#46 Intakt Records: その始まり、そして現在 〜音楽シーンとの関わりの中での40年
text by Kazue Yokoi 横井一江
7月にイレーネ・シュヴァイツアーが亡くなった。追悼記事(コチラ>>>)でも触れたが、彼女の活動を振り返りながら、80年代以降の活動はチューリッヒの音楽シーンや Intakt Records と深い関わりがあることを改めて認識することとなった。奇しくもIntakt Records の第1作となったシュヴァイツァーの『Live at Taktols』が録音されてから今年は40年周年に当たる。
Intakt Records は、1984年に開催された第一回タクトロス・フェスティヴァル Taktlos Festival でのイレーネ・シュヴァイツァーの音源をレコード化することからスタートした。フェスティヴァルでの録音をパトリック・ランドルトは幾つかのレコード会社に持ち込み、アルバム・リリースを打診するが、当時盛んだったレズビアン運動との関わりが災いしたのか、実現しなかった。そこで、ランドルトはシュヴァイツアーとIntakt Records を立ち上げ、『Live at Taktols』(*) を出す。シュヴァイツアーはそれまでは主にFMPからLPをリリースしていたが、その後は Intakt Records から数多くの録音を発表していく。Intakt Records の2作目はチューリッヒで開催された女性ミュージシャンによるフェスティヴァル「カネイユ Canaill(悪党、ごろつきという意味)」のライヴ録音、『CANAILLE International Women’s Festival of Improvised Music at the Rote Fabrik, Zurich, 1986』(**) だった。女性による即興演奏が世界的に知られるひとつのきっかけになったといえる録音である。そういう意味では記録としても貴重な音源だ。私自身、1987年のメールス・インターナショナル・ニュー・ジャズ・フェスティヴァルで「カネイユ」[イレーネ・シュヴァイツァー (p)、マギー・ニコルス (vo)、アンヌマリー・ローロフス (tb)、リンジー・クーパー、コー・シュトライフ (reeds)、ジョエル・レアンドル (b)]の演奏を見ているが、その成り立ちは全く知らなかった。LPには丁寧なライナーノートがついていたので、それによって女性即興演奏家による活動について知ることが出来たのである。それがなければ、彼女達の活動をタイムリーに知ることが出来なかったと思う。Intakt Records の各作品にはいつも適切な書き手によるしっかり書かれたライナーノートがついている。これはジャーナリストだったランドルトのこだわりなのだろうか。参考になるテキストがあるのはいい。
初期の Intakt Records はシュヴァイツアーの録音が圧倒的に多いが、徐々にカタログのバリエーションが増えていく。スイス在住のバリー・ガイ (b) のロンドン・ジャズ・コンポーザーズ・オーケストラ、ハンス・コッホ (reeds)、デイヴィッド・モス (ds)、エリオット・シャープ (g)、ギュンター・ゾマー (ds) などのアルバムを出す。そして、2000年代に入るとアルバム・リリース数が増加する。スイスのミュージシャン、ピエーレ・ファーヴル (ds)、ルカス・ニグリ (ds)、オムリ・ツィゲレ (sax) 、コ・シュトライフ (sax)、サーデット・テュルキョズ Saadet Türköz (vo)、ニューヨークで活躍するシル ヴィー・クロヴァジェ (p)、そしてまた、フリージャズのレジェンド、セシル・テイラー、アンソニー・ブラクストン、そしてアレクサンダー・フォン・シュリッパンバッハ のグローブ・ユニティ・オーケストラ活動再開後の録音、旧東ドイツのミュージシャンによるグループ「ツェントラル・カルテット」[E. L. ペトロフスキー (sax)、コンラッド・バウアー (tb)、ウルリッヒ・グンペルト (p)、ギュンター・ゾマー (ds)]、またアクセル・ドゥナー (tp) やルディ・マハール (bcl)らのディー・エントトイシュング Die Enttaeuschung、そして高瀬アキ (p) などの作品も次々とリリースしていく。そのラインナップには、長年FMPを支えてきたヨスト・ゲーバースが2000年に第一線から退いたこと、またヨーロッパの音楽シーンが変化し、ジャズや即興音楽においても多様性が増してきたことが現れている。そして、知名度のあるミュージシャンの録音が次々と出たこともあり、レーベルとしての認知度は高まっていく。2000年代にリリースした作品の中で最も話題となったのは『Monk’s Casino』だろう。シュリッペンバッハがモンク作品全曲を一日のコンサートで演奏するという前代未聞のプロジェクトを3枚のCDに収録したもので、共演者がルディ・マハール (bcl) やアクセル・ドゥナー (tp) ということもあって注目された。このアルバムの成功により、レーベルとしてのIntakt Recordsの知名度が一気に上がったといえる。パトリック・ランドルトが新聞の編集の仕事を辞め、Intakt Recordsのプロデュースに専念し始めたのもこの時期である。
