#02 『浦邊雅祥 / Mobilis in Mobili』

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text by 剛田武 Takeshi Goda

3LP Box Set : An’archives ‎– [An’21]

A Tokyo 2018
B Tokyo 2018
C Yokohama 2017
D Okinawa 2017
E Yokohama 2016
F Yokohama 2016

Masayoshi Urabe : alto saxophone & others

All recordings & great assistance by Yuri Ishida

Slipcase and silk-screening by Alan Sherry
Original artwork partially adapted from drawings by Iris Nguyen Duc Long
Masayoshi Urabe & Yuri Ishida original pictures by Michel Henritzi

Inspiration, help & thanks : Michel Henritzi, Iris Nguyen Duc Long, Jon Dale , Jean Noel Rebilly, Ikeezumi Hideo & Alan Sherry

An’archives official website

独奏音楽の深みに嵌る禁断の喜びに満ちたパンドラの匣。

フランスのAn’archivesレーベルからリリースされた、アルトサックス奏者・浦邊雅祥のソロ演奏を集めた三枚組LPボックス。シルク刷りの木箱スリップケース仕様、インサートと6枚のポストカード付属の美術品のような造りの逸品である。これまで数多くの日本のアンダーグラウンド音楽を美麗な装丁でリリースしてきたこのレーベルの美学の粋を極めた集大成と言えるだろう。日本では知る人ぞ知る存在の浦邊だが、海外での評価はとても高く、故・生悦住英夫から聞いた話では、イギリス人の音楽研究家から(生悦住が設立した)PSFレコードの最大の功績は、ハイライズや灰野敬二よりも浦邊雅祥を世に出したことだ、と言われたことがあるという。実際に1996年にPSFからアルバム『浦邊雅祥ソロ』がリリースされるまでほとんど誰にも知られていなかった浦邊のあまりに独創的な演奏は、人によっては拒否反応を催すであろうほど、畸形的で猟奇的な世界である。筆者が初めて観たのは2003年頃、法政大学学生会館大ホールだった。広いステージの真ん中でもがき苦しむように身を捩らせて、アルトサックスから断末魔の叫びをあげる浦邊の鬼のような形相は、他の地下音楽や即興演奏家とは異質の不可知な体験として残っている。それ以降、何度か彼のパフォーマンスを体験したが、そのたびに感動とも戸惑いとも言えない不思議な気持ちに絡み取られる。2013年12月15日に池の上GARI GARIで観たライヴの印象を筆者はブログにこう綴っている。

『サックス・インプロヴァイザーとしては、他の追随を許さない不動の存在。小柄な身体全体から絞り出す情念は、浦邊の身も心も引き攣るような四肢の軌道を眼前にした時、最大のインパクトを発揮する。楽器があろうと無かろうと、その呪縛力に違いは無い。重い鎖を身に打ち付ける。殴り掛かるように客席に乱入する。犠牲者の頭を舐めんばかりに抱え離さない。畸形のギターを貢ぎ物のように掲げ持つ。ハーモニカで弦を擦り、鋭利な金属音で軋ませる。口の端で銜えたマウスピースが悲鳴を上げる。一挙一動が連続写真のように網膜に刻まれ、メタリックな音響が鼓膜に突き刺さる。ガリガリという魔境に於いても浦邊の肉体は特異であった。』

活動歴を考えると、橋本孝之、川島誠、望月治孝といった非ジャズ・アルトサックス・インプロヴァイザーたちの先輩格と呼べるかもしれないが、存在としては異星人の如く全く別の地平に立っている。浦邊にとって音の鳴り方と魂の震え方に違いはない。両者が同じ振動で波打つことが、浦邊雅祥の音楽の魅力であり怖さなのだと思う。アルバム・タイトルの『Mobilis in Mobili』とは、浦邊の愛読書であるジュール・ヴェルヌの小説『海底二万里』のノーチラス号の船内に掲げられているラテン語の銘句から取られている。「動中の動」「動く環境の中の動き」「変化を以って変化をもたらす」といった意味だが、この3枚のレコードに刻まれた音像は、演奏する姿が見えないが故に、浦邊の肉体とライヴ会場の空気の動きが生々しく伝わり、その振動で聴き手の心が激しく波打つのだから、言いえて妙というほかない。最後の面(Side F)に収められた詠唱の美しさには、今年置き去りにせざるを得なかったすべての希望の光が集約されている。世界唯一の独創的な独奏音楽の深みに嵌って年越しするには最高の玉手箱、というよりパンドラの匣に違いない。(2020年12月23日記)

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。会社勤務の傍ら「地下ブロガー」として活動する。近刊『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。 ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰

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