Jack DeJohnetteという“音の探求者”を想う by 北沢大樹
Text by Hiroki Kitazawa 北沢大樹
人は亡くなっても世界は変わらない。
けれど、その人を思い続ける限り、その人の世界は私たちの中で変わり続ける――。
ジャック・ディジョネットの訃報に触れたとき、私はそんなことを思った。
その知らせを受けた日、私はレコード棚から手を伸ばし、Keith Jarrett Trioの『Still Live』を取り出した。針を落とした瞬間、あの揺るぎないタイム、呼吸のように動くアンサンブル、彼にしか作れない “空気の流れ” が部屋いっぱいに広がった。
■ 大学時代に見た、ピアノを弾くジャック
ジャックと出会ったのは一度だけ。
私が大学に滞在していた頃、大学主催のジャズフェスティバルに彼が招聘され、当日の昼間に短いクリニックを行ってくれた。
そこで彼は――ドラムではなくピアノを弾いていた。
エリック・サティを思わせる即興。
静かで、温かく、どこか祈りのような時間だった。
クリニック後に話しかけたかったが、人気ラーメン店のような大行列ができ、私はその後に控えていた自分の演奏の仕事のため、泣く泣く諦めた。
そしてその日の夜、彼のステージには、Ravi Coltrane と Matt Garrison――いわゆる “息子バンド” のメンバーが名を連ねていた。しかし、私自身が同じ時間帯に別ステージで演奏していたため、ついに彼の演奏を生で聴くことはできなかった。当時の悔しさは、今思い出しても胸が痛む。
■ ドラマーである前に、音楽家であった人
正直に言えば、私は彼のドラムそのものに強烈な憧れを抱いたわけではない。
しかし、彼の音楽的アプローチには強烈に惹きつけられ続けてきた。
彼の演奏は、絶対的なアンサンブル力を基盤とし、古典的なビバップの文脈から大きく踏み出している。
温故知新。
彼が聴いてきた音楽と、その瞬間に感じているものが、有機的に溶け合い、昇華されていく。
そのタイム感を理解しようとすると、彼が同時に“周りの音すべて”を聴いていることが分かる。
ドラムはチームプレイである――彼の演奏はその事実を常に突きつけてくる。
もちろん、真似できるとは思わない。
彼は「自己表現の手段としてドラムを選んだ人」であり、「ドラマーという枠の中で役割を果たす」という仕事をほとんど請け負ってこなかった。その自由さ、境界を越える姿勢こそが、彼を唯一無二の存在にしていた。
■ 彼がいなくなっても、音楽は変わり続ける
ジャック・ディジョネットがこの世を去っても、私たち表現者の世界は彼の影響を受け続ける。
そして、その影響は永遠に形を変えながら、私たちの演奏の中に流れ続けるだろう。
彼の存在は、これからも私たちを導き、新しい音の世界へと背中を押し続けてくれる。
R.I.P. Jack DeJohnette.
あなたが切り開いた音の世界は、今も、これからも鳴り止まない。
Den Forste Sne
Terje Rypdal, Miroslav Vitous & Jack DeJohnette
北沢大樹 Hiroki Kitazawa
University of North Texasジャズ学科を成績優秀者として卒業。University of Northern Coloradoではジャズ学科修士課程を首席で修了。18歳で渡米し、主にカリフォルニア、テキサス、コロラドの音楽シーンで活躍。師事したアーティストは、Dean Koba、Jeff HamiltonやEd Soph、Jim Whiteなど。在学中から10年以上全米で活動し、参加した仕事はテレビ局の番組や州のイベント、シンポジウムなど多岐にわたる。共演したアーティストは、Vince Mendoza、 Greg Gisbert、Alex Sipiagin等。2020年、Wynton Marsalis率いるJazz At Lincoln Centerに招かれ、同ホールで演奏する。帰国後は国内の活動だけではなく2023年には台湾で5回ツアーを行うなど、アジアで顕著な存在として活動している。
