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特集『マイルス・デイヴィス生誕100年』No. 341

We Want Miles 米田泰久

ボクは本当はアルトサックスが好きで、リー・コニッツやフィル・ウッズとはよく付き合い、写真取材も何度もしました。
だけど、マイルスはやはり別格でした。ボクはもともと物おじしない性格でマイルスにあきれられたこともあります。マイルスには皆んなおじけて近寄りませんでしたがボクは平気でした。もちろん、誰よりもリスペクトはしていましたが。

真夜中に突然かかってきた電話を取るといきなりマイルスの声が聞こえてきました。例のあのしわがれ声です。だけど、何を言ってるのかまったくりかいできないので、すぐ電話切ってしまいました。そうしたら、間髪をおかずマイルスのマネージャーから電話が入って、要件は「次のアルバムのジャケットにボクの写真を使いたい」ということでした。1981年10月4日、マイルスが5年間のブランクを経て復帰した新宿西口広場でのコンサートの時です。そのコンサートのポスターに使われたボクの写真が気に入って、「次の新作のジャケットはこれで行く」と即決したようです。もちろん、OKしました。それが黄色のジャケットでお馴染みの『We Want Miles』です。写真は1975年7月1にエイヴリー・フィッシャー・ホール(現デイヴィッド・ゲフィン・ホール)で撮影したものです。ジャケットが上がってくるとコンサート・ポスターとほとんど同じ雰囲気に仕上がっているので驚きました。よほど気に入ったのでしょうね。ボクの写真が使われたのは名誉なことだったのですが、その後が大変でした。指示通りに請求書を出したのですが一向に支払われない。仕方が二ので2度3度出し直しました。翌年だったか、翌々年だったか、NYへ取材に出かけた時に、英語の達者な友人とCBSの本社へ出向き2,500ドルの小切手を回収しました。

その後の来日の時のエピソードですが、東京プリンスホテルの近くの信号で停まって、横を見たらファッション・デザイナーの佐藤孝信さんが運転するオープンカーにマイルスが乗っている、すかさず、「はーい、マイルス」と言って手を出したら握手してくれた。後で、マネージャーから電話があって、「握手をするときは手袋を外せ、と注意しておけ」とマイルスに言われたというんです。考えてみると、ボクは当時バイクに機材を積んで取材に走ってましたからいつも手袋ををはめてたんですね。信号待ちの時にも手袋は外さない。それで手袋をつけたままマイルスに手を差し出してしまったんですね。(談:文責:稲岡)


米田泰久 よねだ “ライス” やすひさ
1949年、東京生まれ。
ジャズ写真家。コレクターとしても知られる。海外取材経験多数。
マイルス・デイヴィスの『We Want Miles』(CBS)のカバー写真担当。

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