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R.I.P. カーラ・ブレイNo. 308

虫を食べる花〜本質的エロスとしての音楽、「妖艶」から「親密」への変容〜 by シマジマサヒコ

カーラ・ブレイについての大方の定評といえば、知的で才能豊かな作編曲家であったり、初期の頃の前衛的なジャズの急先鋒であったり、あるいは美しいメロディーやアレンジによる楽曲そのものの魅力にあって、それらは全くもってその通りなのですが、あえて彼女の音楽の最大の魅力は、その本質的なエロスにあると僕は言いたいです。

しかもそれは動物的なものというよりは、何かしらの毒性を持った熱帯性の植物のようなものに近いような気がします。

彼女の音楽を初めて耳にしたのは、美大受験で浪人していた80年代後半頃で、僕は当時新宿と代々木の間にあった某美術予備校に通っていました。
新宿から予備校に向かう道の途中に「はいから亭」というジャズのお店があり、日頃から店の前を通ると入り口の外に向けてもスピーカーを置いていて、店内でかけている音楽が聞こえてくるので、どんな音楽をかけているのかすぐにわかる。
その頃ジャズ・フュージョン系の音楽好きには話題でもあり、僕自身も興味を持ち始めていたパット・メセニーやジョン・スコフィールドのレコードをかけていることもなんとなくわかって、当時としても周辺では珍しいジャズ好きの友人と予備校帰りに立ち寄るようになりました。

本題とかけ離れるので詳しくは書きませんが、この店のマスター青木さんはコンテンポラリーな新しいジャズが好きで、僕はその後大変多くの音楽を学ばせていただいたのですが、その中で僕の一生の音楽趣向を左右するような出会いの、2大重要アーティストの一人がカーラ・ブレイだったのです。
(因みにもう一人はキップ・ハンラハンですが、カーラ・ブレイ本人もアルバムにフィーチャーされていたり、スティーヴ・スワロウがコラボレーションのキーマンとなっているという点ではどこか共通する要因に惹かれているのでしょう。)

その頃、「はいから亭」でよくかけていたアルバムは『Heavy Heart』や『Sextet』だったと記憶していますが、天井が高く、ジャズカフェにしては広々した空間に据えられたJBLの大口径スピーカーから響いてくるその音楽は、それまでの僕の音楽趣向とは明らかに何かが違っていました。
女性が作編曲をしているという端的な事実もさることながら、それまで10代の「音楽の魅力=楽器の超絶演奏テクニック」みたいな子供じみた音楽の聴き方しかしていなかった僕にとって、カーラ自身が弾くオルガンのフレーズは実にシンプルそのもので、それでいてロングトーン多めのそのフレージングや音の響きには、何か言いしれようもない不思議な魔力のようなものを感じて、次第に深く知りたくなっていきました。
ありていな言い方かもしれませんが、一言でいうと非常にセクシャルな色気を感じていたのかも知れません。

そもそもジャズの語源には性的な俗語としての意味合いが含まれていますし、世の中にはいわゆるセクシーなムードを醸した楽曲もジャンル問わず数多くありますが、特にジャズのインスト音楽で、楽器の音そのもの、あるいはアンサンブルの響きに蠱惑的な魅力を感じたのは初めてのことでした。
後年知ることになったことですが、実際若かりし頃のカーラには奔放な男女関係があったという噂が数々あり、楽曲のタイトルにもそうした暗喩を含んだものが多いので、いろいろな意味で僕には大人の世界への誘惑のように感じられたことは確かです。

もちろんそうしたある種妖艶な側面だけでなく、音楽的に高度で独創的な点やゴスペル的なスピリチュアリティを含んでいること、楽曲にもジャケットビジュアルにも現れる独特のユーモアセンス、ジャック・ブルースやニック・メイスン、そしてソフトマシーンのメンバーなどイギリスのロック・シーン(特にプログレ方面)との関わりもあることなど、知れば知るほど奥深い魅力もたくさんありましたけれど。

