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R.I.P. ラルフ・タウナーNo. 334

R. I. P.「イカルスはいまどこを飛ぶか」 金野 “ONNYK” 吉晃

タウナーの逝去を知り、悲しみにくれています。
思えば15歳、Weather Report のセカンドアルバム『I sing the body electric』収録、<The Moors>のイントロ、12弦ギターによる、それまで聴いたことのない、妖しすぎる響きに衝撃を受けたのです。
そのギタリストがリーダー作を出すと聞いて、ジャズ師匠の友人と色めきたったのでした。このアルバム、『Trios / Solos』(1973) がレーベルECMとの出会いです。クラシカルかつフォーキーなギター、骨太なベース、そこに見事なタブラという前代未聞のトリオ。何度繰り返して聴いたことか。ちなみに冒頭の<Brujo>は、スペイン語の「呪術師」でしょう。私はこれと並び、『Solstice』(1975) が一番好きです。そのジャケット、『Trios/Solos』が初期ECMのシンプルデザインの典型だとすれば、『Solstice』は樹の写真の美しさ、裏ジャケのメンバーの生き生きした雰囲気も、演奏現場を想像させました。
その後、タウナーの出自を求めて、「ポール・ウィンター・コンソート」のアルバムを幾つか聴きました。タウナーのソロ『Diary』(1974) にも収録された名曲<Icarus>は、コンソートのアルバム『ロード』(1970)、『イカルス』(1971)でも演奏されていました。その古楽器、民族楽器によるアンサンブルもまた、ソロとは違うバイタルな響きに、60年代的精神を感じました。それはファーストアルバムの<Brujo>というタイトルに、カルロス・カスタネダの呪術師シリーズをイメージしたからでもあります。カスタネダの書はカウンターカルチャーの聖書でした。
タウナーは、イカルスのように飛んでいきました。しかし、彼の翼が溶け落ちることは無いでしょう。

金野 "onnyk" 吉晃

Yoshiaki "onnyk" Kinno 1957年、盛岡生まれ、現在も同地に居住。即興演奏家、自主レーベルAllelopathy 主宰。盛岡でのライブ録音をCD化して発表。 1976年頃から、演奏を開始。「第五列」の名称で国内外に散在するアマチュア演奏家たちと郵便を通じてネットワークを形成する。 1982年、エヴァン・パーカーとの共演を皮切りに国内外の多数の演奏家と、盛岡でライブ企画を続ける。Allelopathyの他、Bishop records(東京)、Public Eyesore (USA) 等、英国、欧州の自主レーベルからもアルバム(vinyl, CD, CDR, cassetteで)をリリース。 共演者に、エヴァン・パーカー、バリー・ガイ、竹田賢一、ジョン・ゾーン、フレッド・フリス、豊住芳三郎他。

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