僕自身が衝撃を受けたジャックが参加したアルバム6選 by スティーヴ・カーン
text by Steve Khan スティーヴ・カーン

ドラマー、ジャック・ディジョネットという名前が私の音楽レーダーに初めて入ってきたのは、チャールス・ロイド・カルテットの1966年のアルバム『DREAM WEAVER』(Atlantic)を聴いたときだったと思う。このアルバムでは、キース・ジャレット(ピアノ)とセシル・マクビー(アコースティック・ベース)が共演しており、後の作品ではセシルに代わりロン・マクルーアが加わることになる。 マイルス・デイヴィス・クインテットやラリー・コリエルを擁するゲイリー・バートン・カルテットと並んで、これらのグループはジャズ・ロック/フュージョン時代の幕開けを告げる存在だった。やがてジャック・ディジョネットは、この全ムーブメントとサブジャンルの先駆者のひとりとして認められることになる。83年にわたるジャックの人生を通じて、彼のドラムを通して発せられる音楽的・魔法的な感性は、遠く近くにいる私たちすべてを魅了し続けてきた。今回の特別な追悼企画では、私がリスナーとして、また音楽ファンとして特に深い意味を感じている、ジャックが参加した6枚のアルバムを選んでみた。通常は5枚だけを選ぶことにしており、それだけでも難しい作業なのだが、今回はもう1枚追加する気持ちに駆られた。このトリビュートは少し特別なものになるだろう。なぜなら、選んだ6枚のアルバムそれぞれについて、短くコメントを添えるつもりだからだ。もちろん、読者の皆さんそれぞれにも、ジャックが参加したお気に入りのアルバムがあるだろう。それは当然のことだ。ここで紹介するのは、私自身にとって特に意味深い作品たちである。
まずは、ミロスラフ・ヴィトウスの『限りなき探求』
もちろん、私はすでにエディ・ハリスの1961年のアルバム『THE IN SOUND』(Atlantic)に収録された、あのとてもファンキーなオリジナル・ヴァージョンの<Freedom Jazz Dance> を知っていた。そして何年も後に、マイルス・デイヴィス・クインテットが1966年のアルバム『MILES SMILES』(CBS) で録音した同曲の決定的なヴァージョンを聴いたとき——あの演奏以上に「表現の自由」というものを音楽的に体現したものが他にあっただろうか?あの時、スタンダードは確立されたのだ。だがそのわずか3年後、ミロスラフ・ヴィトウスの1969年のアルバム『INFINITE SEARCH』(Embrio)で彼による <Freedom Jazz Dance> の解釈を初めてターンテーブルに乗せた瞬間、私の音楽的世界はひっくり返った!そこではジョー・ヘンダーソン(テナー・サックス)、ハービー・ハンコック(フェンダー・ローズ)、ジョン・マクラフリン(エレクトリック・ギター)、そしてもちろんジャック・ディジョネット(ドラムス)が参加していた。この演奏が伝える感情をどう言葉で表現すればいいだろう?それはまさに、11分間にわたる全身全霊のインテンシティ(強烈さ)であり、別の形の「表現の自由」——そして「音楽的対話」だった。8分26秒でジョー・ヘンダーソンが放つ、あの持続する音、叫び、泣き声——それはあまりにも強烈だ! もし今日聴いても、あのときと同じように新鮮に響き、再び私の想像力を掻き立てるに違いない。このトラックは単純に「忘れがたい」。そしてジャックの止むことのない推進力は、音楽が持ちうる力そのものといっていいほど強烈だ。
次いで、マッコイ・タイナーの『スーパートリオ』
1977年、マッコイ・タイナーはダブルLP『SUPERTRIOS』(Milestone)をリリースした。この作品には、まったく異なる2つのトリオが収録されている。ひとつはロン・カーターとトニー・ウィリアムスを迎えたトリオ、もうひとつはエディ・ゴメスとジャック・ディジョネットを迎えたトリオである。ここでもジャックは、抑えきれない情熱と炎のようなエネルギーをもって演奏し、6曲にわたってマッコイの前に新たな道を切り開いている。それから何年も経って、私が自身のアルバム『BORROWED TIME』の録音でジャックと共演することになったとき、私たちはこの『SUPERTRIOS』からマッコイの2曲——<Hymn-Song>と<Blues for Ball(キャノンボール・アダレイに捧ぐ)>——を取り上げ、解釈し直して録音した。これらの楽曲、特にアルバムのこのパートで聴けるのは、まさにジャックが全体を牽引し、ドラマーとして考え得るすべての力を注ぎ込んでいる姿である。
ラルフ・タウナーの『バティック』
1978年、ジャックとエディ・ゴメスは再びタッグを組むことになった。今回は、アコースティック・ギター奏者であり偉大な作曲家でもあるラルフ・タウナーのECMアルバム『BATIK』の録音である。アルバムに収められた5曲で、このトリオは驚くほど広大な音楽的領域を旅している。ジャックがブラシを使い、極限まで繊細なタッチを聴かせる <Green Room> から、私のお気に入りである16分に及ぶタイトル曲 <Batik> まで——。この頃のジャックはパイステのシンバルを使用しており、そのライド・シンバルの“ピン”という響きには、宇宙的な広がりがあり、聴く者を別の次元、別の存在の領域へと連れ去ってしまう。どうしてひとつのシンバルがそんなことをできるのか?——それを説明するのは難しい。だが確かに、シンバルの中にこれほどまでの音楽が宿っているのだ。私にとって、そのシンバルはまるでひとつのオーケストラのようである。音楽を通して精神的なものを求めるとき、私はいつでもこの演奏に立ち返ることができる。そうすれば、私はいつも「最も良き場所」へと還ることができるのだ。
キース・ジャレット スタンダーズ・トリオの『チェンジス』
それから約6年後の1983年、キース・ジャレットはゲイリー・ピーコック(アコースティック・ベース)、ジャック・ディジョネット(ドラムス)とのスタンダーズ・トリオによる3作目のアルバム『CHANGES』(ECM)を発表した。 ここでジャックは再び、あのパイステのライド・シンバルの魔法を呼び起こし、ジャレットの美しいインプロヴィゼーションのもとで、私たちを再び別世界へと誘っていく。彼らが16分間の音楽の旅を織りなすこの演奏は、まるで時間を超えた体験のようだ。初めてこの曲を聴いた瞬間から、私はこれを「いつでも訪れることのできる音楽的な場所」として感じてきた。そこではいつも、新しく、そしてまったく純粋な精神性に出会える——それは、長い年月の中で何度も必要とされてきたものだ。 これまでに何度、家の静かなリスニング・ルームで目を閉じ、この音楽が展開していくのを喜びとともに聴いたことだろうか。あるいは、もっと現実的な状況——たとえば病院の待合室で、これからのことを考えたくないときに、<Flying(Part 1)> を聴いて心をどこか遠くへ飛ばしたこともある。キース、ゲイリー、そしてジャック——本当にありがとう。そして付け加えたいのは、この象徴的なトリオによる私のお気に入りの演奏のひとつも、同じ1983年に録音されたということだ。それはキースのアルバム『STANDARDS Vol. 2』に収録された<Moon and Sand>である。 この曲でのジャックのブラシワークは、まるで「ドラムを通して音楽を聴く別の耳」を持っているかのようだ。
マイケル・ブレッカーのMCA盤『MICHAEL BRECKER』
長い年月をかけて、自分自身のソロ・アルバムを作る準備が整うまで葛藤を重ねてきたマイケル・ブレッカーは、ついに1987年にセルフ・タイトルのアルバム『MICHAEL BRECKER』(MCA)を録音した。そこには、ケニー・カークランド、パット・メセニー、チャーリー・ヘイデン、そしてジャック・ディジョネットといった、音楽的に深く共鳴し合う仲間たちが集まっていた。このCDに収められた7曲は、今では世界中のマイケル・ブレッカー・ファンにとっておなじみの作品となっている。しかし、聴くたびに刺激を与え、心を揺さぶる存在として、私はしばしばマイケル自身の作曲による10分間の大作 <Syzyg>」に戻っていく。冒頭3分間はマイケルとジャックの猛烈な音楽的対話であり、それはまさに演奏と表現の極致——到達できる者はごくわずかだ。 続くケニー・カークランドの素晴らしいソロの後、5分25秒あたりからマイケルは EWI(エレクトリック・ウィンド・インストゥルメント)を駆使して超常的な魔法のようなサウンドを繰り出す。それはペダルポイントの上で展開しながら、やがてパット・メセニーの美しいソロへと流れ込み、異なる情感と空気感を生み出していく。そしてそのすべてを推進し、包み込んでいるのが我らがジャックだ! 最終的にマイケルとジャックは曲をフェードアウトさせながら飛翔していき、聴き手には「この先に何が起こったのだろう」と想像を掻き立てる余韻を残す。