因みに、カーラ・ブレイの代名詞とも言える『エスカレーター・オーバー・ザ・ヒル』も初期アヴァンギャルドジャズの名盤としては当然僕も大好きですが、最初に知ったのが前述の80年代作品なので、例えアヴァンギャルド至上主義なファンの人たちから「フュージョンくさい」と言われようが、僕の中心はあくまでその当時、特にバンドにハイラム・ブロックがいる頃が最高ですよw

そして88年にリリースされたスティーヴ・スワロウとの『Duets』が、僕の中でカーラ・ブレイ、そしてスティーヴ・スワロウの評価を決定的なものにしました。
二人だけの空気感たっぷりのアルバムの音は、極めて洗練された印象であると同時に、どこかしら他人のベッドルームでの親密な行為を覗き見しているような、ドキマギする感覚もありました。
この一枚は当時本当に何回も聴き込み、今でもたまに聴きますが生涯のベストアルバムの5本の指に入ります。
自分で聴くのみならず、カセットにダビング(するのが当時は標準的でしたね…)して人にプレゼントしたり(主に女性ねw)、ちょっと詳しくは書きづらい、いい感じのシチュエーションのBGMにしてみたりと、いろいろと心と体に染み込んでおります…。あはは。

このアルバムを境に、カーラ・ブレイの音楽は奔放で変態チックな「妖艶さ」から、よりシンプルで愛情深い「親密さ」へと変化していったような気がします。
しばらくはビッグバンドや少人数のバンドでのアルバムも出していましたが、晩年は二人のデュオやアンディ・シェパードを含むトリオでの演奏が多くを占めるようになりました。
けれど中心的なエロスとユーモアの魅力は、歳をとっても枯れることなく(いや、それはあえて枯れたエロスとでも言いましょうか…)不思議な芳香を放ち続けたと思います。
スティーヴとのライブを過去に二回ほど観たことがありますが、当時バンドのライブアルバムタイトルにもなった「Fleur Carnivore」の紹介を、片言の日本語で「ムシを たべる ハナ…」と言って会場に微妙な笑いを誘っていたのを思い出しました。
まさに妖しく咲き誇った食虫植物が、最後は美しく樹齢を重ねた樹木のごとく、枯れた深みを携えて亡くなっていった音楽人生だったのではないでしょうか。

個人的には今年亡くなった多くの偉大なミュージシャン達の中にあっても、彼女の訃報は最も大きなインパクトでした。
ジャズというカテゴリーを超えて、独創的で極上の「音楽」を聴かせ続けてくれた稀代の才能に多大なる感謝と敬意を表し、改めて心からのご冥福をお祈りしたいです。
もう新しい楽曲も演奏も聴けないのは寂しいけれど、あなたが残してくれた音楽を、僕はこれからも聴き続けるでしょう。
そして僕自身も未熟ながら音楽を作る端くれとして、その作品の中には及ばずながらあなたの音楽の影響が見え隠れするはずなので、そうした影響の連鎖で誰かにその本質を伝えることができれば幸いだと思います。

僕の音楽への深いところにある扉を開けてもらって、本当に有り難うございました。


シマジマサヒコ(Day4Night): ミュージシャン、ベーシスト、グラフィックアーティスト
グラフィックアートの制作と並行しながら、フリーインプロビゼーションやアンダーグラウンドなロックシーンでの演奏活動を90年代より継続的に展開してきた。
渋谷、千駄木の各時代のBar Issheeで計4年間継続していたインプロセッションシリーズNew Moon Meetingではジャズ、ロックからノイズ、ヒップホップまでをも含むあらゆるジャンルのミュージシャンと数多くの共演を果たす。
2023年には、それまでの方向性から大きくシフトしたソロユニットDay4Nightで、ボーカル曲を含む自称オルタナティブAOR作品のEP『Into』を配信リリース。

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