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R.I.P. トリスタン・ホンジンガーNo. 305

追悼 トリスタン・ホンジンガー
「虚空遍歴 -ON THE ROAD」OFF NOTE 神谷一義

text by Kazuyoshi Kamiya 神谷一義

徒然に、反復する記憶の断章。

稀代のインプロヴァイザー /チェリスト・トリスタンホンジンガー逝く(2023年8月5日、イタリア・トリエステ市の病院にて末期肝臓癌のため永眠・享年73〕。一緒に旅した。幾晩も寝ずに語らった。雑魚寝もした。「俺はフォークミュージシャン。原点はウディガスリー、レッドベリー、ピートシーガー」、誇らしげに笑ったトリスタン。わが同時代のヴァガボンドよ。飛びゆく光に一杯の盃を献げよう。生死が潮の満干のようなものなら、寄せては返す生命の流れに沿って、いつかまた一緒に旅しよう。
トリスタン訃報届く一月半ほどまえの6月17日・土曜日、入谷なってるハウスでの原田依幸とのデュオに足を運んだ。久々に会ったトリスタンの腕のか細さに息を呑んだ。病魔は確実に彼の身体を蝕んでいたのだ。40日以上に亘る過密な来日ツアーは、余命を見据えた覚悟の為事だったのか。最後の最期までライブに身を晒し、瞬間を生き切る。その姿にインプロヴァイザー・トリスタンホンジンガーの矜持をみる。この夜の別れに最後の握手を交わしたとき、「もう会えないかもしれない」哀しみに胸を衝かれながら想った。トリスタンが全身全霊、生命燃やし灯してくれた燈りを抱いて生きてゆこう、と。
思えば、トリスタンが自身をフォークミュージシャンと規定したことは示唆的だ。トリスタンにとって即興演奏は予め喪われた民俗の記憶を、同時代に再生する時空跳躍機だっただろう。民俗の記憶の断片を手がかりに、世界記憶へ到る身体の回路を示してくれた。「私たちはみんな、フォークミュージックを演奏してるのさ」セロニアスモンクが若きボブディランに語った言葉をふたたび想起しよう。予め喪われた民俗の記憶を喚び覚ましつ、新たな共同性の在処を身体に探る音の道行きがフリージャズのレゾンデートルなら、フォークソングとジャズミュージック間の逕庭は俄かに消滅しよう(NYCダウンタウンにおける若きボブディラン歌うコーヒーハウスと、セシルテイラー奏するクラブが隣接していたほどに)。切れ切れの記憶の断片を繋ぎ合わせて、いままさに生きられつつあるこの同時代に、前未来の世界音楽地図をどう浮かび上がらせるか。トリスタンが生涯かけて追い求めた、生命の記憶を辿る音の旅はけして熄(や)まないだろう。
如是我聞。トリスタンホンジンガーは19歳のとき、兵役を遁れてアメリカから単身カナダに亡命した。それから欧州へ渡り、路上で演奏しながら各地を転々と放浪したという。トリスタンの漂泊は、自身の裡に眠る民俗の記憶、集団的無意識をひとつずつ覚醒する旅だっただろう。その遍歴の道すがら、出会えた幸運を深く噛みしめる。
たしかにトリスタンホンジンガーの即興演奏には、自身の内奥にふりつもる身体の記憶を辿るような趣があった。幼いころ、身と心に深く刻んだバッハはじめ西欧古典音楽の教養や、慣れ親しんだフォークロアの調べが、擦弦するごとにチェロから溢れ出す。トリスタンが示してくれた記憶の道標の先に何を見出せるか。それが残された私たちに課された宿題。そうだ、哀しみに暮れるいとまはない。彼が来た道をさらに往こう。
トリスタン生前、CD二作(『マージナル / 原田依幸 トリスタンホンジンガー』、『慟哭 / 鈴木勲 原田依幸 トリスタンホンジンガー』〕を制作する光栄に浴した。けれどもトリスタンは、レコードにあまり関心を示さなかった。演奏はつねに一回性を前提として、いまの瞬間を生き切る。ひたすら過程に奮迅することを求めただろう。が、同時代の記憶を記録する営為もまた、「花のような一瞬」を永遠に回帰せしめることを目的する。ああ、もっと英語が話せたらよかったな。話したいことはまだまだ山ほどあったのに…。

