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R.I.P. パレ・ダニエルソンNo. 315

追悼、パレ・ダニエルソンさん by 井上陽介

Text by Yosuke Inoue 井上陽介

スウェーデンが産んだ偉大なベーシスト、パレ・ダニエルソンさん。彼の活躍で最も有名なのはおそらくキース・ジャレットのヨーロピアンカルテットでの活動でしょう。アルバム「My Song」「Belonging」は燦然と輝くジャズ史に残る名盤としてこれからも人々を魅了してくことでしょう。これらの演奏で画期的だったのはリズムセクションの在り方でした。

それまでのジャズは1940年代から1960年代まで、いかにハードにスイングするか、グルーブするかを極めて行き、複雑化されるリズムの中でのドラムに対するベースの役割は、力強さ、明確さ、そしてアグレッシブさを求められていったように思います。もちろん、ビル・エヴァンスの活躍により、内省的に各楽器が繊細にインタープレイも行う方向も発展してきましたが、それでも、各楽器の技術の向上や音響設備の発達によって、ジャズはより緊張感のある音楽になって行きました。一方でロックやラテン、ブラジリアンミュージックの台頭で、ジャズにもその要素を取り入れるアーティストも沢山いましたが、ハードにグルーブするという方向性は一貫していたように思います。

その中でヨーロッパでのジャズはクラシック音楽の土壌を活かした独自の発展を遂げていったように思います。的確なハーモニーと音列、そして美しい音色など、ヨーロッパのミュージシャンはそれぞれの国でテイストは違うもの、分厚い文化のもとにユニークな音楽を生み出していたと思います。

そんな時にアメリカの鬼才ピアニスト、キース・ジャレットがヨーロッパのミュージシャンと共にグループを組んで活動を始めたのは偶然ではないと思います。彼のイマジネーションの中では、アメリカでの乾いた表現では収まりきらなかったものが、そこにはあったのかもしれません。

このグループで聞かれるパレ・ダニエルソンさんのベースプレイは、それまでのジャズベースの概念を大きく覆すものでした。

おそらくはビル・エヴァンス・トリオで試みられた各楽器が対等にインタープレイを行うコンセプトが、ヨーロッパでポリフォニーとなって、即興での対旋律を奏でるもの。それをモダンなコンセプトの中で叙情的にベースで試みたプレイは、それまでのジャズベースとは大きく異なるものでした。時にはソリストよりも目立つくらいの切り込みから、サッと陰に隠れる様は忍者のようでもあります。結果、普通のジャズのウォーキングベースとはならず、ダニエルソンさんと共演したことのある友人のスウェーデン出身のピアニストは、演奏前に「俺はウォーキングベースは弾かないぞ」と宣言されたそうです。

僕の中で印象に残っているのは、レジェンド・サキソフォニスト、チャールス・ロイドが1980年代、ピアニストの鬼才、ミッシェル・ペトルチアーニとの出会いによって、それまでの長年の隠遁生活を打ち破り、電撃復帰してライブアルバムを発表した時の演奏です。地の底を這うような音色と独特のセンスによって、バンドを特別なグルーブに引き込むダニエルソンさんのプレイは衝撃でした。ここではウォーキングベースも弾いておりますが、独特のうねりを伴って主張しており、一つの対旋律のように聞こえます。テクニックを駆使しつつも音楽性を失わない点も、その後のヨーロッパのみならず、日本も含めた世界中のジャズベーシストに大きな示唆を与えたと思います。

1980年代はミシェル・ペトルチアーニのトリオでの名演も沢山残してくれています。

その後、ピアニストにジョン・テイラーが参加した、名ドラマー、ピーター・アースキンのトリオでの演奏は、ECMというレーベルのカラーも相まって、施策的な印象が強いですが、相変わらずセンスの良い、燻銀のプレイが光っています。

彼自身の名は知られなくても、ヨーロッパジャズ、という演奏スタイルを作り上げてしまったほどの影響力は今後も失われることはないでしょう。


井上陽介 Yosuke Inoue: ベーシスト
1964年7月16日、大阪生まれ。大阪音楽大学作曲科卒。91年よりニューヨークを拠点に活動。97年には初リーダーアルバム「スピークアップ」を発表をリリース。在米中、ドン・フリードマン、ハンク・ジョーンズなどの数々のグループでのレコーディング、ライブハウス、ヨーロッパツアーでの演奏など国際的に活動。2004年には活動の拠点を日本に移す。2004年には活動の拠点を日本に移す。武本和大(p)、濱田省吾(ds)との井上陽介トリオで、2019年に「New Stories」、2021年に「Next Step」、2024年に「ONE STEP BEYOND Live at Body & Soul」をリリース。なお2007年度から3年連続スイングジャーナルの人気投票では1位など常に上位にランクされる。現在、自己のグループ他、塩谷哲、大西順子、渡辺香津美、古澤巌&山本耕史 Dandyism Banquetのレギュラーメンバーとして活動の他、佐藤竹善、JUJU、小野リサなど数々のセッションに参加し日本のみならず海外でも精力的に活動。毎年、春から夏にかけて自己のトリオでツアーを敢行。詳しくは井上陽介ウェブサイトを。

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