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特集『マイルス・デイヴィス生誕100年』No. 341

回想『1969 MILES』  上原基章

text: Moto Uehara 上原基章

「1969 MILES」制作秘話~アイアン・マウンテン*1の奥に響いた1969年のマイルス・デイヴィス

「こんな凄いライブ音源が眠っていたんだ!」

初めてその音を聴いた瞬間、そう呟いていた。時は1990年前半、場所はマンハッタンから車で2時間ほど北上した地にある「アイアン・マウンテン」*1。そこにはColumbia創世記からのマスターテープが眠る保管庫。そこは元は鉱山で、温度・湿度管理は元より強固なセキュリティ管理が行われているデータの「要塞」とも言える場所だった。NY出張時に現地スタッフから見学に行かないかと誘われて足を踏み入れたのだが、そこは音楽関係者にとってまさに「天国」だった。地下にまるで広大な水脈のように広がるラック群には、文字通りColumbiaレーベルの歴史が並んでいる。マイルスやエリントン、ビリー・ホリデイ、サッチモ、シナトラといったジャズ勢だけでなくボブ・ディラン、サイモン&ガーファンクル、サンタナ、ジャニス、スプリングスティーン、クラシックならホロビッツ、グレン・グールド、バーンスタインetc。まさに20世紀アメリカの音楽史そのものが静かに眠っていたのだ。

「聴きたいテープがあったら選んでいいよ」と言われ、狂喜乱舞しながらテープ庫の中を走り回る(後に初めてここを訪れた者の興奮状態を「アイアン・マウンテン・フィーバー」と呼ぶと教えられた)。もちろんお目当てはマイルスだ。そこで発見したのが「Festival de Jazz d’Antibes Juan-les-Pins MILES 1969」と手書きで記された未整理の2chマスターテープだった。

1969年はエレクトリック・マイルスの胎動期。『In A Silent Way』から『Bitches Brew』へと向かう最も創造性と混沌を内包した時期のライブであり、後日マンハッタンのSONYスタジオで視聴するなり「ロスト・クインテット」と称されたウェイン・ショーター、チック・コリア、デイヴ・ホランド、ジャック・ディジョネットの演奏の凄まじさにぶっ飛んだ。スピーカーから1曲目「ディレクションズ」の強烈なチックのフェンダーピアノからディジョネットの怒涛のビートが飛び出してきた瞬間、スタジオの空気が変わった(「こいつら、アレを決めてるな・・・」と感じてしまったのは秘密)。そこから「マイルス・ランズ・ザ・ヴードゥー・ダウン」「マイルストーンズ」「フットプリンツ」「ラウンド・ミッドナイト」「イッツ・アバウト・ザット・タイム」という60分弱のステージは、マイルスを追い続けてきた自分にとって聴いたことのない程ラウドで、ロック的で、しかし紛れもなくジャズの即興がそこには渦巻いている。「これは世に出さねば!」という半ば使命感が湧いてきた。

日本独自企画としてスタートさせたので、まずはジャケット・デザインのアイディアを練る。当時のマイルス・サウンドはジャズとロックの境界線にギリギリのバランスで成立していたので「如何にもジャズ」なデザインにはしたくなかった。そこで写真は1969年時にニューポートでマイルスのステージを撮影していたDUGの中平穂積さん*2 に写真提供をお願いし、デザインはマイルスと親交が深かった世界的ファッション・デザイナーの佐藤考信さん*3 に、そしてライナーノーツは村井康司さんに「資料的に解説するのではなく、聴いた瞬間の迫力を、生々しく語ってください」とお願いした。そして肝心の音は最終のマスタリング作業を施すNYのスタッフに「69年のマイルスがステージでやろうとしていたのは「ロックなジャズ」だった。だから、その強烈な音の存在感を生々しく再現してほしい」と伝えた。彼らはフェンダーピアノやベースの歪み方、ドラムのパルスのスピード感、そしてトランペットにかけられたエコーの深さまでをしっかりと再現してくれた。

90年代に私がNYサイドと交渉して制作した日本企画盤は「プラグド・ニッケルBOX」や「Miles! Miles! Miles! Live in Japan ’81」、ビル・ラズウェルが手掛けたリミックス盤「パンサラッサ」にDJ KRUSHを加え且つ日本独自12インチ・アナログ(ジャケットデザインは佐藤考信)制作、そして紙ジャケットのMASTER SOUNDシリーズ(音は全て日本でリマスタリング)など数多くあり、いずれも本国アメリカに逆輸出して大きなセールスを上げることが出来た。これも日本とNYのコミュニケーションが密だった時代だからこそ可能だったのであり、版権管理が複雑化して日本側もコスト的余裕がなくなった現在では難しい話だろう。いや、そもそも「熱」と共にアーティストのカタログをプランし、アメリカ側と交渉し、強引にでも実行に移すスタッフがどれだけ残っているのだろうか。だからこそ、この『1969 MILES』は、私にとって自身の音楽ビジネス史における大切な「タイムカプセル」なのだ。

>>>注釈

*1 アイアン・マウンテン:アメリカ・ペンシルベニア州などに拠点を置く、重要文書や磁気テープの超長期保管施設。元々は鉄鉱山の跡地を利用しており、核攻撃にも耐えるとされる。ソニー・ミュージックをはじめ、多くのメジャーレーベルがマスターテープの原本を預けている。

*2 中平穂積:日本のジャズ写真の第一人者。60年代からNYに渡り、マイルスをはじめとするジャズ・ジャイアンツの決定的瞬間を撮り続けた。モノクロームの中に被写体の体温まで写し込む作風で知られる。

*3 佐藤考信:80年代後半、マイルスがステージでもプライベートでも最も愛好した世界的ファッション・デザイナー。音の質感を視覚的に翻訳する手法に定評があり、NYでのファッション・ショーではマイルスとアンディ・ウォーホルが一緒にランウェイを歩いた。

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上原 基章

上原基章 Motoaki Uehara 早稲田大学卒業。元ソニージャズ ・ディレクター/ステージ写真家。

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