たとえば、絃の調べによって紡がれる民俗の呂律と記憶。弦楽器の調べは、世界記憶の流動する根基底を浮かび上がらせよう。弦楽器は絶えず声に寄り添って、魂を慰藉し鼓舞する。「ギターは最も心臓の近くで奏でられる楽器」とアタワルパユパンキ。風のフォルクロリスタが楽器を透して世界に触れるときの魂の在処を語った言葉。ならばチェロの中低域もまた、記憶の基層で蠢く歴史の鼓動を刻刻・哭哭とつたえるはず。いま、あらゆる民俗固有の絃音が協奏して織りなす世界記憶のめくるめく綴織・展開し転回する生命の交響詩を夢見る。さらに夢の趾に眼を凝らせば「謡の道」と重なって「絃の道」が仄見えてくるだろう。それは漂泊芸能の痕跡。弦楽器の糸は地球全体にはりめぐらされ、時空を超えたネットワークを形成しているように思える。言葉が絃に顫(ふる)わされて人々の魂に深々と共鳴するなら、たったいま発せられる夥しい、呟きや、呻きや、叫びや、歓声や、慟哭に寄り添いつ、一人びとりの魂と地球を赤い絲で結ぶ共生の弦楽奏・協奏曲、そして同時代交響楽の創造(夢想〕をトリスタンと共に協働し果たしたかった。
10月・島は夏だった…。トリスタン逝ってからもいっかな衰えぬ猛暑の最中、共に過ごした沖縄楽旅(2008年10月〕の日々を懐かしく憶い出す。「後進の音楽家たちに、即興演奏の作法を伝えてほしい」との要請を快諾してくれた。総勢30数名が寝食を共にして一週間余り。日常の挙措・振舞い凡てが音楽であることを身をもって示し、訓えてくれたトリスタン。彼が遺した音の魂魄は、居合わせた凡ての魂たちに、たったいまも眩い光を放ちつづけてやまぬ。そしてその音霊はやがてさらに、世界の魂一つひとつに協調し深甚と鳴り響き鳴り渡るだろう。

*沖縄・浦添groove にて 2008年10月
右から川下直広(ts〕トリスタンホンジンガー(vc〕船戸博史(b〕中尾勘二(ds〕
吉田悠樹:撮影

上掲6葉の写真:2008年10月 沖縄 中尾勘二:撮影

畢竟、人間の真価は何を為したかではない、何を為そうとしたかだ。インプロヴァイザー・トリスタンホンジンガーは即興演奏の過渡的表現に徹して自分自身を物語り、世界と相渉って、一瞬一瞬を十全に生き切った。最後の瞬間も悔いはなかったろう。安らかな旅立ちだったという。
人生の指標としてきた人が、一人またひとりと逝ってしまうのは辛く哀しい。もう永遠に協働の機会は訪れぬか。だが、刹那の表現や挙措にも魂魄宿り、音楽と詞に音霊宿る。個別の死の哀しみを乗り越えて、魂と魂は彼岸と此岸を自在に往来し交通することを信じたい。たとえ、表現の裡だけであっても。同時代の星と星を繋ぐ生死不二の星巡りの旅に終りなし。(2023年8月26日)


神谷一義(カミヤ・カズヨシ〕
1961年東京生まれ。音盤制作・オフノート主宰。オフノートは1994年発足した音の力で予兆と記憶の間を自在に翔ける前未来音楽工房。脱ジャンルを志向して多様性の調和を基調とする他の音楽の創造を目指す。同時代の波動で刻一刻と変化する有機的運動体。制作作品は160作以上。
https://www.offnote.org/

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