いつもの音楽 齊藤 聡
Photo: Akira Saito 齊藤聡
茅野市の茶会記クリフサイドから駅までもどるときのこと。車内で四方山話をするうちに、渋谷毅さんが言った。「最近は初めて会う人と共演してばかりいる人もいるけど、僕はちがうと思うんだ。音楽というものは、いつものところで、ずっと演ってきた仲間と演るものであって」と。
昔のことをとてもよく記憶していた渋谷さんだが、ドラマーのハン・ベニンクとの共演のことをまったく覚えていなかった。2000年に新宿ピットインで組まれたいちど限りの場だ。「なにを演ればいいんだろう」と悩んでいたとの話が伝わってきたし、本番になると、いつもの愛奏曲を弾くいつもの渋谷さんでしかなかった。ベースの井野信義さんが合図を出してもハンさんは笑顔で暴走し、みんな苦笑いしていた(それだっていつものハンさんだ)。四半世紀後の渋谷さんは「ええ?本当に僕が演ったの?本当に?」―――だから、それは渋谷さんにとってはいつもの音楽ではなかったのだろう。
去年(2025年)、つまり結果として最晩年にリリースされたアルバムは、ヴォーカルの山内詩子さんとの連名のものだった。タイトルは『階段を降りたいつものところで』。つまりそういうことだ。ちょうど英国のNTSというラジオ局から依頼されて1時間ほどのプログラムを提供し、このアルバムから最後の曲を選んだ。勝手に、病床で聴いてくださったと思うことにしている。
入院のすこし前に、西荻窪のコメダ珈琲店(いつものところ)で、1時間半ほどお話を伺った。取り組んでいることについて、「僕はおもしろいと思うんだけどな」と励ましてくださったのだが、その成果をお見せすることはできなかった。

