ラルフ・タウナー回想 徳永伸一
トクナガはクラシックギターも弾くからこういうの好きだろう、とジャズ研同期のM君が薄暗い学生寮の一室で、ラルフ・タウナーやエグベルト・ジスモンチのレコードを聴かせてくれた。1980年代後半のことだ。衝撃が走った。その日からずっと、タウナーは自分の中で、特別なギタリストだ(もちろんジスモンチもだが、そちらはピアニストとしてのインパクトの方がより強かった)。
『Solstice』(1975年)が1970年代のECMを代表するアルバムの1つであることに異論を唱える人は少ないだろう。ヤン・ガルバレク、エバーハルト・ウェーバー、ヨン・クリステンセンという、それぞれの楽器でECMの「顔」と言えそうな面々の中にあって、唯一無二の煌めきを放つタウナーのアコースティックギター。<Oceanus>冒頭のアルペジオ一発で、魂は凍りつきそうな北欧の大海へと導かれる。
4曲目 <Nimbus> 呆気に取られるほど美しいハーモニクスがこれでもかと散りばめられたギターソロが2分半ほど続き、ガルバレクのフルートによるテーマが始まる瞬間。震えない人がいるのだろうか? その快感を味わいたくて、何度もリピートした。
タウナーがこの世を去った。喪失感は計り知れないが、俯いてばかりはいられない。前を向いて歩き続ければ、光は必ず見えるのだ。
もうひとつ、特筆しておきたいのが「Piscean Dance」だ。
当時ジャズ初心者の自分には、ギターとドラムのみ、しかもギターは8割方コードストロークで、曲(ほぼ即興と思われるが)が成立してしまうのも驚きだった。なんというグルーヴ!
タウナーは二十歳を過ぎてからギターを始めたそうだが、その取り組み方は半端ではなくて、ウィーンに留学し名クラシックギタリスト、カール・シャイトに師事している。ごく短期間と思われるが、クラシックギタリストとしての演奏経験もあるようだ。初期の作品においては(スチール弦)12弦ギターの印象が強いが、クラシックギターの魅力を知り尽くした上で、12弦ギターによって新たなサウンドを切り開こうとしたのだろうか。その観点で押さえておきたいのは、1980年の名盤「Solo Concert」1曲目の「Spirit Lake」だ。
ギター1本で奏でられる輝かしく雄大なサウンドに、クラシックギタリストも嫉妬しそうである。タウナーの真骨頂であるだけでなく、ギターによるソロ演奏の1つの究極の形かもしれない。
しかしその後のタウナーは、徐々にナイロン弦ギターの比重を増やしていった。それは個人的には、必然だと思う。タウナーは紛れもなく12弦ギターのイノベーターだが、その華やかな響きは、ある種の制約と背中合わせだ。ナイロン弦ギターの方にこそ、まだやり残した可能性がある、と考えても不思議ではない。
そういったタウナーの音楽性を考える上で1つの手掛かりとなりそうなのが、「Oracle」(1994年)と「A Closer View」(1998年)の対比だ。どちらもゲイリー・ピーコックとのデュオアルバムだが、後者は前者の単なる続編ではなく、前者がピーコック主導であるのに対し、後者はタウナー主導である。タウナーがピーコックとの対話を通じて、自らの音楽を深めていった様子が窺える。
(アルバム「A Closer View」より)
1990年代の半ば頃だと思われるが、要町の現代ギター社を訪れた際に(当時の自分はライター業を始める前の一音楽愛好家だったが、併設のショップに楽譜かCDを物色しに行ったのだと思う)、来日中のタウナーに遭遇した。うろ覚えだが、タウナー作品集の楽譜を現代ギター社から出版する話があったようで、打ち合わせに来ていたのだと思われる。
舞い上がったが、何か話さねば、と少し前に話題になっていた別のギタリストのビル・エヴァンス作品集を引き合いに出して、僕はあなたの演奏の方が好きなんです、とかなんとか野暮なことを、片言の英語で喋ったように記憶している。
タウナーはたまたまクラシックギターを手にしていた。「ありがとう。そうだね、僕はこんな風に弾くんだ」とWaltz for Debbyのテーマを弾いてくれた。まさか、あのタウナーが、目の前で!!
