JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

閲覧回数 6,364 回

My Pick 2023このディスク2023(海外編)No. 309

#05 『カール・ストーン+池田謙 / DAM』

Text by Akira Saito 齊藤聡

Experimental Rooms

Carl Stone (electronics)
Ken Ikeda 池田謙 (electronics)

1. Core
2. Body Clock
3. Belief
4. Kekkan

Front and back cover photography 6 – 10 by Yukihiro Yoshihara / Recorded by Yu Kamata / Mixed and sound treatment by Satoshi Fukushima / Projection by Tomoya Kishimoto / English Translation (Liner Notes) by Naoko Yamada / Reverberation measurement data provided by Masaru Tanaka / In cooperation with The MAFF Hokuriku Agricultural Administration Bureau Kajikawa 2nd Agricultural Irrigation Office, Niigata Prefecture Shibata Regional Promotion Bureau Regional Development Department, Dam Wo Kanaderu Kai, Manabu Wakatsuki, Hiroji Soma, Kazuyoshi Tashiro, Ryota Masuko, Katsuhiko Kohida, Masahiro Ito, Yoshiyuki Omori, Masaya Matsuoka, Takamitsu Nakato and Yukiyoshi Yamada / Art direction, design and back cover photography 1 -5 by Masato Hoshino

巨大なダムでふたりのエレクトロニクス使いが演奏した記録である。池田謙もカール・ストーンも、別のありようで、つねにそこで顕現している音世界とこれから顕現するであろう音世界を見渡して、あざとさなど皆無の介入を行う。だからこそ大袈裟に魔術師と呼ぶことが許される。

個性がちがうとはいえ、この録音からどちらの音なのかを聴き分けることは難しい(池田謙も「自分にもわからない」と話していた)。それを匿名性と呼んでよいのかわからないが、おそらく、場との共犯という観点と無関係ではない。

たとえば、ジョン・ブッチャーは大谷石地下採掘場跡で、また清水靖晃は渋谷の地下駐車場で、サックスを吹き、巨大な空間の反響を利用したサウンドを作ってみせたことがある。それは「場の力による身体の拡張」だった。対照的に、このサウンドは「場自体になる」ものだと言えまいか。空間への働きかけも、構造物からの反響も、個人の演奏という範疇を超えている。そのために録音媒体としての本盤は、ライヴの再現や再構築というものではなく、別のなにものかになりえている。

そのように視線を変えてみると、カール・ストーンも、池田謙も、小規模なヴェニューで演奏するときも、そのありようは後者に近いものだと気付かされる。

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』、『オフショア』、『Jaz.in』、『ミュージック・マガジン』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください