンバーには梅津和時(As)、土取。新体道を稽古しはじめる。
1974夏 梅津渡米し、徳弘崇(B)加入。
1975.7 高木元輝(Ts)、豊住芳三郎(Ds)、土取、徳弘と共に「エボルーション・アンサンブル・ユニティ」(略称EEU)結成。間章 半夏舎と共にフリー・ジャズからフリー・インプロビゼイションへとむけて自主活動を開始。浅川マキの「灯ともる頃」に初レコーディング。
1976 ジェラルド大下グループ(オリバー・ジョンソン(Ds)、望月英明(B))に参加。EEUの他、山下洋輔、浅川マキ、阿部薫、小杉武久、吉沢元治と共演多し。
1977.4-5 ヨーロッパ行。「舞踏社」と共に、シシリーのインターナショナル・シアター・フェスティバル参加。そのあとパリで、スティーブ・レイシー、デレク・ベイリーと共演 (EEUで)。
1978.4 デレク・ベイリー(G)を日本に招き、各地で共演。
9 月 ニューヨークに行く(1979.8まで住む)。当地で多くのコンサート、レコーディングを行う、
例えば、
・ジョン・ゾーン(As)、ユージン・チャドボーン(G)、ポリー・ブラッドフィールド(Vln)と「400スタチューズ」作る。
・ミルフォード・グレイブス、ヒュー・グローバー(sax)とのトリオ
・レスター・ボウィひきいる50人以上のビッグ・グループ「ショー・ナフ・オーケストラ」での演奏(メンバー:ジャック・ディジョネット、アンソニー・ブラクストン、ジョージ・ルイス、フレッド・ホプキンス、ロスコー・ミッチェル、 etc)
・杉山和紀とマイナー・レーベル「ベローズ」設立
・ビリー・バング (vln) らとのジャズ演奏
・フレッド・フリス(G)、スティーヴ・ベレスフォード、チャドボーンらとの「2000スタチューズ」でのフリー・インプロビゼーション、フリー・ロック
1979.2 カナダ・トロントのミュージック。ギャラリーでのヘンリー・カイザー(G)、ジョン・オズワルド (As)との演奏
3-4 月 2ヶ月、チャドボーンとヨーロッパ演奏旅行。ロンドン、パリ、アムステルダム、西ドイツ、イタリア各地、多くのヨーロッパのミュージシャンと出会う。
7月 チャドボーンとアメリカ南部演奏旅行
8月 ロンドンでデレク・ベイリーの主催する「カンパニー」で、デレク、ポール・ラザフォード(Tb)と共演。その後、日本に帰る。
9月下旬-10月上旬 2週間、ヘンリー・カイザー(G)とデュオで日本ツアー
10月-11月 2ヶ月、ヨーロッパ演奏旅行 。ジョン・ラッセル(G)、ロジャー・ターナー(Ds)、バレスフォード、トリスタン・ホンジンガー(cello)、ジャーン・バージン(sax)、ケーティ・ダリク(Dance)、ミシャ・メンゲルベルク(p)、ハン・ベニンク(Ds)、デレク、ペーター・ブロッツマン(sax)等と共演。主なコンサートはアムステルダムで「ICP theatre」、ベルリンでの「Free Music Meeting」フェスティバル等。
12月 浅川マキと文芸座(以降、マキのコンサートに数多く出演)。日本の若手フリー・インプロバイザーと共演開始。1980.4 ハン・ベニンク、ペーター・ブロッツマンを招き、高木、吉沢と共に日本ツアー。
3月 ポール・ロバンス (Ds)を招き、河野優彦 (Tb)と共にツアー。
4月末-6月上旬 ヨーロッパ・ニューヨーク演奏旅行、イギリス各都市ツアー他。
上記のミュージシャン達とニューヨークではフレッド・フリス、ヘンリー・カイザー、ビル・ラズウェル(B)、フレッド・マー (Ds)とロック「ワールド・マッド・ミュージック」コンサート。
7月 ユージン・チャドボーンとデュオで日本ツアー。
10月-11月 2ヶ月、アメリカ、ヨーロッパ演奏旅行アメリカ西海岸(ロス、サンフランシスコ、バークレー、サンタクルーズ、サンノゼ)でヘンリー、グレッグ・グッドマン(P)と。サンフランシスコで「インターナショナル・インプロバイズド・ミュージック・フェスティバル」(デレク、エヴァン・パーカー(sax)、ロバ・サクソフォン。カルテットetc)NAMEというロックバンドとSFで。
西ドイツ「アーヘン・フリー・ミュージック・フェスティバル」でポール・ロバンス等と。
オランダの「ICPオーケストラ」に参加。ミシャ、ハンとトリオで、トリスタン・ホンジンガー等とフリー・インプロビゼーション。
1980.12 トリスタン・ホンジンガー、シャーン・バージン、ケーティ・ダルクを招き、日本ツアー。音だけでなく、会話、身振り、ダンス、顔、物をつかったパフォーマンスを行う。マキと文芸座。
1981.1 河野優彦(Tb)、羽野昌ニ(Ds)とグループを作る。
2 月 浅川マキと「アケタ」で。
5月中旬-6月末 ヨーロッパ演奏旅行。
ロンドンで「カンパニー」、西ドイツ「メールス・インターナショナル・ニュー・ジャズ・フェスティバル」にヘンリー、ロバ達と。イタリア「ピサ・インターナショナル・ミュージック・フェスティバル」にミルフォードとデュオ。ブロッツマンととデュオ。
7月 マキと各地で。フレッド・フリスとDUOで。
8月 ポール・ロバンス、ビリー・バング、河野と共に「ミュージック・ツアー1981ジャパン」と題して、日本各地で演奏。
8月 中国、上海等に遊ぶ。
9月中旬-11月中旬 ヨーロッパ・アメリカ演奏旅行。
アムスの「ミカリー・シアター」でトリスタン達とミュージック・シアター制作。
ニューヨークで「ワールド・マッド・ミュージック II」etc、西ドイツで「アーヘン・フリー・ミュージック・フェスティバル」。ペーター・ブロッツマン9tetでベルリン「フリー・ミュージック・ミーティング」フェスティバル他、西ドイツ各都市。

1982 予定
4月 
フォルニアでフレッド・フリス、ヘンリー・カイザー、ジョン・フレンチ(キャプテン・ビーフハートのドラマー)とロックのレコード制作。
5月 ミシャ・メンゲルベルクとICPオーケストラを招く。
5月20日-6月末  ヨーロッパ行。「グローブ・ユニティ・オーケストラ」とフランス・ツアー。ポール・ロバンス、ヨハネス・バウアー (tb)と東ドイツ・ハンガリーで演奏。
浅川マキとのレコーディング・日本人ミュージシャンとグループを作りたい。
ソロ活動。.....。△□○↗︎

*資料提供:橋本達也

稲岡邦彌

稲岡邦弥 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。音楽プロデューサー。著書に『改訂増補版 ECMの真実』編著に『ECM catalog』(以上、河出書房新社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。Jazz Tokyo編集長。 https://www.facebook.com/kenny.inaoka?fref=ts

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