“Your Photographer” 内山 繁
photo: 小川隆夫
大阪でのライブ盤 (アガルタ/パンゲア) が録音された1975年の来日公演は僕がジャズの写真を撮り始める直前だった。この後マイルスは健康上の理由から公的な音楽活動を全く行わず 長期の休眠状態に入ったため、僕がいくらジャズ・カメラマンを自称してもあのジャズの最高峰=マイルスを撮れなかった写真家でしかなく、かつてマイルスをカメラに収めた先輩カメラマンたちをただ羨ましく思うばかりだった。
ジャズ写真歴6年目の1981年に入って突如マイルス復帰の噂が飛び交って 新作 (『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』) の発表や復活ライブ〜全米ツアーに続いて日本公演が決定した。マイルスを撮れなかったジャズ写真家にとってまさに千載一遇のチャンスがやってきたのだ。
新宿西口の空き地 (現東京都庁舎が建つ以前) ビルの谷間の特設ステージで3日間の復帰コンサートと中野サンプラザ・ホールの追加公演でステージ上のマイルスをサンプラザでは演奏後の楽屋でグループ・ショットを撮ることができた。僕はマイルスを撮ったカメラマンに昇格した。
東京公演の後、名古屋〜大阪公演のために移動するツアーを撮れとの命を受けてバンド一行を追うことになった。名古屋のホテルに向かうマイルスを追跡しカメラで狙撃した僕に マイルスがいきなり振り返り無言で歩み寄って来た。無表情だが鋭い眼光に威嚇され身動きとれずに立ちすくむ僕に近づき 睨みつけて 一喝!
「撮るな!」
… 初めてマイルスが僕に面と向かって発した しわがれたドスの効いた肉声を聞いた時 あれほど撮りたいと思い続けた憧れのマイルス感が 恐怖に変わった瞬間だった。それほど恐ろしかった。マイルスにカメラを向けることが怖くなり僕はすっかり萎縮してしまった。
ステージ上のマイルスを撮る任務は何とか果たせたけれど、それ以上踏み込むことが出来ず、 出会いの年のマイルス体験はただ苦い思い出として残った。
2年後 1983年の日本ツアーはマイルスとギル・エヴァンス・バンドとのダブルビルで名古屋からスタートした。
名古屋公演の翌日、大阪に移動したマイルスがホテルのプールで泳いでいると知らされてプールを覗くと僕に気付いたマイルスが 入って来いとガラス越しに手招きしていた。
「オレが泳いでるというのにお前は何故カメラを持ってないんだ!」
以前の体験で まだ萎縮して距離を置いていた僕に マイルスは笑顔で言った ・・・ 「撮れ!」 オレの部屋に来い シャドー・ボクシングを見せてやる!
僕のマイルスに対する恐怖心はかなり薄れて、以降は来日のたびに (カメラを持って)会えるようになった。 初対面の時は大勢の報道陣の一人であり 目障りなパパラッチの誰かでしかなかった僕は、 マイルスにとってあの時あの写真を撮ったあのカメラマンにまで昇格していた。
それからは国内だけでなく 国外でもマイルスを訪ねて(名前は覚えてないだろうから) “Your Photographer” だと言えば会うことが許され、ついにはマンハッタンの自宅や西海岸マリブの別荘に 、ニューヨークのレコーディング・スタジオにも潜入して写真を撮る事が出来た。

初めてマイルスに会ったのは 奇跡と言われた復活後 来日を果たしたマイルスを出迎えた成田空港 1981年9月29日のこと ・・・ そして訃報を受けたのが1991年9月29日(命日は28日) マイルスに接することが出来た貴重な10年間だった。
ジャズ・シーンにそして多くのミュージシャンに多大な影響を与え 壮絶な生き方で一生を閉じた ジャズの帝王マイルス・デイビス。 僕はこの音楽史上の偉人と同じ時代に生きた幸運だけでなく 直に接して その音楽と人間性を耳と肌と心で感じることが出来た。更に演奏中のステージだけでなく私生活に至るまでを写真に残すという幸運までをも得ることができた。
マイルス・デイビス生誕100年になる今年2026年は 氏を偲び讃えるコンサートやイベントが各所で催されている。 9月27日(命日前日) diskunion JazzTOKYO (お茶の水店)では “Your Photographer”内山と “Your Doctor”だと言えば面会を許されたジャズ・ジャーナリスト:小川隆夫氏との MILES TALK イベントを開催。マイルス関連書籍の販売やサイン会に併せてジャズ・パネル展もご覧いただけます。詳細は diskunion HP をご覧のうえ どうぞご参加ください。(入場観覧無料です)
内山繁 Shigeru Uchiyama
ジャズ・フォトグラファー
1951年 大阪市生まれ
1975年からジャズを撮り始め音楽専門誌を主に レコード・ジャケットやコンサート・プログラムなどの媒体に作品を提供する一方 国内で開催される主なコンサートを記録 都内ジャズ・クラブの専属フォトグラファーとして 刻々と変化を続けるジャズ・シーンを独自の視点と感性で撮り続けている。写真集に、「MILES SMILES」(小学館)、「 NO PICTURE!」(東京キララ社)、 「JACO」(駒草出版)他。
