『アマンドラ』 スティーヴ・カーン
text: Steve Khan スティーヴ・カーン
『アマンドラ』の録音に参加する
マイルス・デイヴィスとレコーディングした、たった一度の経験についてよく尋ねられます。まず言っておきたいのは、ニューヨークに移住して来た当初、マイルスと共演できるなんて夢にも思っていなかったということです。誰もがそうであるように、ボクもマイルス・デイヴィス・クインテットの「6人目のメンバー」になりたいと願っていました。言うまでもなく、それは実現しませんでしたが。とにかく、マイルスと演奏する機会などないと思い込んでいたのです。ですから、マーカス・ミラー(あるいは彼のアシスタントだったかもしれませんが)から電話をもらった時のことは、一生忘れられません。最初は冗談かと思いました。20年近く待ち続けた末に家に帰ってきて、誰かに「スティーヴ、このセッションに参加してくれないか? マイルスの仕事なんだ」と言われたら、思わず「ふざけんなよ! 全然笑えない冗談だぞ」と言いたくもなりますよね。でも、それが本当に事実だとわかった時の衝撃といったら……もう、最高に素晴らしい体験でした!!!
まず、マイルス本人はその場にはいなかったんです!確かオーバーダビングの作業中で、スタジオにはボクとマーカス、それからパーカッションのバシリ・ジョンソンくらいしかいなかったと思います。あまり詳しくは覚えていませんが、マイルスとは電話でつながっていました。トミー・リピューマがスピーカーに受話器を近づけて、マイルスに音を聞かせようとしていたのを覚えています。ボクはそれまで何度もマイルスに会ったり、コンサートで共演したりしてきましたが、彼はあまり口数が多いほうではなく、ボクに対しても多くを語ることはありませんでした。マーカスはボクに何を求めているのかを正確に把握していたので、ボクはただ、その通りに演奏しようと最善を尽くしました。ボクが演奏したものを聞いたあと(マイルスと仕事をすると、つい彼の話し方や声を真似したくなってしまうという「あるある」話があるんですが)、マーカスはマイルスの言葉をこう伝えました――マーカスがマイルスの真似をして言うには――「スティーブに伝えろ、『あいつは最高にイカした野郎(muthaf#&ka)だ』とな」。ボクの父であるサミー・カーンが以前、街でマイルスと偶然会って抱き合ったことがあったんです。マイルスは父の曲をいくつか演奏していましたからね。だからその日、父から電話があってこう言われたんです。「今日誰に会ったと思う?マイルス・デイヴィスだよ。彼が言ったんだ。『お前の息子は最高にイカした野郎(muthaf#&ka)だ』ってね」。本当に、父にそう言ったんですよ!
ジョー・サンプルとのこと
話は少し逸れますが、このエピソードには面白い点があります。その4ヶ月ほど前、トミー・リピューマから電話がありました。それまで彼とはあまり仕事をしたことがなかったのですが、ジョー・サンプルのレコーディングに参加してほしいという依頼でした。ボクはジョー・サンプルのファンでしたが、それは彼が「ジャズ・クルセイダーズ」にいた頃の話です。ラリー・カールトンの素晴らしいギターが加わり、ファンキーなサウンドを奏でる「クルセイダーズ」と名乗るようになる前のことです。60年代にロサンゼルスで育ったボクは、ジャズ・クルセイダーズが大好きでした。でも、いわゆるスムース・ジャズの類は好きではありませんでした。そんなわけで、トミーからジョー・サンプルのレコードの仕事の依頼を受けた際、彼が私を適任だと考えてくれたこともあり、ボクは「OK」と答えました。そのセッションにはマーカス(・ミラー)とオマー・ハキムも参加していました。ボクたちは友人であり、何度も一緒に仕事をしてきた仲だったので、スタジオに入って曲を演奏し始めました。特に難しい曲でも、変わった曲でもありませんでした。ジョーの音楽がR&Bをベースにしていることは分かっていましたし、ピアノのリードシート(譜面)もあったので、彼がどんなメロディを弾くのか、ある程度は予測できました。そこで、マーカス、オマー、そしてボクは、彼がどんなフレーズを弾いても対応できるようなアプローチを考えていました。ところが、彼は譜面に書かれた「隙間(ブレイクや休符)」の位置を、演奏中に変えてしまうのです。ボクは彼の邪魔にならないよう、譜面上で隙間になりそうな場所に合わせて演奏しようとしていました。エレキギターとアコースティック・ピアノの組み合わせが非常に難しいというのは、誰もが知るところですからね。
とにかく、クビになったんだ!!!その夜、家に帰ると留守番電話にトミーからメッセージが入っていた。「スティーヴ、トミーだ。帰ったら電話をくれ。あるいは、明日スタジオに来る前に電話してくれ」。ボクは妻に「もう終わりだ、クビだ」と言った。妻は「ああ、スティーヴ、あなたはいつもネガティブね」と言ったけど、ボクは「いや、プロデューサーが夜遅くに電話してくる時は、たいていそういうことなんだよ」と返した。「スティーヴ、今日の演奏は最高だったよ。明日はアコースティック・ギターを持ってきてくれるかな?」といった電話なら過去にもあったけど、今回の電話は全く違ったんだ!何か嫌な予感がした。案の定、折り返し電話をすると、彼はこう言った。「ジョーが居心地の悪さを感じていてね。マーカスとオマールだけでトラックを録音したいと言っているんだ」。プロとしてはショックだった。音楽的にはどうでもよかったけどね。でも、やっぱりいい仕事をしたいと思うものだから。僕が努力していなかったわけでも、指示を聞いていなかったわけでもない。ただ、うまくいかないこともあるってことさ。ちなみに、その時の録音作品は最終的に『SPELLBOUND』というタイトルになり、マイク・ランドウがすべてのギター・パートをオーバーダビングしていた!!!
面白いことに、ボクがマイルス(・デイヴィス)のために演奏したトラックでは、ジョー・サンプルがキーボードを弾いていたんだ。「彼とは一緒に演奏したくない!」と言いたくなるような状況だったよ!!!でも、単なる皮肉な巡り合わせだったんだね。そして、この出来事はこういうことを教えてくれる。自分自身に対してひどく落ち込むことがあるけれど、それは音楽が難しすぎて弾けなかったからじゃない。ミュージシャンとしては、どんな状況にも溶け込めるし、誰とでも仕事ができると信じたいものだよね。でも、その時は何かがうまくいかなかっただけなんだ。僕は多くのクリニックでこの話をしてきた。というのも、キャリアの中で重要な仕事をしてきたからといって、悪いことは何も起こらないと思っている人がいるからだ。もちろん、そんなのはデタラメで、悪いことだってたくさん起こるんだよ!!!面白いことに、ボクはいつもこの話を、マイルスの時の話とセットで考えるんだ。
ボクの名前が消されてる!
マイルスのアルバムにまつわるもうひとつの驚くべきエピソードがあります。そのアルバムが発売されたとき、ボクはまるで子供に戻ったかのように、発売を今か今かと待ちわびていました。ついに発売日を迎え、当時ダウンタウンに住んでいたボクは、地下鉄に乗って西68丁目にあるタワーレコードへ向かい、アルバムを購入しました。そしてすぐに、66丁目の駅からダウンタウンへ戻る電車に飛び乗りました。電車の中でCDの包装を破って中身を確認したのですが、どこにも自分の名前が見当たらないのです!思わず泣きそうになりました。「うわっ、ボクの名前が消されてる」というのが、その時の率直な反応でした。しかし、家に帰って実際に聴いてみると、確かにボクのギターの音がそこに入っていたのです!そこで、マーカスのアシスタントであるビビ・グリーンに電話をかけました。「ビビ、どういうこと?マイルスのアルバムを手に入れたんだけど、ボクの名前が載ってないんだよ!」すると彼女は言いました。「信じられないわ、さっき別の人からも同じ電話があったのよ。ちょっと確認してみるわね」。数日後、彼女から折り返しの電話があり、こう言われました。「スティーブ、本当にごめんなさい。マーカスもトミーも、みんなすごく申し訳なく思ってるの。実は、アート部門がマーカスに電話してクレジットを読み上げた際、あなたが4曲に参加していることになっていたんだけど、そのうち3曲は実際には演奏していなかったのね。マーカスが『彼はその曲には参加してないよ』と言ったら、担当の女性がうっかり、あなたの名前を全部削除しちゃったみたいなの!でも、追加生産分からは必ず名前を入れるから」。ボクはこの仕事を長いことやってきましたが、ジャズのアルバムで追加生産がかかることなんて、まずあり得ないことなんです。
これは、ボクがクリニックなどでよく話す別のエピソードです。デイヴィッド・レイというとても素敵な生徒がいました。彼は弁護士で、のちに父の遺産管理担当の弁護士にもなってくれた人物です。ある日、彼がレッスンにやってきて、「プレゼントがあるんです」と言いました。なんと、それは『アマンドラ』のアルバムだったのです。ボクはは彼を見て言いました。「デイヴィッド、これは笑えない冗談だよ」。すると彼は、「いやいや、とにかく開けてみてください。お願いですから!」と言いました。そこで開けてみると、そこにはボクの名前がしっかりと記されていたのです。本当に嬉しかったですね!まるで子供に戻ったような気分で、「少なくとも、これをやったんだと胸を張って言える!」と思いました。もちろん、『ESP』や『Miles Smiles』といった名盤での演奏とは違いますが、それでも特別なことには変わりありません。というわけで、これがボキクのマイルスにまつわるエピソードです!(編集部監訳)
スティーヴ・カーン Steve Khan guitarist/composer
1947年4月 LA生まれ。アメリカ最高の作詞家のひとりサミー・カーンを父に持つ。UCLA卒業後NYに移住、たちまちセッション・ギタリストとしてファースト・コールのひとりとなり、スティーリー・ダン、ビリー・ジョエル、マイケル・フランクスなどのアルバム制作に参加。ブレッカー・ブラザーズなどを経て、1981年、自身の「Eyewitness アイウィットネス」結成。長らくJ.M.フォロンのイラストをアートワークのシンボルとする。最新作は、ランディ・ブレッカーらをゲストに迎えた『バックログ』(55 Records)。
http://www.stevekhan.com/
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