JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

閲覧回数 824

R.I.P. 渋谷毅No. 340

どうかやすらかに  黒田京子

昨日(7月16日)、ピアニスト・渋谷毅さんが旅立たれたことを知りました。心からご冥福をお祈りいたします。

1980年代半ば頃、某国営放送の出版社に勤めていた私は渋谷さんをよく見かけた。渋谷ビデオスタジオがあった頃のことだ。日本のジャズのことなどまだ全然知らなかった私には、いつも同じような格好をして飄々と歩いている、NHK関係の音楽を作っている人らしい、という認識しかなかった。

その後、渋谷さんが音楽を担当された映画『明日泣く』(原作・色川武大、監督・内藤誠、2011年公開)で、ピアノを弾いて欲しいと私は頼まれた。今から15年くらい前のことになる。当然「渋谷さんご自身で弾けばいいではないですか?」と私は辞退しようとしたのだけれど、映画の主人公(俳優・斎藤工が雀士を演じている)の恋人が女性ジャズピアニストで、クラシック音楽の曲を弾いているうちに、えーい、やーっ、バカヤロー的な感じで、山下洋輔のようにフリージャズになってしまう、というのをやって欲しいと言われ、はて、どうしようと思いながらも、結局引き受けることにした。 そのほかにもその女性ジャズピアニストが演奏している場面で、スタンダードの「There is no greater love」とか、渋谷さんが好きだという、ちょっとノスタルジックな古いジャズの曲を演奏した記憶がある。 ちなみに、この時、私はドラマーのセシル・モンローさんと初めて共演したのだけれど、それからほどなくして彼は空へ逝ってしまった。 収録が終わった後、浅草の方に出て、渋谷さんと二人だけで飲んだ。初めてのことだった。何を食べ、何を話したか、焼き鳥は食べたような気がする・・・もうよく覚えていないのだけれど、渋谷さんはただそこに在るそのまま、“自然体“ということだけが強く印象に残っている。

渋谷さんとはいくつかのグループが出演するフェスティバルで、何度かいっしょになったことがある。 1994年、ミュンヘンでのフェスティバルでは、舞台上でベーシストの川端さんと共に、演奏などせず、手拍子をしていた光景を思い出す。すっかり良い(酔い)心持ちだったのだろう。あれでもいいんだ、許されるんだ、と若い私は思ったものだ。 2004年、愛媛県の松山からバスでずーっと南に下がった所にある城辺町(現・愛南町)での「南レクジャズフェスティバル」で、渋谷さんのユニットの後に、私は自分のトリオ(ヴァイオリン・太田惠資、チェロ・翠川敬基、ピアノのトリオ)で演奏したことがある。ピアノの譜面台には濡れたコップの跡がいくつもあって、私は丁寧に拭いた。私はピアノの上には絶対に飲み物は置かない。

正直に言えば、私は渋谷さんの演奏のどこが良いのかわからないと思っていた時期がある。かかわった人、それぞれに渋谷毅像のようなものがあると思うが、私にとってはよくわからない、だった。 けれど、なぜこんなに渋谷さんは多くの人から愛されているのだろう?と思ったとき、どう言ったらいいだろう、そう、自然体、なのだ。ピアノの前に座った姿は渋谷毅でしかないという存在感。誰でもそう在れるか?と問われると、実はそうはいかない。

先月(6/21)、渋谷さんが演奏できなくなったので、ということで、たいへん僭越ながら、そして逡巡したが、私は盛岡でのギタリスト・廣木光一さんとのデュオの仕事を引き受けた。その時、7月に盛岡に渋谷さんが演奏に来ると聞いて、みんなの顔がほころんでいたことを思い出す。しかしながら、それはかなうことなく・・・。

「あなたのように音色のことを考えているジャズ・ピアニストはいないよ」振り返れば、これが渋谷さんからいただいた最後の言葉になった。私のソロのCD『The very voice of silence(沈黙の声)』(2013年発売)を聴いてくださった時のことだ。

どうかやすらかに。 (これは2026年7月17日webにアップした文章に、8月4日加筆訂正したものです)


黒田京子(音楽家、ピアニスト)
‘80年代後半、自ら主宰した「オルト」では池田篤(as)、村田陽一(tb)、大友良英(g,etc)等、ジャズだけでなく、演劇やエレクトロニクスの音楽家たちと脱ジャンル的な場作りを行う。‘90年代以降、坂田明(as)などのバンドメンバーや、演劇や朗読の音楽などを長期に渡って務める。‘04年から6年間余り、太田惠資(vn)、翠川敬基(vc)とのピアノ・トリオで活動。‘02年に出会った喜多直毅(vn)とは現在に至るまでデュオでの活動を続けている。近年はジャズはもとより、そのとき、その場で感じたことやイメージを大切に、即興演奏と音色を軸としたアプローチで、様々な楽器奏者や歌手と共演を行なっている。‘06年にはオルト・ミュージックを立ち上げ、コンサートの企画も手掛ける。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください