RIP ジャックとの出会いと別れ by 内藤忠行
text and photo by Tadayuki Naito 内藤忠行
1971年3月、オレは日野皓正氏とジャズと写真の本質と精神を求めてニュー ヨークに滞在していた。ヴィレッジ・ヴォイスの告知欄でマイルスのライブを見つ け、ガスライトと云う知らないクラブだったけれど帰国を一週間伸すことにした。 当日ガスライトの暗い階段を降りて行くと細長いスペースに楽器がセットして あった。
客はオレだけだったからキースのピアノとマイルスのオルガンの間の最前列を 取った。ジャックのドラムセットが中心になる位置だ。
1時間ほどして客は満杯になりさらにしばらくしてメンバーが現れたが、マイル スはワウワウペダルの調子が悪そうでしゃがみ込んだがすぐ立ち上り、一瞬の間の あと、パワフルなジャックのドラミングとマイルスのトランペットがオレの未開の 鼓膜を突き破る。ジャズ、ロック、ファンクが重なり合うポリリズム、こんなサウ ンドは今まで聴いたことがない。ジャックのパワフルなビートはバンドを極限まで プッシュし躍動させる。
1973年にECMにレコーディングされたキースとのセッション「RUTA AND DAITYA」もすばらしい。ジャックとのセッションをイメージし、ジャズとポリリ ズムの視覚化を想像するとゼブラがふさわしいテーマだと確信した。白黒、白黒、 と不連続は連続する。縞模様をリズムに見立てたからだ。
1974年、オレはアフリカの強い光のサバンナで初めてゼブラに対面した。ファ ニーな顔、真横からの縞はプリミティブでモダンで不思議だ。想像以上にポリリズ ムを感じた。
1985年の1月、ジャックが日本に来ていたのでアトリエに来てもらい、それま でのゼブラの展開を見せた。 次の日、リズムボックスで作った試作を持参し、何パターンかを聞かせてくれ、 縞はリズムだとう云うことを彼は表現してくれた。そのスピードとフィーリングに驚き、二人ともいいコミュニケーションが出来ていることを感じ合った。2月にア フリカに行き、5月に編集した映像を持ってウッドストックに行くから、何曲か 作っててとハグして別れた。
1ヶ月のロケだったけれど、5編の短編を編集しジャックの住むウッドストック に向かった。緑にかこまれた住まいには小さな牧場があり、一頭の馬と暮してい た。出来上がった3曲を聞きながら映像を見せ、映像と曲の組合せを決め、抽象的 な映像が一編あったのでオレが好きなレスター・ボウイにも参加してもらうことに した。録音は近所に住む、カーラ・ブレイのスタジオで録ることになった。1曲ご と演奏する前に映像を見てスタジオに入り録音し映像と合せた。すべて奇跡的に1 テイクで録り終えた。
すべてのレコーディングを終え別れ際に「最高だったよ。又やろうな」と云って くれ手を差し出し握り合った。肉厚なジャックの手の平とぬくもりを想い出す。 レコーディングされたゼブラのサウンドはMCAから世界中でリリースされた が、DVDはパイオニアが発売不可能となりおくらになってしまった。来年は ジャックのためにもオレのためにも発表しようと思っている。
冥福を祈る。
内藤忠行 カメラマン/ヴィジュアル・アーティスト
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