さらに言及せずにはいられないのが、1988年のフォローアップ作品『DON’T TRY THIS AT HOME』でのジャックの見事な演奏だ。マイク・ブレッカーとドン・グロルニックの共作<Itsbynne Reel> において、冒頭2分10秒間はマイクのEWIとブルーグラス/フォーク界の名手マーク・オコナー(ヴァイオリン)による壮麗なデュエットが、ドンのアコースティック・ピアノだけを伴奏に繰り広げられる。 そして——まるで大砲から撃ち出されたかのように——ジャックのドラムとチャーリー・ヘイデンのアコースティック・ベースが轟音とともに加わるのだ。マイクとジャックの間に生まれる音楽的化学反応は、60年代半ばのスピリチュアルな音楽のすべてを思い起こさせる。私にとって、これはまさにその精神の延長線上にある。このときのジャックの演奏を聴けば、無数の世代のミュージシャンが、彼の到達した境地を目指さずにはいられなくなるだろう。
ジョン・スコフィールドのBlueNote盤『タイム・オン・マイ・ハンド』
素晴らしい締めくくりとして、しかし決して「最後だから」という軽い意味ではなく——1990年、ギタリストのジョン・スコフィールドはジャック・ディジョネットに、自身のアルバム『TIME ON MY HANDS』(BlueNote)への参加を依頼した。この作品では、ジョー・ロヴァーノ(テナー・サックス)、そして先に触れたチャーリー・ヘイデン(アコースティック・ベース)とともにカルテットが組まれている。この優れたアルバムの中で、私にとって最も深く語りかけてくる曲は <Wabash III>だ。 もし私たちが別の惑星にいて、その星の住人から「1990年代のコンテンポラリー・ジャズってどんな音で、どんな感触だったの?」と尋ねられたら、私は迷わずこの「Wabash III」を差し出して、こう言うだろう。 ——「これを聴いてごらん。すべてがここにある」と。わずか6分余りのこの演奏の中に、猛烈なスウィングと強烈なグルーヴが凝縮されている。そして何よりも、その全てを推進し、互いの音を呼応させながら支えているのは、ジャック・ディジョネットの見事な手さばきと創造的なインタープレイの力にほかならない。
それから、私自身の3枚のアルバムにジャックを迎えることになる
そして——1997年が近づいてきたころ、私はどうしても実現させたい音楽的なアイデアをいくつか抱えており、「今こそジャック・ディジョネットと録音をしてみるべきだ」と強く感じていた。その結果生まれたのが、アルバム『GOT MY MENTAL』(Evidence)だった。私は、この音楽がジャックとアコースティック・ベーシストのジョン・パティトゥッチを結びつけるだろうと感じていた。彼はちょうどニューヨークに戻ってきたばかりだった。さらに、ボビー・アジェンデ(コンガ、パーカッション)、ドン・アライアス(ティンバル)、カフェ(ブラジリアン・パーカッション)も参加してくれた。リハーサルと録音に入る前、マイケル・ブレッカーが私に電話をかけてきて、ジャックと共演する際に何を期待すべきか、そしてどのように接するのが最善かについて、実に的確な助言をくれた。 彼はおおよそこんなふうに言っていた——
「いい面から言えばね、ジャックは万全の準備をして現れる。どんな曲、どんな演奏にも全身全霊を注ぎ込む。そして誰にも真似できないほど深く“聴き”、反応し、対話し、刺激を与え、時に突き動かす。——その点は絶対に疑わないでいい。でももし、君が自分の作曲やアレンジを細部まで、譜面通りに毎回きっちり再現してもらいたいと思っているなら……それは期待しないほうがいい。ジャックはいくつかのことを“外す”だろう。けれどそれは、彼が注意を払っていないからではない。ただ単に、彼がそういうタイプの音楽家ではないというだけのことだ。彼は譜面を読む人間じゃない。だから、君自身のためにも、そうした “完璧な再現” へのこだわりや欲求は手放したほうがいい。なぜなら最終的には、君はジャックから、他の誰にも生み出せない、唯一無二で本当に特別なものを得ることになるからだ。」
