運命の人 by 谷口卓也

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Text by Takuya Taniguchi 谷口卓也

ドイツ・ミュンヘンに住み始めて10年。光陰流水の如く、たくさんのかけがえのない思い出が目の前を通り過ぎていった感覚だ。その数々の思い出の中には、いつも彼の存在がある。

Walter Lang

彼との出逢いは20年前。私は当時まだ大学生で、和太鼓のプロ奏者を目指しながらも、右も左も分からない青二才だった。そんな時、地元福井県でドイツからツアーに来るジャズトリオとの共演の機会が舞い込んできた。私の師である林英哲氏が山下洋輔氏との共演を果たしている前例はあったものの、当時はヨーロピアンジャズと和太鼓の共演自体が珍しく、しかも福井にいながらにしてというのはまさに千載一遇のチャンスだった。とはいえ、英語もろくに話せない自分。聞けば彼らのCDはジャズ専門誌のSwing Journal でジャズディスク大賞を取っているというではないか。大きなプレッシャーの中、私はこの好機を捉えることにした。

「JAZZ TOKYO」をご利用になるジャズ愛好家の方々にとってはおそらく周知の事実に違いないだろうが、ツアーを組むミュージシャン達のスケジュールはとにかくタイトである。リハーサルは当日の本番前のみ。興奮と不安が渦まく中、彼らが会場にやって来た。あまりの緊張で今にも卒倒しそうな愚生とは対照的に、今にも鼻唄を口ずさむのではないかというほどリラックスした長躯の3人が現れた。
Walter Lang、Rick Hollander、Nicolas Thys だ。
その中でも、Walterの放つ雰囲気は、明るく、温かく、おおらかで、彼の存在は、一気にヨーロッパの風を運んで来たように感じさせた。

その日の演奏は、彼らの枠に囚われない柔軟な発想と包容力あるプレイに支えられて、コンサートは盛況の中無事終えることができ、音楽を心から楽しいと思えた瞬間を過ごせた。

それから、6年後。Walterがソロツアーで日本を再訪した際、今度はDuoで演奏する事ができた。その直後、Walterが「TAKUYA成長したな。ドイツでCDをレコーディングして、ツアーをしよう」と言って誘ってくれたのだ。

そして、今も私はドイツにいる。
彼との出逢いが無ければ、今の自分は無い。
私にとって運命の人、それがWalter Langだ。

旅立ってしまった彼の代わりになるモノはない…唯一無二の存在。後悔はしない生き方をと心に誓っているが、彼にはもっと成長した姿を見てもらって、感謝の気持ちを伝えたかった…。目を閉じれば、優しい笑顔と奏でる音が聞こえてくる。旅立っても尚、音楽の強さ、楽しさ、優しさ、儚さを教えてくれている。
ありがとう、運命の人…。

今を生きるアーティストとして、彼が誇りに思ってくれるような人生を、これからも歩んでいきたい。

Walter Lang & Takuya Taniguchi (Yuujou)
Saryu (Takuya Taniguchi)

Nomad (Walter Lang)


和太鼓奏者 谷口卓也 Taiko-ist TAKUYA
1983年生まれ。福井県出身。ドイツ・ミュンヘン在住。3歳から和太鼓に興味を持ち、小学校低学年で和太鼓集団「天龍太鼓」に入会、作曲および演奏活動を始める。1999年に「天龍太鼓」の指導者となり、2002年「天龍太鼓」のメンバーと共に「ウィーン世界青少年音楽祭」に招聘されウィーン市特別大賞を受賞。2003年、林 英哲の主宰する「英哲風雲の会」のオーディションに合格。以降、林英哲とともに国内外のイベントに出演。ソロとしても歌舞伎やヨーロピアンジャズ、津軽三味線などジャンルを超えたコラボレーションを展開し、和太鼓の枠にとらわれない新しいスタイルを創造し続けている。
2011年に渡独。現在はドイツの太鼓グループ「Drumaturgia」、そして「WPE(World Percussion Ensemble)」の主力メンバーとして、世界的な演奏活動を行っている。プロ活動開始から訪れた国の数は22 *を超え、世界的に見ても希少なソロの太鼓奏者としてますます活動の幅を広げる。作曲、音楽監督、オーケストラや現地ミュージシャンとの共演など、多岐に渡るオファーにも対応。ヨーロッパから日本の太鼓文化を広め、世界で活躍する日本人太鼓奏者としての地位を確立している。谷口卓也 公式ウェブサイト

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