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R.I.P. 渋谷毅No. 340

ストリングス・アレンジが最高! 菅野邦彦

「菅野さん、元気ですか?」
「元気バリバリだよ。声聞けば分かるだろう」
「渋谷さんが亡くなりました。ガンです」
「ガンは知ってた。自家用オスプレイで行こうと思ってたんだけど間に合わなかった。トランプはどうしようもないな。金勘定ばっかりで」
「ところで、菅野さんが初めて渋谷さんにあったのはいつですか?」「60年代だ。新宿の高級ナイトクラブ “ローザンス” 。彼が澤田駿吾のダブル・ビーツで出演してて。弾けっていうから弾いたらびっくりしてね。あとで澤田駿吾から『日本にもあんなピアニストがいるんですね』って言ってたそうだ。こっちも同じこと思ってた。それからよく声がかかるようになった」
「ちょっと調べてみたのですが、1976年に『菅野邦彦/シャドウ・オブ・ユア・スマイル(いそしぎ)』で、菅野さんがピアノ、渋谷さんがストリングス・アレンジ、という都市センターホールのライヴ盤がPhilipsからリリースされてますね」
「彼のストリングス・アレンジは最高だった。少ない人数でオーケストラに近い響きを出すんだ」
「渋谷さんもシンセで参加してますね。中牟礼さんも」
「ピアノも弾いてるはずだよ」
「渋谷さんのピアノ1曲だけですね。70年代には鹿児島の中山信一郎さん経由でも絡んでますね」
「鹿児島の隠語があってね。これでしゃべるとバップになるんだよ。だから、鹿児島では彼もバップ・ピアニストだった。NHKでも一緒にやったな。お互いに呼んだり、呼ばれたり、いろいろ一緒にやった」
「最近はどうですか」
「習近平の娘に会ったよ。あっ、奥さんだったかな。殿堂に入れるとかなんとか言ってたよ。暑さに負けんなよ。氷買ってきてガリガリかじってれば大丈夫だ」(2026.8.03 電話にて 文責:稲岡邦彌)


菅野邦彦 すがのくにひこ
スガチンの愛称で呼ばれるピアニスト。兄は録音エンジニア/オーディオ評論家の菅野沖彦。1936年東京都生まれ。学習院大卒。学生時代にはアイスホッケーの選手。繊細さとダイナミックなスイング感を併せ持つ。オーディオ・ラボに名盤が多い。自ら白鍵と黒鍵が水平に並ぶピアノ「フラット・ピアノ」(未来鍵盤)を開発。普及に努める。

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