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R.I.P. ラルフ・タウナーNo. 334

イカルスの飛翔 矢澤孝樹

ラルフ・タウナー逝去の報を聴き、あれからもう四半世紀経ったのかと感慨に襲われた。前職の水戸芸術館学芸員時代、ラルフ・タウナーを招聘したのである。2001年7月15日だった。

水戸芸術館コンサートホールATMは基本クラシック音楽主体のアコースティックなホールだが、私はこのホールで他ジャンルの音楽がクロスオーヴァーしてゆく可能性にも関心を持っていたので、自分発案の演奏会企画でジャズがその視界に入ってくるのは当然だった。だが当然キャパ680人の残響豊かなコンサートホールには向き不向きがある。自分の企画で最初に呼んだジャズ・ミュージシャンはまず1997年9月のリッチー・バイラークのソロ・ピアノであり(氏も1月26日に世を去った)、ラルフ・タウナーはそれに続くジャズ企画だった。

二人ともECMに傑作リーダー・アルバムを残しているが、この並びは偶然ではない。1990年代、私はコンサートホールATMのフライヤーやプログラムのデザイナーの方との仕事を通じ、その方が教えてくださるECMジャズに次々耳を開かれていた。キース・ジャレットの『ザ・ケルン・コンサート』、リッチー・バイラークの『ヒューブリス』、そしてラルフ・タウナーの『ソロ・コンサート』加えて『オレゴン』。それまで後期コルトレーンやエレクトリック・マイルスにしびれつつこういうのは水戸芸術館のコンサートホールではちょっと無理だなと思っていた私にとって、ECMジャズの「静かな熱さ」は天啓だった。これをクラシック音楽ファンに、もちろん他ジャンルの音楽ファンにも、あのホールで聴いてもらいたい、と。最終的にジャズ系は渋さ知らズオーケストラの提案にまで達し、吉田秀和館長(当時)の鶴の一声によって水戸芸術館プロデュース、ずっとキャパの大きな水戸市民会館で開催(2007年8月10日)という新たな道が開かれるのだが、それはまた別の話。

『ソロ・コンサート』を聴いた時の衝撃は今も忘れられない。デザイナーの方に「これ本当に一台のギターだけで弾いているんですか?」と興奮して尋ねたことを覚えている。クラシカル・ギターがあれほど多彩な音色を奏でるとは。そして12弦ギターのプリズムのような倍音の響きが、目の前の空間をどこまでも広げてゆく。瞬時に切り替わる和声の何という豊かさ、多声を次々と紡ぎ出す、そのテクニックと音楽性。

「ギターでありつつ、ギターを超える」と私はフライヤーのキャッチコピーに書いた記憶がある。『ソロ・コンサート』でのプレイから受けた印象だが、さらにラルフ・タウナーはECM等に多く残されたさまざまな共演者とのコラボレーション(ジョン・アバークロンビーとの『サルガッソー・シー』、ゲイリー・バートンとの『マッチブック』、ケニー・ホイーラーらとの『オールド・フレンズ、ニュー・フレンズ』、ゲイリー・ピーコックらとの『シティ・オヴ・アイズ』あるいはオレゴンの諸作を通じ、自らのギター(時にピアノやシンセサイザー)をサウンド・タペストリーとして機能させ、他の楽器を引き立てるいわば「オーケストレーション」を行っていた(もちろん彼自身のソロ・パートでは存分に存在感を放つが)。そもそもECMでの初期ソロ作『ダイアリー』も多重録音だった。タウナーはビル・エヴァンスのピアノから大きな影響を受けているが、それは彼の、ギターを「ギター内世界」に安住させない姿勢に反映しているのだと感じる。

水戸のコンサートの実現にはリッチー・バイラークの際にも仲介してくださった稲岡邦彌氏にお世話になった。特別なプロジェクトにしたいと思い、演奏会前半をソロ、後半は渡辺香津美とのデュオ(おそらく世界で唯一の機会だろう)にしてもらった。ホールを埋めた満席の聴衆にはジャズ・ファンもクラシック・ファンもいた。タウナーは前半のソロでは当時の新作『アンセム』『ANA』のナンバーを主体に演奏。アルバム・ヴァージョンから大胆に変貌し長大化したプレイに、タウナーがホールそして聴衆と共振していることを感じた。そして渡辺香津美との後半は一転スリリングで熱いインタープレイ。本編ラストを飾る「イカルス」では、炸裂するストロークと共に両者が天空の高みへと駆け上がっていった。

その後、私自身はあまりの達成感でその後ラルフ・タウナーの音楽からは少し離れてしまった。折しもこの後のタウナーは徐々に寡作になり、音楽はより内省的・思索的になっていった。それでもオレゴンは盟友グレン・ムーアが引退しても最晩年まで続けたし、最後のソロ・アルバム『アット・ファースト・ライト』は約3年前、83歳の作だ。

イカルスの飛翔は永遠になった。

そして願わくは、あの時デュオを奏でた渡辺香津美氏が、不死鳥のごとく復活することを。

最後に、水戸芸術館でのセット・リストをご紹介しておく。

Part1:Ralph Towner Solo
1 Joyful departure
2 Anthem
3 The prowler
4 Solitary woman
5 Jamaica stopover
6 Green and golden
7 Goodbye pork-pie hat(by Charles Mingus)
8 Tramonto
9 Veldt

Part 2:Ralph Towner & Kazumi Watanabe Duo
1 Renewal
2 Beneath an evening sky
3 Short ‘n stout
4 Babi’s bossa(by Kazumi Watanabe)
5 Free piece(by Ralph Towner & Kazumi Watanabe)
6 Tango Piazzola(arr. by Kazumi Watanabe)
7 Icarus

Encore:Nardis(by Bill Evans/Miles Davis)


矢澤孝樹 やざわたかき
音楽評論、ニューロン製菓株式会社・株式会社アンデ代表取締役社長。
1969年山梨県塩山市(現・甲州市)生。慶應義塾大学文学部卒。1991年~2009年まで、水戸芸術館音楽部門学芸員および主任学芸員として勤務、演奏会企画制作、解説執筆等を行う。2009年よりニューロン製菓(株)に勤務、2013年より代表取締役社長。2018年に(株)アンデを合併、同社代表取締役社長。並行して音楽評論活動を行い、『レコード芸術』音楽史部門新譜月評他、朝日新聞クラシックCD評、『CDジャーナル』誌、タワーレコード&ユニバーサル『ヴィンテージ・プラス』シリーズ等のCD解説、演奏会解説など執筆。『200CD バッハ』(立風書房)、『最新版名曲名盤500』『不滅の名演奏家たち』『クラシック・レーベルの歩き方』『クラシック不滅の巨匠たち』(以上、音楽之友社)など共著多数。山梨英和大学市民講座『メイプルカレッジ』で音楽学者・広瀬大介氏と共同音楽講座を行う。山梨日日新聞で「やまなし文化展望」連載中。演奏会プレトークなども多数。

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