#08 藤山裕子・谷中秀治
2020年11月22日(日)金沢もっきりや
text by Keita Konda 根田恵多
藤山裕子 – Piano, Voice
谷中秀治 – Bass
ニューヨーク在住のピアニスト藤山が日本ツアーを行い、金沢もっきりやで富山在住のベーシスト谷中と共演した。藤山は、渡米後にたまたまジェローム・クーパーの部屋から漏れ聞こえてきたセシル・テイラーのピアノに衝撃を受け、「洗脳」されて即興音楽の演奏活動を開始したという。谷中も11年間の在米経験があり、ロイ・キャンベルやレジー・ニコルソンらとサブウェイなどで演奏活動を行っていたそうである。
1stセットは、谷川俊太郎の詩「悲しみは」の朗読を含む演奏から始まった。続いて「アメリカ」をテーマとするデュオ演奏が行われ、2人は自由に、大胆に、お互いの響きを重ねていったが、演奏を終えるタイミングについて「ズレ」が生じた(藤山が思っていたよりも早く谷中が演奏を終えたらしい)。アクシデント的にではあるが、即興音楽特有の生々しさが立ち現れた瞬間であった。そして、谷中が流れを徐々に大きく、速くしていくようなベースソロ演奏を行った後、藤山によるソロ演奏が行われた。藤山は「すみません、ピアノ、大切にします」と断ってから、マレットを用いてピアノの各部を叩き、こすり、残響を拡げていった。
休憩時間に藤山に声をかけた。藤山は多くのフリージャズの巨匠たちと共演してきたが、「グルーヴが命のフリージャズの世界は、自分にとっては“何か違うな”と思っていた」と、自由な即興音楽への思いを語った。そして、「ジャズとは違う“間”を持っている人」としてグラハム・ヘインズらの名前を挙げ、ロスコー・ミッチェルが長年のアイドルであると打ち明けてくれた。
2ndセットでも、谷川俊太郎の詩(「くりかえす」)の朗読を含む演奏がなされた。藤山の発する「言葉」と「音」が響き合うことで、独特な空気感が生み出されていった。藤山はピアノだけでなく、フロアタムを用いた即興演奏も行った。激情に走ることなく、やわらかく音を積み重ねていく様子が印象に残った。最後に、藤山による解説の後に、“3 piece suits”が演奏された。これは、いくつかのルールの下で行われる対等な即興演奏によって3つの短い曲を作り上げるというものである。①最初の曲と2つ目の曲については、2人のどちらから演奏を始めるかを決めておく。②演奏を始めた方の「色」で即興演奏を行い、流れのある短い曲を作る。③各曲の間に「完全な沈黙complete silence」を入れる。④3曲目は、どちらから演奏を始めるか決めず、先に音を出した方の「色」で演奏する。⑤同じ「色」の曲は続けない。藤山は、この3 piece suitsで「サイレンスの後の音を出す瞬間」が「たまらなく好き」だという。2人がどんな「色」をイメージしているのか想像しながら聴くことで、観客が演奏者の意識と疑似的に一体化するような、不思議な聴取体験を得ることができた。
最後に藤山は、「フリーインプロは子どもの心さえあれば誰でもできる音楽。ぜひ一度トライしてみてほしい」と語った。その言葉の通りに、自由な即興演奏を心から楽しんでいるような藤山の姿が強く印象に残ったライブであった。