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悠々自適 悠雅彦Monthly Editorial特集『配信演奏とポスト・コロナ』No. 266

新型コロナウィルスの出現で露見した諸問題

text by Masahiko Yuh 悠雅彦

世界は今、リーダー不在の時代を迎えている。これが現在に限らずどれほど世界を危険にさらす結果をひき起こす要因となっているかは、過去に類例を見出せないだけに極めて深刻な事態と言わなければならないだろう。このことが新型コロナ・ウィルスの襲来ではっきりした。何より新型コロナ・ウィルスによる経済面への巨大な打撃に対して、世界は今日この脅威に対する効果的な闘い方さえつかめないまま、リーダーがいない「Gゼロ」の世界で起きている不幸を解決できずにいる。ただいたずらに悲嘆に暮れているしかできないのだろうか。解決に向けての何らの提案もできないのだろうかと考えると情けなくもあり、むしろ悲しくさえなる。確かなことは新型コロナが中国で発生したという紛れも無い事実だ。世界はなぜ中国の武漢で起こった、事の発端及び詳細をたとえほんの些細なことでも明らかにしてほしいと中国側に求めないのだろうか。私にはこれが不思議でならない。米国のトランプ大統領のように単に相手を非難する材料とするのではなく、なにゆえ中国の武漢で発生したのか、あるいはそれがどういう状況で起こったのかを世界は知る権利があると思うのだが、なぜ世界のどこもそれを求めようとする気配すらない(ように見える)ことじたいが奇妙でさえある。中国に対して世界はそれほどの負い目をおっているのだろうか。この一件でリーダー不在を指摘したのが誰だったかは思い出せないが、少なくとも誰一人として正義にのっとって発言したり、指摘したりする人間がいないとは誠に不可解と言わなければならない。

アメリカの著名な国際政治学者イアン・ブレマー(Ian Bremmer)が指摘したように、<リーダー不在の時代は過去のどんな時よりも世界を危険にさらしている>(毎日新聞5月20日号朝刊『ポストコロナの世界』)ことは間違いない。彼は続けてこう言っている。その<直撃を受けるのは、情報技術(IT)などの「知識経済」から取り残された貧しい人や、感染の危険にさらされていても在宅勤務ができない職業の人たちだ>、と。なぜなら、彼らの仕事は<簡単にオートメーション化(自動化)され、人工知能(AI)やロボットに取って代わられてしまう>からだ。何と残酷なことだろう。<企業が(こうした)危機に対応するため供給網を切り替えれば、それを支える中間層の人々も仕事を失う>ことになるからである。繰り返すが、私は中国を問い詰めよと言っているのではない。真実を明らかにするために事実をありのまま語って欲しい、率直に真実を語ってくれないかと言っているに過ぎないのだ。誤解しないでいただきたい。

SF小説「三体」で一躍世界的作家の仲間入りを果たした中国の劉慈欣(リウ・ツウシン)氏は、ブレマー氏と同じ5月20日、朝日新聞のインタビューで、<未来は予測できない>と前置きした上で述べた。<我々はこれほどまでに不確実な世界に住んでいる。これが新型コロナが我々に与えた最大の啓示だと思う>、と。

私が先に触れた中国の武漢で発生した新型コロナ・ウィルスの感染拡大については、その警鐘を最初に鳴らした武漢の医師が当のウィルスに感染して死亡した一件のなかで、<当局に対してまれに見る反発が民衆からわき起こった>(同)と触れられている。劉氏はこの事件で<深い分裂状態に陥った>と告白し、<教訓をくみ取らなければ>と締めくくったということだが、同紙が劉氏のこうした発言について<厳しい言論統制の中で、慎重に言葉を選びつつ矛盾を伝えようとしたのだろう>と解釈しているところに、中国社会の複雑さを読み取ることができるのではないかと思う。その微妙なあやを同紙は、<中国はいち早く感染拡大を抑え込み、経済復興に着手している>(同)と中国側に一歩譲った表現でまとめようとしているが、しかし最後を次のように締めくくったところに、聞き役となった中国総局長(西村大輔)の本音が見えかくれしていると思うのは恐らく筆者だけではないと想像する。<劉さんが絞り出した言葉から、コロナ禍が残した深い爪痕もうかがわれた>(同)と言っているのだ。

<スケールの大きな小説でオバマ前米大統領ら多くの著名人をも魅了した作家>(同)の劉慈欣氏について、<劉さんが危機感を向けているのはウィルスでも経済でもなく、人類の分断だった>(同)と感想を吐露した西村大輔氏の発言の奥底に、私は第三者に向けて率直に本音を吐露した真意が隠されていることを直感し納得したことで、うっすらとではあるが胸のつかえが取れたような気がしている。

此度の新型コロナ・ウィルスによって引き起こされた経済面は無論、政治的な影響がいかに深刻かは、劉氏が辛辣な診断を下しているように<中国と西側諸国との間の矛盾や衝突は冷戦後では最悪>(同)であり、政治面のみならず実は<大衆レベルでも無理解、敵意が深刻になっている>(同)と下した同氏の見立てが両体制間、すなわち<中国と西側諸国との間の矛盾や衝突が冷戦後では最悪>(同)との診断にうなづけるではないか。

他方、わが国では新型コロナの問題とは別に、東京高検の黒川弘務検事長による賭けマージャン問題、とりわけ同氏の定年を今年2月から延長していた安倍晋三内閣の責任については、実に国民の7割以上が森雅子法務大臣との双方に責任があるとの判断を示し、内閣支持率が何と27パーセントにまで一気に下落したことによっても分かる。この問題では特に小泉今日子やジャズ音楽家?の大友良英らが大きな声をあげたことで、法案の成立が一気に不可能へと動き、支持率の急落を呼び込んだ。注目したいのは、この一件がコロナ禍と無関係ではないという1点だ。今回のこの1件で人々が外出自粛を要請される中で(その渦中であったからこそ)このコロナ問題に向き合い、声をあげる最良の機会となった点は否めない。

ほかにも俎上に載った問題があった。その一つが、「9月入学」問題だ。新学年を通例の春ではなく秋の9月から始めようとの動きだ。新型コロナ事件の騒ぎで休校が長期化し、通常の勉強の遅れがにっちもさっちも行かないところまで来たのだからと歓迎する声も少なくない。むろん反対意見も少なくないし、慎重に考えるべしとの声もある。当事者である学生や若者の意見も現状では割れている。確かに留学する計画に弾みがつく(海外では秋の入学が多い)と歓迎する若者も少なくない。勉学の場の国際化の進展に弾みがつくと期待する声もある。いずれにせよ、「9月入学」問題はこれからの日本の未来を考え、日本の社会のこれからの在り方を模索する上で必須の課題であることは間違いない。大々的に学生自身、あるいは保護者の意見を聞いた上で検討に検討を尽くし、多くの人々の異論が出尽くし統合されたところで問題解決を図ってもらいたい。

他にも新型コロナ・ウィルス問題が突如クローズアップされたことで、俎上に載った問題がいくつかあった。もう紙数に余裕がないので、機会を改めて取り上げることにしたいと思う。少なくとも新型コロナの出現で、様々な問題に風穴が開いたことについては大いに喜びたい。世界はさらに身近になった。このことひとつとっても新型コロナ問題の出現は決してマイナスばかりではなかったと筆者は考えている。

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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