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R.I.P. ソニー・ロリンズNo. 338

ソニー・ロリンズと増尾好秋、菊地雅章  稲岡邦彌

text: Kenny Inaoka

ソニー・ロリンズのナマを初めて聴いたのは初来日の1973年9月。メンバーはボブ・クランショウのエレベにデイヴィッド・リーのドラムスにエムトゥーメのコンガ、加えて我がギターの増尾好秋だった。9月21日、新宿厚生年金会館大ホール、旧トリオレコードの同僚、原田和男がワセダのジャズ研時代に増尾の1年先輩だったという縁で楽屋で増尾に紹介してもらった。演奏を終えたばかりの増尾は興奮気味だったが奥のロリンズに「大学時代の仲間です」と紹介してくれた。ロリンズは実物より随分大きく見えた。ステージでは自由に歩き回って豪放に楽器を鳴らしていた。増尾は大学在学中に渡辺貞夫のグループからプロ・デビューしたもののまもなく渡米、時を経ずしてソニー・ロリンズと共演のチャンスを掴んだ。なお、9月30日の中野サンプラの演奏はライヴ盤としてリリースされている。増尾の入団まもなくのロリンズの初来日ツアーは増尾にとっての凱旋公演でもあり記録は極めて貴重といえるだろう。増尾はその後もロリンズのレギュラー・メンバーとしてレコーディングやツアーに参加している。


2度目にロリンズをナマで聴いたのは、1983年の「Live Under the Sky ’83」。読売ランドEASTでのチック・コリアのTRIO MUSICとのダブル・ビルだった。チック、ミロスラフ・ヴィトウス (b)、ロイ・ヘンズ (ds) の名人芸のキメキメですっかり出来上がった観客にロリンズのスペシャル・カルテットをぶつけられた。パット・メセニー(g)、アルフォンソ・ジョンソン (el-b)、ジャック・ディジョネット (ds)。野外で強力なバックにプッシュされまくったロリンズが吹きまくる。野外フェスならではの「切り捨て御免!」のパフォーマンス。皆、踊りたくて浮き足立っているのに係員に制止されて暴発寸前だ。

ところで。手元に 1983年1月@サンケイホールのロリンズのマスターテープがある。これは必ずCDとしてリリースするようにある人物から託されて預かっているものだ。何と、ヒュー・ローソンが入国できず菊地雅章がトラで参加しているコンサートで、司会の糸居五郎が「ジャズ界のまちゃあき!」と菊地をコールする。まさぶみをまさあきと読み間違っているのだ。プロモーターからの突然のオファーに思い悩んだ菊地はバンマスの渡辺貞夫に相談「何事も経験だから」と背中を押されて出演をOKしたという。確かに、ロリンズと菊地の接点はなかなか見出しにくいが、63年の初来日のロリンズのピアノはポール・ブレイだった。この辺りの心の動きからツアーを回って経験したロリンズやバンド・メンバーの音楽性や印象について自ら当時のスイングジャーナルに綴っている。正直なところ、歯が立たなかったところもあったようだ。同じ号にロリンズの京都の禅寺修行の随行記や油井正一のコンサートレポートも掲載されているが、油井の評価はあまり良くない。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。最新刊に訳書『キース・ジャレットの真実』(DU BOOKS)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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