私の中のチック・コリア by pianist 塩谷 哲

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Text by Satoru Shionoya 塩谷 哲

チック・コリア氏とは楽屋挨拶をするくらいで直接の交流はありませんでした。が、小曽根 真 氏の話を通じて彼のことをとても身近に感じていました。間違いなく歴史に名を残すレジェンドであるにも拘わらず、何故か(勝手に)父親のように親しみを感じていたのは、やはり彼の人としての大きさ、優しさがその言動そして音楽から溢れ出ていたからだと思います。

正直に言いますと、若い頃の自分にとって、チックの音楽はちょっと頭脳的過ぎるイメージがあり、そんなにドップリと傾倒することはありませんでした。むしろキース・ジャレットの本能の叫びのような表現スタイルに魅力を感じていたのです。
<スペイン>という名曲も当時の自分にはあまりにスタンダード過ぎて、ちょっと演奏するのも恥ずかしいかも、なんていう感覚で...本当に失礼な話...。若いって、恐ろしいものです。

Play

もちろん彼のピアノやキーボードの演奏、そして完璧なまでの音楽のエッセンスは、知らず知らずのうちに深く自分の感性に入り込んでいたのですが、本当の意味で彼の存在にノックアウトされたのは意外にも彼のキャリアからすればかなり後年の、ボビー・マクファーリンとのデュオででした。1990年のライブを収録した『Play』(日本盤では『スペイン』)というアルバムを聴いて、ボビーの超人的なヴォイスに耳を奪われながらも、それに呼応して本当に自由に豊潤に、まるでマジックでも見ているかのように神秘的にピアノを、いや音楽を操るチック・コリアに、開いた口が塞がりませんでした。気が付けば笑っていました。...人って、本当に凄いものを見たり聴いたりするとニタニタ笑ってしまうものですね。
そしてこのアルバム(つまりコンサート)全体には紛れもなく “Joy” が溢れていました。アルバムタイトルを『Play』としたのも納得です。但し上辺だけの「楽しさ」ではなく、音楽の目指すべき究極の到達点にこそ本当の意味での「楽しさ」があるということを、このアルバムは教えてくれています。

そうなれば次は自分でもやってみたくなります。ちょうどその頃、Sing Like Talking の佐藤竹善と出会って意気投合し、(塩谷と佐藤、ということで)SALT & SUGARというデュオ・ユニットを始めようということになったのですが、その時実は、二人でこのアルバムを聴いて大いに刺激を受けて、こんな風にできたら最高だろうね、と二人の間で共通の夢ができたことが大きなきっかけだったのです。

また東京芸術劇場が2015年から18年まで開催した「N響ジャズ」という企画に出演(私は2017年、2018年の2回)した折りには、ジョン・アクセルロッドの指揮で、チック氏の<ラ・フィエスタ>(ティム・ガーランド編)を演奏しました。記念すべきNHK交響楽団との初共演がチックの曲、という事実は個人的な想い出として一生忘れないことでしょう。


L+R:「N響ジャズ 2017」ジョン・アクセルロッド指揮 NHK交響楽団 Photo: Hikaru.☆ (Hikaru Hoshi)

このように私の音楽人生の節々にチック・コリア氏はひょっこり顔を出し、その都度進むべき道を示してくれていたのです。それは大いに私を励まし、背中を押す力になりました。そして彼の音楽を通じて、真摯に何事にも向き合うことの大切さを、今も、そしてこれからもずっと、私だけでなく沢山のミュージシャンに教え続けてくれることでしょう。

チック・コリア。本当の伝説になってしまうなんて、まだ信じられませんが、彼の残してくれた音楽の財産を大切に、感謝して、音楽を続けていこう、と強く思います。チックさん、本当にありがとう。天国でゆっくり休んでくださいね。

塩谷哲

【参考】
N響JAZZ at 芸劇 2017 (塩谷 哲、ジョン・アクセルロッド指揮 NHK交響楽団)
N響JAZZ at 芸劇 2018 (塩谷 哲、ジョン・アクセルロッド指揮 NHK交響楽団)
SALT & SUGAR Live Tour 2021 〜2021年5月29日(土) 16:00 オリンパスホール八王子(4/1よりJ:COMホール八王子に)
Lyle Mays 〜音楽世界における Einstein 〜が遺した財産 by 塩谷 哲


塩谷 哲 Satoru Shionoya – ピアニスト/作・編曲家/プロデューサー/国立音楽大学准教授
東京藝術大学作曲科出身。在学中より10年に渡りオルケスタ・デ・ラ・ルスのピアニストとして活動(1993年国連平和賞受賞、1995年米グラミー賞ノミネート)、並行してソロアーティストとして現在まで12枚のオリジナルアルバムを発表する。
自身のグループの他、小曽根真(p)との共演、佐藤竹善(vo)との”SALT & SUGAR”や上妻宏光(三味線)との”AGA-SHIO”の活動、リチャード・ストルツマン(cla)、渡辺貞夫(sax)、村治佳織(g)、古澤巌(vln)ほか多数のコラボレート、Bunkamuraオーチャードホール主催のコンサートシリーズ「COOL CLASSICS」(99年~01年)のプロデュース、オーケストラとの共演 (2017年大阪交響楽団、2017,18年NHK交響楽団)等、活動のジャンル・形態は多岐に渡る。
近年は絢香のサウンドプロデュースに参加。メディアではNHK「名曲アルバム」にオーケストラ・アレンジを提供する他、NHK Eテレ『趣味Do楽“塩谷哲のリズムでピアノ”』(2014年)、フジテレビ系ドラマ『無痛-診える眼-』(2015年)、現在はNHK Eテレ音楽パペットバラエティー番組『コレナンデ商会』(2016年~)の音楽を担当している。現在、国立音楽大学准教授。(敬称略) 公式ウェブサイト earthbeat-salt.com

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