skywalker No.26 (ある男の肖像) 古巻和芳
林聡さんの最後の2年間にご縁をいただけたことは、私にとっては大きな出来事でした。これまで、いろんな画廊関係者と出会いましたが、林さんは稀有な方でした。故人の人となりを偲ぶため、私が知っている狭い範囲内ですが、少しご紹介したいと思います。
林さんは、てらいもなく夢を語ります。アートへの夢を、その創造の可能性への信頼を、時にはベタな言葉で語ります。初めてそれを聞いたのは、一昨年の秋、神戸での台湾人アーティストの張騰遠(CHANG Teng-Yuan)さん(ノマルの主要アーティスト)を囲む宴席でした。同席していた林さんは「アートの夢」や「希望」という言葉を用いて、張さんの作品のことを、出会いから今日の国際的活躍に至るまでのことを語っていました。ともすれば難解で冷徹なイメージのある現代美術の世界。関西を代表する現代美術画廊の経営者がそんなことを言うのかと少し驚きましたが、そうした考え方をする林さんに対しても、私は夢や希望を感じました。
林さんは、仕事において限定ということをしません。例えばノマルの活動ベースは現代美術ですが、本誌でもおなじみのとおり、音楽活動を展開しており、また詩人とのコラボもあります。すなわち美術、音楽、文学という分野間の越境をしています。私は、そういう人をほかに知りません。例えば美術館学芸員の多くは、専門性を掘り下げ、自らの領分を築きますが、他者の領分にはおいそれと手を出しにくい雰囲気がこの業界にはあります。しかし、林さんは、自らの主宰スペースがあるということを強みに、また直感と夢を信じる力を頼りに、ジャンルを限定せず、この唯一無二の場を作り上げました。また、美術作家の起用方針においても限定はありません。実は、私は先述の宴席で20年ぶりくらいに林さんと再会したのですが、その後SNSでつながり、ある日突然個展の依頼が届きました。おそらくノマルの他のスタッフは「誰だ、古巻って?」と驚かれたのではないでしょうか。
林さんは、作家を励まし、エンパワーメントしてくれます。今でも忘れられないのが、昨年秋に大阪のMU東心斎橋画廊で私が個展をしていた時のこと。その頃からすでに、林さんはもっぱら移動は車椅子だったのですが、個展会場のビルは二階と三階でエレベーターは無し。林さんは急な階段を文字どおり這いつくばりながら自力で上がって来てくれました。そこまでして見に来ていただけるとは、驚きでしたし、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
林さんは、作家に無茶振りをします。制作に関して、いろいろ積極的に提案をしてくるのです。版画をやったこともない作家にノマルの版画工房とのコラボを提案したり、また展示のコンセプトを一緒に考えたり。私の場合は、展覧会名を「skywalker」にしては、という提案があり、その後、過去のアサガオのシリーズを組み合わせては、というアイデアも出ました。ノマルは、作家と共に展示を作るスタイルなのです。そのことによって、作家の中でも新たな気づきや変化が生まれるような気がします。本誌でも紹介いただきましたが、私の個展中に開催されたsara (.es) さんと沼尾翔子さんのライブは、自分の美術作品が音楽空間に干渉したという点で鮮烈な体験でした。
(https://jazztokyo.org/reviews/live-report/post-104109/)
あと、スゴイなあと思ったのは、ポジティブな考え方。晩年は、きっと体はきつかったと想像しますが、極力美味しいものを食べて体力をつけ、明るい色の服を着て、この夏は車椅子をスタイリッシュな新品に交換しました。クオリティ・オブ・ライフを重んじ、美術や音楽とともに、まだまだ人生を生き生きと歩むんだという強い意志を感じました。
実はこの原稿を書いている今、私は並行して木彫作品を彫っています。skywalkerというシリーズ名をつけてくれた林さんをモデルにskywalkerを彫っているのです。私にしては珍しく、半ば衝動的に彫り始めました。林さんが、これまで続けてきた歩みをこの先も向こうで続けられますように。美術や音楽を愛する人たちを、その意志を継ぐ人たちを、空の彼方から見守ってくれますように。そのような夢を願って、てらいもなく彫りました。
(この作品は、ギャラリーノマルの企画展「ノマル35周年記念2 : All Stars – RESONANCEに出品しています)
https://www.nomart.co.jp/exhibition/detail.php?exhCode=0215
写真キャプション:
skywalkerNo.26 (ある男の肖像) 2024
「All Stars – RESONANCE」展では、台座に展示
1967年兵庫県生まれ。神戸大学経営学部卒業後、1990年代からノウゼンカヅラやアサガオの花をモチーフとした絵画を制作。2006年に大地の芸術祭で「繭の家-養蚕プロジェクト」への参加以降は、国内各地の地域芸術祭で土地の「記憶」をテーマにしたサイトスペシフィック作品を発表。近年は、養蚕に縁が深い桑の木を素材に人物像を彫ったことがきっかけとなり、木像彫刻を手がけているほか、詩をモチーフにした言葉の作品も制作している。
林聡、沼尾翔子、sara(.es)、古巻和芳、skywalker、張騰遠