Intakt Recordsは、ヨーロッパのレジェンド達による優れた録音も残したが、それに続く世代、とりわけ2000年代以降に頭角を表してきたミュージシャンにも着目してきた。その視線は、ニューヨークの音楽シーンにも向かい、イングリッド・ラウブロック (sax)、メールスの第一回インプロヴァイザー・イン・レジデンスでニューヨークでも活動していたアンゲリカ・ニーシャー (sax) を始めとするミュージシャンを紹介している。と同時にオリヴァー・レイクなどのレジェンドの録音もリリースするという具合に、広い視野に立ってを音楽シーンの現況を伝えてきた。その中には実験的な音楽も含まれ、今年来日したジョーイ・バロン (per) とロビン・シュルコフスキー (per) とのデュオのような作品もある。作品のラインナップを俯瞰すると、制度化されたジャズの外側でのシーンの動きがそこに捉えられている。レコード制作だけではなく、ランドルト達が2005年にunerhört! というフェスティヴァルをスタートさせたことも大きい。このようなスタンスは、車の両輪のようにレコード制作とフェスティヴァル開催を両立させていたトータル・ミュージック・ミーティングとFMP、あるいはブーカルト・ヘネン時代のメールス・インターナショナル・ニュー・ジャズ・フェスティヴァルとメールス・ミュージックに近いといえる。そして、ランドルトのジャーナリスティックな視座と音楽的なクォリティに対して妥協しない姿勢、ミュージシャンやジャーナリストや関係者とのネットワーキングがあってこそ独自の路線を行くレーベルの運営が出来たのだろう。パトリック・ランドルトは2022年に一線を退くが、チームがその仕事を引き継いでいる。
最近のリリースをごく簡単ではあるが紹介しておこう。ロンドンの即興音楽シーンで注目されているピアニスト、アレクサンダー・ホーキンスとソフィア・イェルンベリの『MUSHO』。ソフィア・イェルンベリが来日した際にヴォイス・パフォーマーとしての聴き手を引き込むパフォーマンスに圧倒されたが (レポートはコチラ>>>)、ここでは彼女のルーツであるエチオピア、スウェーデン、アルメニアのトラディショナルに加え、自身の作品を唄っている。歌い手としての彼女の表現にあらためて感慨を覚えた。デイヴィッド・マレイ・カルテットの『FRANCESCA』では、メロディアスで温かみのある音色、彼特有のヴィブラート、その語らいは健在だ。また、デイヴィッド・マレイ・カルテットのピアニストも務めているマドリード出身でニューヨークを拠点に活動するマーサ・サンチェスのトリオ作品『PERPETUAL VOID』もリリースされている。
ステファン・クランプ (b)、ヒロ・ホンシュクが楽曲解説で取り上げていたクリス・デイヴィス (p)(リンク>>>)にエリック・マクファーソン (ds) によるボーダーランズ・トリオによる『REINDER』。ジム・ブラック・トリオやジョン・ゾーンの「バガテル」にも参加していたザルツブルグ生まれのピアニスト、エリアス・ステメセダーとドイツの気鋭のドラマー、クリスチャン・リリンガーによる双頭カルテットにトランペットの異才ピーター・エヴァンスが加わった『UMBRA II』は快作。クリスチャン・リリンガーは今年のメールス・フェスティヴァルでは八木美知依(エレクトリック箏)、須川崇志 (b, cello) と共演していた。
3人のギタリスト、エリオット・シャープ、サリー・ゲイツ、タシ・ドルジが各々の双方を駆使して演奏している興味深い共演アルバム『ERE GUITAR』。『BRINK』はイングリッド・ラウブロック (sax) とトム・レイニー (ds) による音楽的対話。『THE MAYFIELD』はハイナー・ゲッペルスによるインダストリアル・ノイズ・ミュージックとインストゥルメンタル・ミュジーク・コンクレートの間を行き来し、偶発的な衝突を探求するプロジェクト。メイフィールドはゲッベルスの歴史的・現代的な「建設現場」としてのヨーロッパをテーマにした音楽劇『Everything that happened and would happen』のリハーサルと作品制作が行われたマンチェスターの廃駅舎の名前だ。ウィリー・ボップ Willi Bopp (Sound Design)、カミーユ・エマイユ Camille Émaille (per)、ジャンニ・ジェビア (sax)、ハイナー・ゲッベルス (prepared grand piano)、セシール・ラルティゴー Cécile Lartigau (Ondes Martenot)、ニコラ・ペラン Nicolas Perrin (g, electronics) の6人による即興演奏による実験的なエレクトロ・アコースティック・サウンドで、録音をウィリー・ポップが編集してアルバムとしてまとめた類い稀な作品。
Intakt Recordsの制作姿勢は世代交代後も受け継がれていると言っていいだろう。今後のアルバム・リリースにも注視していきたい。
Intakt Records: http://www.intaktrec.ch/
【注】
* IRÈNE SCHWEIZER. LIVE AT TAKTLOS
Iène Schweizer, George Lewis, Maggie Nicols, Joëlle Léandre, Günter Sommer, Paul Lovens.
Intakt Records LP 001/1986, CD 001, 2005
** CANAILLE
IRÈNE SCHWEIZER, JOËLLE LÉANDRE, MAGGIE NICOLS, LINDSAY COOPER, MARILYN MAZUR, and more.
Intakt LP 002/1986
【関連記事】
#45 イレーネ・シュヴァイツァーを偲ぶ
https://jazztokyo.org/monthly-editorial/post-102932/
#43 女たちのムーヴメント in 1980’s:
フェミニスト・インプロヴァイジング・グループ、イレーネ・シュヴァイツアー、カネイユ
https://jazztokyo.org/monthly-editorial/post-98950/