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R.I.P. 松風鉱一No. 301

追悼 松風鉱一 by 三田晴夫(音楽プロデューサー)

4月1日、親しくさせて貰っていた二人のミュージシャンの訃報が続けて飛び込んできた。3月28日には天に召されていたという坂本龍一さんの訃報を見たのはネットニュースだった。僕なりに彼との思い出をfacebook に投稿した直後に松風鉱一さんの訃報を知り、愕然とした。

最後にお会いしたのは、1月9日に新宿ピットインでの水谷浩章 Phonolite with 荒木尚美のライブを聴いた時だった。
終演後に、メンバーたちと飲んでいたら、松風さんが早々に楽器を持って店を出ようとしたので、「あれ、もう帰るんですか?」と聞いたときに初めて癌を患っていることを知った。
ステージではそんな素振りもなくいつもと変わらずの演奏ぶりだったし、帰り際もニコニコして「じゃあね。」とばかりに手を振っていたのに…。
それから3か月も経たないうちの訃報であった。

僕が松風さんの名前を知ったのは、1977年にジャズ事務所 JamRiceに入った時だった。当時所属していたドラマー古澤良治郎さんが参加した松風さんのデビューアルバム『AT THE ROOM 427』が事務所に置いてあったからだ。
その後、JamRiceに所属するミュージシャンとの接点が多かった松風さんとは、ピットインやアケタの店などのライブハウスで良くお会いした。会うといつも笑顔で声を掛けてくれる気さくな人だった。

初めて仕事をしたのは、当時担当していた大野えりの3rdアルバムを大徳俊幸さんにプロデュースをお願いしていて、アルバム冒頭のヴォーカルがないイントロダクションで、アルト・フルートで参加して貰ったのが最初だったかと思う。フリューゲルに岡野等、バス・トロンボーンに佐藤春樹、バス・クラリネットに梅津和時、それに松風さんの4管の編成という、いわゆるスタジオ・ミュージシャンではない、いかにも大徳さんらしい人選だった。大野えりの仕事では、後に大徳俊幸(p)、グレッグ・リー(eb)、奥平真吾(ds)のトリオに植松孝夫(ts)、岡野等(tp)、佐藤春樹(tb)に松風さんの4管で北海道ツアーをしたこともあった。

松風さんの魅力は何と言ってもその艶やかな音色と一音一音に細やかに丁寧にニュアンスを付ける表現力で、オーソドックスなプレイからアバンギャルドなアプローチにも自然に自由に行き来出来るプレイ・スタイルも独自だったと思う。オリジナル楽曲や演奏には E.ドルフィーの影響を感じられ、特に浮遊感の在るフルートの演奏ではドルフィーの再来かと感じるものがあった。
生活向上員会や渋谷毅オーケストラでもそのマルチ・リードでバンドのサウンドを支えながら情感あるソロを展開していたことも印象的である。

僕がCM音楽制作をするようになってからは、サックス、フルート、クラリネットと様々な形で演奏をお願いするようになり、より親しく話しをするようになった。
ある時、息子さんの名前が有人 (アルト)君と知り、僕の兄の長男も同じ有人(アリト)で、兄もアマチュアながらアルトサックスとフルートをやっていたので、同じ発想だねーと大いに盛り上がった事が忘れられない。
CMでは、どの楽器でもどんなリクエストにも確かな技術と豊かな音色で対応して貰ったが、決してスタジオ・ミュージシャン然とはしない人柄が素敵だった。

御冥福をお祈りします。


三田晴夫 (みた はるお)
ジャズのマネージメント事務所(有)ジャムライスを経て、1985年にCM音楽を中心にした音楽制作会社(有)スーパーボーイを設立 (旧社名(有)四宝)。2009年にレコードレーベルTEOREMA、翌年にJUMP WORLDを立ち上げ、自らプロデューサーとしてジャズを中心にするも民謡からJ-POPまで幅広く制作している。
主な作品としては、2017年のteaのデビュー•アルバム「INTERSTELLAR 」がミュージック•ペンクラブの新人賞、2020年の宮本貴奈の「Wonderful World 」が同賞の最優秀作品賞を受賞。最新作は4月26日リリースのDouble Rainbow=小沼ようすけ×宮本貴奈の「After the Rain」。

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