ファッション=音楽 Prof.稲吉紘実
マイルスの音楽は、どこから生まれたのか。それは、ファッションだ。
人間は、なぜ服を着るのだろう。私は、そこに「人間が人間であること」の根源があると思っている。
動物は裸で生きる。人間だけが服を着る。人間は服を着ることで人間となり、そこからファッションが生まれた。ファッションとは、身を覆うためだけのものではない。人間は何を身につけるかによって、
自分が何者であるかを表現し、自らの存在に意味を与える。警官は制服を着ることで警官になり、ダライ・ラマは僧衣を纏うことでダライ・ラマとなる。ガンジーは英国式のスリーピース・スーツを脱ぎ捨て、インドの最も貧しい人々が纏う一枚の布を選んだ。その姿でインドの独立を導き、やがて「ガンジー」という存在そのものになった。服を変えることは、自分自身を変えることであり、ときに世界を変えることである。
この視点からマイルスを見ると、彼のファッションと音楽は、切り離して考えることができない。
40年代のテーラード・スーツ、50年代のIvy League、60年代の洗練されたスタイルから、70年代にはスーツからスエード、インド風シャツ、ダシキへと大きくスタイルを変え、巨大なバグアイ・サングラスを身につけた。スティーヴン・バロウズのスエード・パンツ、ISSEY MIYAKEの鮮烈な色彩、身体に沿うシルエット、異素材の組み合わせなど、当時の新しいファッションを取り入れ、顔、髪、サングラス、シルエット、素材、色彩までを含めて、自分自身のIdentityを変えていったのである。そして、その変化は彼の音楽の変化と重なっている。ゆえに、ファッションが音楽を変えたとも言えるのである。
「Kind of Blue」のマイルスには、端正さと抑制がある。テーラードされたスタイルと同じように、音楽にも無駄がない。ビバップの複雑なコード進行から距離を取り、モードを基盤とすることで、旋律と即興が自由に動く空間をつくった。重要なのは、何を演奏するかだけではない。何を演奏しないか、どこに沈黙を置くか、音と音の間にどれだけの緊張を残すかである。ファッションにおけるシルエットや余白と、音楽における音と沈黙には、同じ美学を見ることができる。過剰に語らず、それでいて強烈な存在感を持つ。そこにマイルスのジャズがある。
しかし、マイルスはそのジャズに安住しなかった。60年代後半には、ロック、ファンク、電子楽器、ブラック・カルチャーを取り込み、「In a Silent Way」から「Bitches Brew」へと進んでいく。エレクトリック・ピアノ、ギター、ベース、キーボード、パーカッション、さらにスタジオ編集。ここで行ったのは、単純なジャズとロックの融合ではない。旋律、和声、リズム、音色、反復、即興、編集という音楽の構成要素そのものを組み替え、ジャズの時間と空間を拡張したのである。
マイルスは既存の成功に安住せず、さらにその先へ進んだ。誰に何を言われようとも、己の道を貫いた。
その姿勢の象徴が、ファッションだった。ファッションは人間をデザインする。音楽は時間をデザインする。
どちらも、見えないものを形にする創造行為である。
私は、ここにマイルスとの深い共鳴を感じる。私は、ファッションを流行や装飾ではなく、人間の存在を表現するデザインだと考えている。マイルスと同じように、私もまたファッションに命をかけてきた。デザインとは、ものを美しくすることではない。人間の存在そのものを変えることである。
マイルスと私は、音楽家とデザイナーという異なる領域にいる。しかし、創造に対する根本的な姿勢には共通するものがある。それは、一つのスタイルを完成させ、それを守ることではない。完成した自分を壊し、次の自分を創造することである。マイルスは、成功した自分を何度も脱ぎ捨て、新しい自分をつくり続けた。ファッションも音楽も、そのための表現だったのである。
そして、100年経ってもマイルスは古くならない。彼が一つの時代を象徴したからではない。つねに既成の自分を超え、次の時代へ向かっていたからである。
ファッション=音楽。何を身につけ、どのように自分自身を変え、どのように自分という存在をデザインしたのか。その変革こそが、マイルスの音楽を生み出した。
マイルスは、ファッションによって自分自身を創造し、自分自身を変えることで、音楽を創造したのである。
Prof. 稲吉紘実 Prof.Hiromi Inayoshi
Prof.稲吉紘実は、あらゆるデザイン・芸術分野のエキスパートであり、唯一無二の総合芸術家である。特にマーク・ロゴデザインの第一人者として、世界を代表するCIデザイナーの一人である。デザインを芸術へと昇華した「象徴芸術」という新たな芸術分野を確立。デザインのアカデミー賞、New York ADC賞で世界初のゴールドメダル2冠を同時受賞するなど、国内外で100を超えるデザイン賞を受賞。2026年には世界3大デザイン賞の一つ、iF DESIGN AWARD 2026を受賞した。近年は音楽監督として、NYでジャズやオペラのプロデュースを行う。また、ジョン・コルトレーンの「私は聖者になりたい」という言葉により、社会・平和活動を世界各国で展開し、「世界一大きな絵」や「Love Earth Love Children World Art and Music Aid」など、芸術と音楽の偉大な力で世界を変えることをミッションとしている。その活動は国連で「博愛の象徴:稲吉紘実の世界展」が開催されるなど、世界的な評価を得ている。
マイルス・デイヴィス, Bitches Brew, Kind of Blue, ISSEY MIYAKE, In a silent way