もちろん、マイケルの言う通りだった。シンプルなスタイルではあるが、私がジャックと共演した作品の中で特に気に入っているひとつが、キース・ジャレットの <Common Mama>(1972年のアルバム『EXPECTATIONS』(Columbia)収録)の私たちのアレンジだ。この演奏は、ジャックがあらゆるスタイルや文脈で演奏できる能力の証でもある。ここではラテン・ジャズの要素が混ざっており、細かいニュアンスやディテールが数多く散りばめられているが——ジャックはほぼすべてを完璧に捉えているのだ。
それからさらに2枚のアルバムを経て——2005年の『THE GREEN FIELD(El Prado Verde)』(Tone Center)の後、私が2007年の『BORROWED TIME(Tiempo Prestado)』 (Tone Center) の音楽を準備していたときのことだ。私はいつも通り、ジャックに曲ごとの短いオーディオ・クリップと、もちろん書き譜を事前に送っていた。そしてようやく、ジャック独特の「学習方法」がどのようなものか理解するに至った。それはこういうことだった。彼は、マンハッタンへ向かうウッドストックからの道中——唯一のリハーサルの当日の朝まで、送られた資料にほとんど目を向けないのだ。そのときになって初めて、彼は本当に耳を傾ける。だから私は、常にできる限り忍耐強く、各曲の重要な部分を何度も通して演奏し、ジョンやパーカッショニストたちと一緒に演奏することで、ジャックが細かなディテールやアクセントなど、私が望んでいた要素を把握し、記憶してくれることを期待するしかなかった。時にはそうなることもあり、時にはならないこともあった。おそらく私たちが共演して録音した中で最も魔法のような作品は、『The Green Field』のタイトル曲で、18分に及ぶオデッセイだ。この曲には、マノロ・バドレナの輝かしい才能もフィーチャーされている。その頃にはジャックは、80年代のパイステ・シンバルとはまったく異なる、より乾いたセイビアン製シンバルに切り替えていた。高い輪郭はあるが、煌めきは控えめである。しかし、誤解してはいけない。ジャックは、私たちが演奏したすべての曲に対して、極めて芸術的で魔法のような貢献をしてくれたのだ。
親愛なるジャックへ——
私の録音に与えてくれたすべてのことに、心から感謝します。そのことだけでも、私はあなたを決して忘れず、いつまでも感謝の気持ちを持ち続けるでしょう。それだけでなく、私が大切にし、音楽の中で安らぎや意味を見出すためによく立ち返る、多くの録音にあなたが存在してくれたことにも感謝します。リディアさん、そしてご家族の皆さんへ、古くからの友人として大きな愛を送ります。 安らかにお眠りください!!!
—スティーヴ
編集部注:本稿はSteve Khanのブログの「Tributes」から本人の同意の下、訳出したものです。
オリジナルは;http://www.stevekhan.com/tributes.htm
スティーヴ・カーン Steve Khan guitarist/composer
1947年4月 LA生まれ。アメリカ最高の作詞家のひとりサミー・カーンを父に持つ。UCLA卒業後NYに移住、たちまちセッション・ギタリストとしてファースト・コールのひとりとなり、スティーリー・ダン、ビリー・ジョエル、マイケル・フランクスなどのアルバム制作に参加。ブレッカー・ブラザーズなどを経て、1981年、自身の「Eyewitness アイウィットネス」結成。長らくJ.M.フォロンのイラストをアートワークのシンボルとする。最新作は、ランディ・ブレッカーらをゲストに迎えた『バックログ』(55 Records)。
キース・ジャレット, ジャック・ディジョネット, ミロスラフ・ヴィトウス, マイケル・ブレッカー, ジョン・スコフィールド, ラルフ・タウナー, マッコイ・タイナー