それから数年の時が流れて、ひょんなきっかけから現代ギター誌に連載を持ち、記事を書くようになった。クラシック以外のギター音楽もそこそこ知っていることが重宝されて、クラシック系のライターが苦手そうな記事もよく頼まれた。そんな中で、ラルフ・タウナー来日インタビューの仕事が舞い込む。
夢心地とはこのことだ。
インタビュー内容のほとんどは、他愛のないものだったと思う。印象に残っているのは、爪についてのやりとりだ。ナイロン弦ギターにおけるタウナーのタッチは、ほぼクラシック奏者のそれであり、音色の形成において爪が重要な役割を果たしているのは明らかだ。しかしスチール弦、しかも複弦の12弦ギターを同じ感覚で弾くのは一般には難しいはずで、どうやって両立させているのか不思議だった。
「僕は爪が丈夫なんだよ」と、タウナーが指先を見せてくれた。思わず「触ってもいいですか?」と尋ねてしまった。びっくりするほど分厚い。なるほどこの爪なら、12弦ギターもしっかり鳴らせるわけだ…
タウナーと握手した人は無数にいるだろうが、爪に触らせてもらったライターは自分くらいじゃないだろうか。ここからあのサウンドが生み出されるんだ、と感無量。もういつ辞めてもいい。原稿依頼が来なくなっても全然構わないから、これからは好きなことを思いっきり書こう、と思った。
タウナーのマインドを継承するギタリストは誰だろう?
やや方向性は異なるが、クラシックギターの奏法をベースに即興性を取り入れた音楽性、という意味で、かなり近いテイストを感じたのは旧ユーゴスラビア出身のギタリスト、デューシャン・ボグダノビッチだ。
ECM以上にアコースティック・サウンドにこだわったma recordingsからリリースされた素晴らしいアルバムの数々が入手困難となっており、配信でも聴けないのは残念だ。作曲家としての地位を確立していることもあり、検索するとヒットするのは主に他のギタリストによる演奏動画。本人による最近の演奏は見当たらない。
その一方で、クラシックギターの技術をタウナー以上に極めたのではないかと思われるジャズギタリストも脚光を浴びている。ご存知パスクァーレ・グラッソである。
自分で記事を書いた際に海外の記事なども参照したのだが、クラシックギター界における現役最高の巨匠とも言うべきデヴィッド・ラッセルの演奏に感銘を受けて、そのポリフォニーをジャズギターに取り入れたいと考えたようだ。
発想としてはある意味タウナーと対極的で、却って興味深い。
そして閑喜弦介をYouTube上で発見したとき、クラシックギターもジャズギターも大好きな自分は、ついにこんなギタリストが登場したんだ、しかも日本から!と嬉しくなった。
幾多の名クラシックギタリストを輩出したパリ・エコールノルマル音楽院に学び、新世代の巨匠ジュディカエル・ペロワにも師事。さらにパリ地方音楽院JAZZ科も首席卒業という完璧な経歴だ。演奏のみならず、作編曲の才能も際立っており、オリジナル作品も素晴らしい。
フランス留学から帰国後、出身地の関西から東京に拠点を移したと聞き、連絡を取って勤務先の大学にお招きした。その後のジャンルを問わない活躍ぶりは、ジャズファンにもよく知られているだろう。
タウナーがこの世を去った。喪失感は計り知れないが、俯いてばかりはいられない。前を向いて歩き続ければ、光は必ず見えるのだ。
ラルフ・タウナー, 12弦ギター, クラシック・ギター, デューシャン・ボグダノビッチ, パスクァーレ・グラッソ